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ずっとあの領地で過ごしても良かったのだ。
だって彼はもう私に会いたいと思わないのだから。
熱でぼんやりとした頭でリリィはそう思った。
「親同士が決めた婚約かあ……確かにそうよねえ」
そう呟いた。
シリルは幼い頃、自分が私にプロポーズした事など忘れているのだと思った。
私はずっと覚えているのに。
二人でかけっこをしてリリィは転んでしまった。泣き出したリリィをシリルは負ぶって家まで戻った。
「リリィ。泣かないで」
それでもリリィはめそめそと泣いていた。
「泣き止んだら、リリィを僕のお嫁さんにしてあげるよ」
シリルはそう言った。(まるで泣き止んだらこの飴を上げるよ。程度の軽い気持ちで)
「本当?」
「うん」
リリィはぴたりと泣き止んだ。
「シリル。私をお嫁さんにしてくれるのね。絶対よ」
「うん。いいよ」
これを(プロポーズと言うべきかどうか判断に迷うが)リリィはずっと覚えていた。
まだ、二人が婚約するずっと前の出来事であった。
母の葬儀の帰りに自分の手を握り「ずっと僕が守るから。ずっと一緒だ」と言ってくれた彼はもういないのだ。
シリルは変わってしまった。
「確かに随分前の話だしね。忘れてしまっても仕方が無いわ」
リリィは呟いた。
リリィが15歳になって、約束の時が来た。
学園への編入試験に合格してリリィは学園に入学した。
そしてその2週間後、続々と外国からの留学生がやって来た。その一人がお隣ジャニス国からやって来たロメリアだという事だ。