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呪術師令嬢、前世の記憶で吸血鬼を救って幸せな王妃になります。

作者: お寿司のえんがわ

この度は作品をご覧いただき、ありがとうございます。


魔王の記憶を持つ令嬢が、追放先で新しい愛と居場所を見つける物語です。


完結している単話です。

お気軽にお楽しみください。

【1】婚約の変更と静かな追放


 「アリア・グランゼル。王太子殿下との婚約について、方針が決まった」


広間に響いたその言葉に、私は静かに背筋を伸ばした。


「今後は正妃の座はセシリア・フォンターナ嬢が務める。君は『第一夫人』としてその立場を支えてくれ」


……予想していた結論だった。


 「かしこまりました。身に余る光栄ですわ」


私は微笑み、静かに礼をとった。


広間の空気は張りつめ、誰一人笑いも拍手もしなかった。


 私は侯爵家の令嬢。幼い頃から王太子の婚約者だった。

けれど最近、魔王復活の予言に従って「光魔法」の才能を見出された公爵令嬢セシリアが、「聖女」として担ぎ上げられた。


そして、私は脇へ退かされることになった。

王太子との相性は極めて悪く、私としては将来の正妃の仕事がなくなるなら願ったり叶ったりだった。


(記憶があるからどうにかなったけど、婚約者の時点でこんなに仕事を丸投げしてくるんだから、正妃になったらどうなっていたことか……。)


 誰も知らないが、私は「魔王の記憶」を持っている。けれど、それは決して口にしてはいけない秘密だ。


前世の断片的な記憶があるだけで、私は魔王ではない。人格も意思も継いでいない。

きっと追い詰められた魔王が、転生して新しい身体で再起しようとした術が失敗したのだろう。


だが、失敗していようがいまいが、それを誰かに知られたら追放どころか命も危ういだろう。だからこそ、私は「普通の令嬢」として隙がないよう振る舞ってきた。

しかし王太子としてはどうもそれが面白くなかったらしい。


(王太子より優秀だと困る、という感情は分かるけれど、だったら仕事を丸投げしないで少しは努力しなさいよ……。)


 まあ王太子はどうでもいい、気にしなければいけないのは。セシリア・フォンターナ。

彼女は、私をじっと見ていた。紅茶のように澄んだ瞳の奥に、何か濁った感情を宿して。


 前世からの直感が囁く。


——あの女、私を消すつもりだ。


【2】冤罪と追放の策略

 数日後、謎の香料が私の部屋から発見された。

王太子の警護騎士を惑わせた「魅了香」と一致する。


あり得ない。私はそんなものを所持したことなどない。

だが、私がそれを付けていたという複数の証言まで揃っていた。


 完全な——冤罪。


 「アリア・グランゼル、魅了術に関わる禁制品所持の嫌疑により、第一夫人の資格を一時停止し、修道院にて潔白が証明されるまで身柄を拘束する」

老王の容体悪化のせいで、代理となっている王太子が嬉しそうに命じる。


形式的には牢に入れない穏やかな措置だが、実質は追放だ。

そして、私の心は確信していた。


 仕組んだのは、セシリア。

聖女の仮面を被りながら、私を消そうと動いたのだ。

王太子を完全に手に入れるために、第一夫人すら不要だと。


「お送りいたしますわ、アリア様。祈りの場が、あなたに心の平穏をもたらしますように」


王太子の隣で微笑むセシリアの唇が僅かに吊り上がる。その声に慈愛はなく、勝者の余裕だけが滲んでいた。


【3】暗殺と決意


 夜、修道院へ向かう馬車が止まったのは、王都から外れた林道だった。


御者が震える声で言った。「申し訳ありません」

そして、茂みから現れたのは顔を隠した三人の男たち。


「……やっぱりね」


私はそっと息を吐き、靴を脱いだ。魔王の記憶の中にある、即席防衛陣と体術を呼び起こす。

令嬢として身体を鍛えることは出来なかったので、記憶の通りに身体を操る。


煙を巻き、男の一人を足払いで倒す。

魔力を指先に流し、残る二人の武器を弾く。自分でも驚くほど冷静だった。


私は男達を殺さず、無力化した後、きつく縛り上げた。


 魔王なら容赦なく始末したのだろうが、私は魔王ではない。


「ご苦労さま。けど、殺されるわけにはいかないの」


私は馬車を捨て、夜の森へ向かった。昔の仲間が追いやられた場所、通称魔の森へ——。


【4】吸血鬼の王との出会い

 魔の森は、噂よりも静かだった。風が葉を鳴らし、遠くで水の匂いがする。そして複数の視線を感じる。


 私は足を止めた。

「人間の娘が、魔の森に何の用だ」

 銀の髪が月の光を受ける。夜空のような藍の瞳が、私をまっすぐ射抜いた。

 吸血鬼の王、レオヴァン・ヴラド。

 彼は正面から堂々と現れた。


「目的は?」

「交渉です」

「何について」

「——病と、その原因である呪いについて」


 私の返答に、周囲の影がざわめいた。夜に紛れた目がいくつもこちらを測る。


「私は王都で王太子の『第一夫人』アリア・グランゼルと申します。正妃は聖女セシリア。ですが、彼女は私を不要と判断したようで、冤罪をかけられ、修道院送りの道中で、事故に見せかけた暗殺が用意されていました」

「ここに来たのは、追われているからか」

「それもあります。もう一つは——あなた方の病を、治せるかもしれないから」


 レオヴァンの視線が、わずかに細くなる。

「治せる……?」

言葉にならない圧力が降ってくる。


 「ええ。私は王太子の婚約者でしたので、国の裏の歴史についても教育を受けております。

ヴラド様はご存知と思いますが、そもそもは八十年前、当時の国王が王位継承争いで異母兄であるオリバー殿下に呪いをかけたことが始まりです。

血を飲まねばならず、陽に焼けてしまう、吸血鬼を模する呪いです。」


「その通りだ。おかげで我々子孫もここを離れることは出来ない。」

周囲の木々から怒りの気配が濃密に漂う。

私は一度息を吸い、話を続けた。


「仰る通り、これはただの呪いではなく、遺伝と血液から感染する病であるために、オリバー殿下はヴラド公爵としてこの地に隔離されました。

表向きには新種の奇病のためやむ無く王太子を降り、辺境へという形で。

ご丁寧にオリバー殿下周辺の方々にも呪いをかけて、病気であるというカモフラージュをして、派閥の方々も一緒にこの地に追いやった。」


元は中央で権力があった貴族たちが、国境沿いの暗い森で、夜の僅かな時間しか生きられず、血を吸う生活を強いられるとは、かなり酷な仕打ちだ。


「しかしこれは病ですから、当然当時の国王も罹患する危険性がありました。そのため呪術師は解呪の方法も開発していたのです。」


「貴様はそれをどうやって知った。」

「昨年亡くなられた王妃殿下より、本に纏められたものを見せてもらいました」

「その本はどこに」

「——答えられません。口にした瞬間、私が死にます」


 沈黙が落ちる。

「ですが、検証はできます」私は続けた。

「危険のない範囲で。昼の眠気を抑える香、日光の刺激を鈍らせる軟膏を作れます。吸血衝動については時間がかかりますが……それで信じていただけたら最終的には解呪の手続きをさせてくださいませ」


 レオヴァンは一歩だけ近づいた。歩き方には王族の気品を感じさせた。

「夜の誓いを知っているか」

「名だけは」

「ここで交わされた約束は、私の統治するこの森を出ることができない。裏切れば、誓いを立てた者の舌が凍り、言葉を失う」

「重いですね」

「それだけのことを求めているのだろう?」


 私は頷いた。胸の奥に絡みつく記憶が、喉元まで浮かび上がる。けれど飲み込む。

(それは過去の私が作った術だから、知りすぎるほど知っているわ)


 レオヴァンは自身の人差し指を小刀で傷つけると私に向かって血を垂らし、一歩ずつこちらに近づいてきた。

「覚悟は本当のようだな」

「ええ」

血が掛かるほどの距離になっても動じない姿に一定の信頼を置いてもらえたようだ。


レオヴァンは口外を禁ずる術を私に掛けた。

「我々を裏切らないと誓うか」

「誓います」


そして私は森の中に規則的に作られた家の一つを与えられた。以前の住人が亡くなったため空き家だという。

埃っぽくはあったが、元貴族の矜持を感じる整った室内で、私はせっせと薬を作った。


「自分が罹患したらすぐ治せるように、意外ではあるけど手に入りやすい材料ばかりなのよね、仕事をしただけの呪術師はともかく、当時の国王の狡猾さは凄いわね……。」


(一ミリでもあのバカに遺伝していたら良かったのに。)


