藍色の空 ~第2章~
静かな放課後、ひとり教室に残る少女――夏沢藍。
彼女の心に潜むのは、まだ誰にも言えない“約束”と“後悔”。
妹・美緒への想いを胸に、過ぎ去った時間と向き合う物語が、今静かに始まる。
日常と幻想の狭間で揺れる心の軌跡を、淡い光のように描き出す青春幻想譚。
藍が空汰と本格的に話すようになったのは、体育祭のあとだった。
クラス対抗リレーで、空汰がバトンを落としかけた瞬間、隣で走っていた藍がとっさに拾って渡した。その何気ない一瞬が、ふたりの距離をほんの少しだけ近づけた。
「ありがとう、夏沢。助かった」
「ううん、私も焦ってたし。……リレー、かっこよかったよ」
その笑顔が、藍の胸の奥で静かに響いた。
そのときはまだ、それが恋の始まりだなんて気づきもしなかった。
――
放課後の図書室。
窓から差し込む柔らかな光が、静寂を金色に染めている。
藍はノートを開いたまま、隣に座る空汰の横顔をちらりと盗み見た。
「夏沢って、いつも勉強してるよな」
「家だと集中できなくて……。図書室のほうが落ち着くんだ」
「そっか。オレは勉強苦手だから尊敬するよ。野球しか取り柄ないし」
空汰が照れくさそうに笑う。その笑顔が、まるで夏の空みたいに眩しくて、藍は一瞬だけ視線を逸らした。
胸がきゅっと締めつけられるような感覚。
言葉にならない何かが、彼女の中で静かに芽生え始めていた。
だが、家に帰れば現実が待っている。
母は仕事から帰らず、妹・美緒の宿題を見てあげるのも藍の役目だった。
冷蔵庫には、昨晩の残りのカレー。
バイトの時間まであと一時間。制服を脱ぎ、髪を整え、鏡の前で深呼吸をする。
「……行ってくるね、美緒」
「お姉ちゃん、また夜遅いの?」
「うん。明日、プリン買って帰るから」
笑顔で答えながらも、胸の奥が痛んだ。
美緒にだけは、自分の仕事を知られたくなかった。
誰にも言えない夜の顔を、彼女はひとり抱え込んでいた。
――
翌朝。
教室に入ると、優芽と翔太がいつものように言い合いをしていた。
「翔太、プリント出してって言ったじゃん!」
「いや、オレ聞いてねーし」
「ほんとにもう!」
藍が苦笑して席につくと、空汰が笑いながら声をかけた。
「相変わらず仲いいよな、あのふたり」
「うん。小さいころからずっと一緒だから」
ふと、自分もあのふたりみたいに、誰かと自然に笑い合える日が来るのだろうかと思った。
それが空汰であってほしい――そんな淡い願いが、心の底で小さく灯っていた。
だが、藍はまだ知らなかった。
その小さな光が、後に彼女をどれほど強く導くものになるのかを。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
藍が抱える痛みや迷いは、誰もが一度は通る心の季節かもしれません。
妹・美緒との記憶を辿る中で、彼女が見つけた“答え”は、
きっとあなたの心のどこかにも響くはずです。




