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リリィはシリルとランチをした回数を覚えている。
僅か4回。
初めての大食堂ですごく緊張した。
こんなに人が多い所でご飯を食べた事は無かった。
その時は流石にシリルが案内してくれた。
盆に大皿を一枚載せて、ずらりと並んだ料理人に欲しいものを載せてもらう。
「料理は4種類まで。デザートはひとつ」
シリルは盆を持ったままかちこちに固まっているリリィを見て説明した。
どの料理を取っていいのか分からなかった。
生徒たちは流れる様にスムーズに動く。
自分の所で止ってしまったら、すごく恥ずかしいと思った。
そんなリリィを見てシリルは少し笑った。
そしてあれこれと料理人に言ってリリィの盆に料理を載せてくれた。
「君の好きな物だ」
不愛想にそう言った。
二人で向かい合って食事を取った。
味なんか分からないと思ったが、そんな事は無かった。
とても美味しかった。
「すごく美味しいわ」
驚いた様にそう言ったリリィにシリルはクックと笑った。
シリルのそんな笑顔を見るのは本当に何年振りだろうと感じた。
暫く見ない間にシリルは立派な青年になっていた。
逞しくてそれでいて優雅で。
背が高くて理知的な感じがした。
端正でクールな雰囲気だが深いブラウンの目が温かい。
リリィは大都会で堂々と過ごしているシリルが眩しかった。
そしてずっと領地に引き籠って小さな世界で過ごして来た自分を振り返り、気後れを感じた。自分は田舎者で洗練されていないと感じた。
素朴過ぎる。それに逞し過ぎる。
田舎で「村人その1」みたいな生活をして来たから、それが身に着いて仕舞ったのだろうと思った。自分の何もかもが場違いで浮いていると感じた。
「シリル。君が女性と食事をしているなんて珍しいな。それも楽しそうに笑っているなんて。天地がひっくり返るんじゃないか?」
プレートを持った青年が立ち止まってそう言った。
「このお美しい女性はどなただい?」
青年はそう続けた。
「俺の婚約者だ」
シリルがそう言った時、ざわっと辺りが騒めいたのを覚えている。
誰もが食事の手を止めてシリルとリリィを見ていた。
リリィはその反応に恐れを抱いた。顔が引き攣って体が震えた。
その後は何をどう食べたのか覚えていない。
シリルが食事に付き合ってくれたのは最初の週だけだった。
その後は「もう自分で出来るだろう」と言って、手を離された。
もう出来上がったクラスに編入して来たから、まだ仲良しの友達はいなかった。
シリルはどこか別の場所で食事をしているらしく、食堂に現れなかった。
リリィはたった一人でご飯を食べた。
心細くて不安で寂しかった。
でもシリルにそう伝える事が出来なかった。
「あなたはシリルと結婚したら暫くは王都で暮らすのよ」
叔母はそう言った。
「王都には舞踏会もあるし、社交上のお付き合いも沢山ある。あなたがしっかりしていないと恥をかくのはシリルなのよ。分かっているの。ぼーっとしている場合じゃ無いのよ」
叔母は良い人で凄く好きだ。けれど、この歯に衣着せぬ言い方は時々リリィには痛過ぎる。
母はそういう言い方はしなかった。いつも穏やかでのんびりとしていた。
兄にお勉強を教える時だってのんびりゆっくりだった。
けれど決してリリィはそんな事は言わない。
母と叔母を比べて、それを口に出してはいけないのだ。
リリィは王都へ帰って来た。
けれど、こんな事なら王都へなんか帰って来なければ良かった。
リリィはそう思った。
祖父母の城で小さな自分の幸せを守っていれば、こんな悲しい思いはしなかったのに。
何度もそう思った。
夜になってまた熱が上がって来た。
ダリアが花瓶に花を入れて持って来た。シリルからのメッセージカードもそこに置く。
氷嚢を取り替えてリリィの様子を見ると黙って部屋を出て行った。