夜の内に使用人を通じて知らせ、夜明け前に緊急処置用の簡易的な香と軟膏を作って持参すると、レオヴァンは文字通り目を丸くしていた。


「もう出来たのか?」

「自分が罹患した時に、すぐ作れるよう考えられていたようです。」


私は鞄から包みを出した。

「試させてください」


 使用人によって、部屋の影の中から一人の少年が押し出される。蒼白い顔が更に青褪めている。


「やめろ。子供を試験体扱いするな」

それをレオヴァンが制した。

「私が確かめる」


 彼が袖をまくり、私の前に腕を差し出す。

「それでは」

意外と筋肉質な腕に遠慮なく軟膏塗っていく。


「十分ほど浸透を待つ必要があるので、その間に香を焚きますね。」

そう言うと、集まっていた領民達や使用人がビクッと一斉に身構えた。


「皆、部屋を出て良い」

レオヴァンは言うが、殆どの男性が部屋に残り、残ろうとした女子供は外に出されていた。


(レオヴァンは大分領民に慕われているのね)


「光を当てますね」

カーテンを細く開け、夜明けの日差しをレオヴァンだけに当たるようにする。

それでも何人かがうう、と呻く声が聞こえた。


「っ、すぐに閉めろ!」

レオヴァンは大きな声を出したが、怒りは感じられなかった。


「……今までの、火で炙られるような感覚がまるでない。」

焼けた痕のない腕を領民に見せるように掲げると、どよめきが波のように広がった。


「そういえば、夜明けなのに眠くない…」

誰かがポツリと呟く。

再度のどよめきはやがて歓喜の声に変わった。


「急ぎ薬の増産と解呪の手続きを頼めるか」

「感謝します」


レオヴァンは目を細める。今までとは違う温かな目だった。


「吸血鬼と揶揄される私達を怖れるでもなく、吸血鬼の力を利用するでもない。……何が望みだ?」

「私は安全に暮らせれば」


 レオヴァンは薄く笑った。

「八十年、八十年の感謝を。私達はお前を必ず守ろう。」

「ありがとうございます」


 背後で、ザッと大勢の人間が揃った動きを取る音がした。

 見れば、男性たちが皆跪いている。


「……。」

彼らの足元に水滴の跡がポツポツと増えていく。

張り詰めた気持ちが少しだけ緩む。私は深く息をついた。


【5】解呪の条件と血筋の告白


 昼過ぎ。私はあの後、レオヴァンの屋敷の客室で仮眠を取っていた。


 目を覚まして食堂へ行くと、レオヴァンが椅子に腰掛け新聞を読んでいる。

(あれは隣国の新聞…?)


「よく眠れたか」

「ええ。久しぶりに安心して眠れました」

レオヴァンはニヤリと笑い、それが妙に似合っていた。


肌は透き通るように白く、同色の睫毛は長く、星のように藍色の瞳を囲んでいる。

鼻梁は高く、筆で描いたように完璧な横顔だ。


(ヴラド公爵の奥方が、罹患していないにも関わらず、公爵と離縁せずにこの森へ付いてきてくれたおかげね。彼女とそっくりだわ。)


「何か……?」

「いえ、ヴラド様はお眠りになっていないのではと思いまして」


「君の香のおかげで、生まれて初めて昼が過ごせる。起きていたいに決まっているさ」


「早く呪いを解いてしまいましょう。昼まで寝たいと思える毎日にするために」

「ああ」


 「呪いを解くには三つの条件があります。満月の夜であること、実行者である呪術師の血、呪う者である王家の血です。私、私は……。」

決意していた筈なのに、言葉に詰まった。


 「グランゼル家は呪術師の血筋だな。」

やはり知られていた。犯罪である呪術を代々家業としている卑しい血筋だ。


「はい。八十年前、国王の依頼を遂行したことで爵位を賜わりました。私とヴラド様の血で材料は揃います。

恐らくは口止めの意味も込めて、侯爵家でありながら私が婚約者に選ばれておりました。王太子殿下はご存知ではないと思いますが……」


「それは愚かなことだ」

 レオヴァンは立ち上がり、窓辺に歩み寄った。


(魔王を吸血鬼に落とした犯人である呪術師の家系、復讐対象である王家に近い女、魔王の転生先に選ばれるわけよね……。)

レオヴァンから、どのような皮肉や恨み言が出てこようと受け止める心構えはしていた。


 しかし出て来たのは意外な言葉だった。

 「我々は八十年前に、王家に復讐しようとした苛烈な女を輩出した。そのせいで魔王を生んだ吸血鬼達として畏れられているが、実際にはそこまでの力はない」


「だが、君が復讐を考えるなら……」

「復讐を望んではいません」


 嘘ではない。

 大勢を苦しめた魔王の記憶。彼らを吸血鬼にした呪術師の家系。

 自分がしたことではないけれど、消えない罪悪感がずっと胸の奥で渦巻いている。

(王太子もセシリアもどうでも良い、私はただ安心して過ごしたい……)


「そうか」レオヴァンが言う。

「次の満月は十日後。準備期間としては十分か」

「はい。もちろんです」


レオヴァンは再度窓の外を眩しそうに眺めた。


【6】十日間の準備と距離の縮まり


 それからの十日間は、慌ただしく過ぎた。


 私は森の古い祭壇を清め、必要な魔法陣を描く。レオヴァンは領民たちを説得し、儀式への参加者を募った。


 意外だったのは、思ったより多くの領民が協力的だったことだ。


「王家に近かった人間を不信に思うのは当然だと思っていましたが」

「確かに警戒している者もいる。だが、希望を捨てきれない者の方が多い」


 レオヴァンは魔法陣の文字を確認しながら答える。古代文字を読めるのは、彼くらいなのだそうだ。


「八十年、一生を陽の光を見ないまま終えた者もいる。」

「苦痛の時間でしたね」

「それだけではない。次世代こそは救いたいと願う時間だった。それが私達を諦めさせなかった理由だ」


 私は手を止めた。レオヴァンが私を見つめている。


「何か……?」

「私の親は病死した。あまり他の親のことを知らないが、君の親は……君を心配しているのではないか」

「……そう見えますか」

「違うんだな……、すまなかった。忘れてくれ。」


 彼が一歩近づく。


「君は、時々とても悲しそうな顔をする」


 胸が詰まる。無意識だった。私は——。


「大丈夫です。儀式の心配をしているだけです。失敗するわけにはいきませんから」

「そうか」


 レオヴァンは必要以上に踏み込まない。優しい人だ。

(優しい人か……。)


王家の呪術を請け負い、口止めと引き換えに爵位を賜った家。金のために人を呪うような家系だ。

(親が優しい者という概念がなかったわ。)


きっと今日も彼らは侯爵家としての表の顔とは別に、裏では金のために誰かを呪っているのだ。


【7】満月の夜、解呪の成功


 満月の夜。森の奥の祭壇に、全ての領民が集まった。


余談だが、彼らの吸血衝動はそこまで強くない。恐らく強力にし過ぎれば、王国の民を襲い、混乱が予想できたためだろう。


今の彼らは浄化魔法を掛けた家畜の血を飲んだり、自身で血を抜いて飲んでいるそうだ。


 私は祭壇の中央に立ち、レオヴァンが隣に並ぶ。月光が魔法陣を照らし、古代文字が青白く光っている。


「皆さん」私は声を張り上げる。「これから行うのは、八十年前にかけられた呪いの解除です」


 レオヴァンは自分の腕を小さく切り、滴った血を祭壇に落とす。


「私、呪術師の末裔アリア・グランゼルは、先祖に代わって謝罪いたします。あなた方にかけられた呪いは不当であり、苦痛は不必要だった。今こそ、その鎖を断ち切りましょう!」


 固く目を閉じて、一息で腕に大きな傷を付けると、魔法陣に血が流れ落ちた。

 領民の女性達から悲鳴が上がる。

 レオヴァンが驚いた顔でこちらを見ているのが分かる。


 私はそのまま呪文を唱える。魔法陣から青白い光が爆発した。


 祭壇から放射状に広がる光の波が、森全体を包み込む。


「これは……!」

「ああ!一滴も血が欲しいと思わない」

「日光が、怖くない」


 どよめきが起こる。多くの人々が泣いている。


 レオヴァンが駆け寄って私の腕の傷に自分のシャツの袖を裂いて押し付けた。

「ありがとう、アリア……!」

「いえ、当然のことです。」


 私は微笑む。

周りで多くの人が喜んでいる。

初めて心の底から嬉しいと思えた。


【8】隣国との交易


 解呪から六ヶ月。森は見違えるように変わった。


 昼夜を問わず活動できるようになった領民達の技術力は凄まじく、精密な魔道具を大量生産した。

特に日光を浴びないよう地下道で繋がっていた隣国の貴族たちとの取引は非常に上手くいっており、隣国の商人たちが押し寄せている。


「てっきり補助金でご生活されているのかと……、浅はかでした」

「ああ。隣国の王家と私の先祖は懇意にしていたからな。昼の取引はオリバーの妻や、共に付いて来てくれた騎士たちが担ってくれていた。その縁が今まで続いているんだ。今度、王女まで視察に来るということだ。」


 私とレオヴァンは、森を見下ろす館のバルコニーにいた。森の街の賑やかさは、まるで祭りのようだ。


「君のおかげで、我々は新しい人生を得た」

「私だけの功績ではありません。皆様が八十年も努力された結果です」

「謙遜するな。君がいなければ、我々は今でも森の隅で細々と生きていただろう」


 レオヴァンの声に、深い感謝が込められている。


「アリア」

「はい」

「君は、ここにいて幸せか?」

「……どうしてそんなことを」


レオヴァンは私の腕を見る。大掛かりな呪いの解呪には相応の代償がいる。

私の腕の傷痕は一生治ることはなく、刀傷に見えないほど醜く爛れている。


「君はもともと、王太子の婚約者だった。貴族社会での地位も、豊かな暮らしも、すべて不当に奪われてここに来た。後悔はないのか」


 私は空を見上げる。陽光が眩しく、空は青々と美しい。


「後悔なんてありません。王太子の側にいるより、ずっと充実しています」

「本当に?」

「ええ本当に。」


 本当だ。こんなに心が落ち着いた日々は今までなかった。


「君に聞きたいことがある」レオヴァンが言った。

「何でしょう」

「君は、なぜそこまで我々に尽くしてくれる?本当の理由を教えてくれ。」


 私の心臓が跳ねる。

先祖の呪術師が呪っただけでなく、私には更に彼らの立場を悪くした魔王の記憶がある。


 彼らを日影者にした、八十年はあまりにも長い。


「……それは」


「無理に答えなくてもいい。ただ、君が何かを背負っているのは分かる。いつか、話してくれる日を待っている」


 優しい声だった。追及ではなく、理解の気持ちから発されていた。

 私の胸が熱くなる。

(……胸が熱い……?)

初めてのことに混乱しながらも返事を返した。

「ありがとうございます。いつか必ず」

頬も熱い気がする。心臓がドキドキするような……。


【9】王太子の策謀と真実の暴露


 平穏は、突然破られた。


 王都から使者が来たのは、隣国の王女とその父王が訪れる前夜だった。

王太子エドワードと聖女セシリアが、大勢の騎士を連れて森の入り口に現れた。


「魔王の生まれ変わりアリア・グランゼルを引き渡せ!」


 王太子の声が森に響く。


 使用人から話を聞いて私とレオヴァンは急いで現場に向かった。

(隣国の王が来られるというのに、まさかレオヴァンの手柄を横取りするつもり!?)


「アリア!」王太子が叫ぶ。「お前の正体はもうばれている!大人しく出てこい!」

「私の正体?」

「とぼけるな!魔王の記憶を持つ悪魔め!吸血鬼を操り、国を脅かそうとしている!」


 セシリアが前に出て、王家の騎士達に涙を浮かべて言う。

「皆さん、騙されてはいけません。この女こそが魔王の生まれ変わり。吸血鬼たちを使って国を乗っ取ろうとしているのです!」


 だが、私はこんな時に備えて準備していた。事前に隣国商人と接触し、もしもの時には証言を依頼しておいたのだ。


「なるほど。ではお聞きしますが……。」

 私は一枚の書類を掲げる。

「この香料の購入記録はどう説明されますか?セシリア様」


「えっ!」

「私の部屋から発見された魅了香。これを購入したのは、あなたです。証拠もあります」


 明日の王家訪問の際に、大々的な交流の発表が予定されていた。それに先んじて訪れていた隣国の商人が前に立つ。


「確かに、この女性が購入されました。『特別な方への贈り物』とおっしゃって。ただ——」

 商人が懐から領収書を出す。

「お支払いに使われたのは、金貨ではなくこちらの指輪でしたね」


 セシリアの顔が青ざめる。指輪には持ち主の名前とブランド名、販売番号が刻印されている。


 商人がここまで堂々としているのは、隣国では魅了香が犯罪ではなく、販売した場所も隣国だったためだ。


「さらに——」私は続ける。「ヴラド公爵領の騎士様達が私を襲った刺客の一人を捕らえました。彼が供述した依頼内容は『修道院への道中で事故に見せかけて始末しろ』。そして前金として渡されたのは——」


 私は小さな布袋を掲げる。

「セシリア様の私物である、この刺繍入りの巾着でした」


 布袋には確かに、フォンターナ家の紋章が小さく刺繍されている。


「これは偽造です!」セシリアが叫ぶ。


「では、なぜ刺客はあなたの居室の場所を詳しく知っていたのでしょう?廊下の特徴、窓の配置、侍女の勤務時間まで」


 それら全てはレオヴァンと領民たちが調べ上げた情報だった。夜だけの短い活動時間で生き残ってきた、領民達の情報収集能力を甘く見ていたのが、セシリアの敗因だった。


 彼らの調査によって確信できたことがもう一つある。

「魔王の人格を宿しているのは、セシリア・フォンターナ、あなたです」


私は真実しか話せなくなる薬の瓶を揺らして見せた。使っても構わないという意味で。


その瞬間、彼女の瞳が魔王のそれに変わる。


「……ちっ。バレたか」


 セシリアの——いや、魔王の声が響いた。


【10】逆転と新しい国


  突然、彼女の魔力が爆発的に膨れ上がる。周囲の騎士たちが次々と膝を突く。

 (やはり、魔王の人格を持つ方が圧倒的に強い……!!)


 魔王セシリアの魅了術が波のように広がり、騎士や民衆の目が虚ろになっていく。

「さあ、跪きなさい!私こそが真の王よ!」


しかし私が鏡を掲げると、光の柱がセシリアを包み、彼女の魅了術が打ち消された。

「なっ!?」

「ヴラド公爵領の特産品、魅力破りの魔具よ」

 途端に皆の目が正気を取り戻す。


(そう来ると思ったのよ、昔の私はよく魅力術を使っていたから)


 セシリアは自身が病に冒され、辺境へ追いやられた恨みから、王家を滅ぼすためなら手段を問わない凶悪な人格を露わにした。


「くそ!臆病者どもめ、その血液を兵器として使えと何度言ったら分かるのだ!今までただただ王家の言いなりになって森に引き篭もっているなど!」


魔王がかつて行ったの、は血液を使った呪いと病の拡散だった。顔を変え、森の警備を魅力し、王城の警備も魅了し、王城の下働きに潜り込んだ。

 自身の血を加工し、陽の下に出れば即死するような吸血鬼の呪いを広げた。


 被害は甚大で、当時の王子王女たちも複数亡くなられた。

魔女ではなく魔の王と言われるのはその被害の大きさのためだ。


「私たちと同じ苦しみを与えるだけだろう!こいつらを吸血鬼にしろ!こいつらの子供も孫も、陽の下を歩くだけで皮膚が焼け爛れる苦しみを与えてやれ!王家を支持する奴らなど、全員苦しめばいい!!」

セシリアは領民達に叫ぶ。


 途端に王家の騎士達はざわざわと動揺を見せた。


「ああ、セシリア。だからあなたは先程、この地の領民達を『吸血鬼』などと呼んだのね。」


魔王は、王位を簒奪した当時の王家とも、共に追放された領民達とも考えが合わなかったのだ。


「五月蝿い小娘!知っているぞ、貴様の家はあの卑しい呪術師の家系だろう!私達を吸血鬼に落とした呪いを掛けた、私の……私の……」


(そうね、悔しいわよね。……あなたはあの呪いを掛けた呪術師の妹なのだから。)


 「呪いとは何のことでしょうか」

「とぼけるな!吸血鬼の呪いでそいつらは…」


「ああ夜間しか活動できない『病』なら、アリア・グランゼル嬢が特効薬を見つけてくれたところだ。」

「は?」

レオヴァンの言葉にセシリアはポカンと口を開けた。


「吸血鬼と『誤解』を生む元になった『病』が解決したと言っている。」


セシリアは言葉にならない叫びをあげながら、呪詛を刻んだ石を掲げたが、レオヴァンはそれを刀で叩き切った。


セシリアは手を押さえ、それでも足掻こうとするが、今度は後ろから王家の騎士達がセシリアを押さえつけた。


「畜生!畜生!何で何で何で!?何で誰も私を分かってくれないの!!!!」

セシリアは魔王人格保持者として拘束された。

王太子は「魅了されていた」と主張したが、無能の烙印を押され廃嫡処分となった。


何しろ国王の許可を得ずに今回の騒ぎを起こした上、それを早目に到着していた隣国の王族に知られてしまったからだった。


 そして国に跡継ぎがいなくなった。しかも功を焦った王太子が無断であのような騒ぎを起こせるほど、老王の容体は良くない。


「私から提案があります」

 私は騒動の収集のために呼ばれた王城の会議室で言った。

「レオヴァン・ヴラド様を、次代の国王に推挙いたします」


 重鎮達が息を詰まらせた。


「彼は元々オリバー殿下の血を引く正統な王族。そして不治の病を抱えた民を統率し、その病の克服を成し遂げた実績もある。何より——」

 私は声を大きくした。

「隣国との大きなご縁をお持ちです。」


隣国はこの大陸一の強国だ。今まで殆ど国交がなかったが、レオヴァンとなら取引を継続すると言っている。


(国交がなかった理由が、そもそもオリバー殿下の件に由来するのだけどね……)


議論の末、重鎮は宣言した。

「今までの難しい領地の統治実績、隣国との外交成功を鑑み、議会は満場一致で殿下の即位を支持いたします」


そしてレオヴァンは王位継承順位一位の王太子となった。

誇らしい気持ちで帰路についていると、廃嫡された元王太子が、最後の悪あがきを見せた。


「アリア!戻ってこい!正妃として迎える!」

 アリアの正面に回り込む。

「あいつに魅力されていたんだ!俺にはお前が必要なんだ!」


 私は冷たく見下ろす。


「あなたは私を見捨てましたよね?」

「それは魅了されて——」

「魅了術を見抜けない程度の方に、私の人生を預ける気はありません」


 そして背を向ける。


「さようなら。私にはもう、帰る場所があります」


【11】新しい物語エピローグ


 レオヴァンの戴冠式から一ヶ月。


 私たちは王宮のバルコニーから、活気ある街を見下ろしていた。人間と元吸血鬼が共に暮らす、新しい国の風景。


「王になった気分はいかがですか?」

「まだ慣れない。だが、悪くはない」

「私は秘書として、しっかりお支えしますから」

「……秘書?」


 レオヴァンが振り返る。


「王妃の座は、まだ空いているが」

「え?」

「アリア……。」


 名前を呼ばれて私は彼を見つめる。そしてすぐに目を逸らす。

(あんな綺麗な目に見つめられて、まともでいられる女なんているだろうか……!)


レオヴァンはわざわざ顔を覗き込んでくる。


「王妃になってくれないか?」


出会って一年ほど。解呪に領地の活性化に立太子に王になるまで、怒涛の日々の中、二人の間に戦友以上の何かが芽生えていた。


「私は貴方を愛している」

レオヴァンの表情が変わった。


いつもの薄く笑った余裕の笑みではない。

切羽詰まったような顔だった。


「アリア……」


私は両手で顔を覆う。顔が暑くてたまらないのだ。

(愛なんて、誰からも言われたことがない……。)


「……わ、私も、貴方を愛しています。」

それは消え入るような小さな声だったが、レオヴァンは私を勢い良く抱きしめた。


「ずっと守ろう!ずっと隣にいてくれ。誰よりも愛している!」

ストレートなその言葉が胸の奥に沁み入っていくようだった。


今なら分かる気がした。レオヴァンの先祖が、病も呪いも構わずに付いて行った気持ちが。


(これが愛なのね。)

眦から涙が溢れた。幸せな涙は初めてだった。

魔王の記憶を持つ王妃と、元吸血鬼の王が作る新しい国で、長い愛の物語が始まる。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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