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物語の舞台ニエナ国は南北に細長い国である。


リリィの母、パドマはここニエナ国の南にあるバーベナ伯の娘であった。

バーベナ伯には3人の子供がいた。

長女のパドマ、次女のダリア、そして末っ子の男の子セダムである。

領地では花卉の栽培が盛んで、ともに薬草の栽培も盛んである。

山が多く、小さな村が山間に点在している。

村では競うように花や薬草が栽培されていた。


一番賑わっているのはバーベナ伯の城があるハーブタウンである。

ハーブタウンはその名の通り、色々な薬草を扱う店が立ち並ぶ

ここでは毎日の様に市が立ち、薬草を求める施薬師や樹木を求める庭師や花卉を求める商人などが集まる。

バーベナ伯の領地は海に面しているため、漁業も盛んである。

港近くの市場には新鮮な魚を買い求める人や、美味しい魚介料理を味わうために訪れる人で賑わっていた。


バーベナ伯の領地は大変豊かであった。


近くを暖流が流れているために冬でも温暖な気候である。

王都の貴族達が別荘地として買い求める事も多く、あちらこちらに別荘が立ち並ぶ。

ロッシュ侯爵もその一人であった。

バーベナ伯爵の城のすぐ隣にロッシュ侯爵家の別荘はあった。



 今では立派な青年であるシリルは子供の頃喘息持ちで体が弱かった。それでロッシュ侯爵家では毎年冬になると息子を連れてこの保養地へとやって来た。



ここに別荘を構えたのはロッシュ侯爵の妻エレンとパドマが学園以来の親友だったからだ。

シリルは冬になると自分と同じ様に両親に連れられて、この美しい領地へ帰って来るリリィと一緒に過ごした。

ロッシュ侯爵は北の領地に鉱山を持ち、王都と領地を忙しく行き来していた。妻と子は領地で過ごしていた。

対するローズ伯爵は代々王宮に勤める財務次官である。地位はあれども豊かな領地は持っていなかった。


パドマは嫡子のチャーリーを産んでから5年が過ぎてリリィを授かった。

チャーリーが10歳を過ぎた頃、パドマはチャーリーをルシェンダ国へ留学させようと考える様になった。


ルシェンダ国は世界でも有数の科学国家だった。

哲学、博物学、天文学、音楽、数学……ありとあらゆる学問が奨励され人々は自由に学ぶ事が出来た。特に薬学の発達は目覚ましく、医療、薬学共にこの辺り一帯の国はルシェンダ国の恩恵に授かっていた。


また、ルシェンダ国では難関の試験さえクリアすればその国籍や地位に関係が無く、だれでも自由に学ぶ事が出来た。しかし、ルシェンダ国の試験は超難関だった。

学術上の課題だけでは無く、その人物の品性や健康、思想までも細かくチェックされる。

試験は6次まであった。

試験に合格し、希望すれば国から奨学金と生活の為の費用が支給される。しかし、ある程度の成績が保持されないと支援はカットされてしまう。


チャーリーがルシェンダ国で学んで来てその知識を生かして領地の薬草栽培に貢献できれば……領地にも国にも大きなメリットがある筈とパドマは思った。


ニエナ国は豊かで長閑な国である。農業、鉱業、漁業と盛んではあるが、今一つ、他国との商取引で立場が弱い。特に隣国ジャニス国には時に横暴な商取引を要請されることもある。ジャニス国は世界有数の軍事経済強国である。


販売ルートを広げて、対等な立場で取引をしてくれる国との取引率を増やさなければならない。原料を輸出するのではなく加工を施し製品に仕立てる技術も育成しなければならない。

パドマは一地方の伯爵家に生まれた女性であったが、その見識は広く深かった。


パドマはチャーリーの教育に熱心になる。

丁度その頃、シリルの母エレンが妊娠した。エレンは一度流産をしており、今度は大切にするようにと夫から言い渡されていた。

喘息で手の掛かる息子を一人で別荘に送る訳にも行かず、パドマはシリルとリリィをセットにしてバーベナ伯爵の城へ預ける事をロッシュ侯爵家に提案した。


エレンとパドマは学生時代に約束した事があった。

お互いの子供がもしも男女なら将来は一緒にさせましょうという秘密の約束だった。

ある意味、この二人は生まれながらにして婚約者だった様なものだった。


母親同士のそんな思惑も知らず、リリィとシリルは一緒になって海で泳いだり、温泉に浸かったり、山歩きをして探検をしたり、花の苗を植えたり、果実をもぎ取ったりして過ごした。また、城で薬草作りを手伝ったり、料理をしてみたりと、毎日毎日いろいろな事をして遊んだ。

城には家庭教師がやって来て、シリルとリリィに勉強を教えた。二人は仲良く机を並べて勉強をして本を読み、絵を描いたり楽器を演奏したりした。

バーベナ伯爵家ではシリルをリリィと同じ様に可愛がった。

エレンに赤ん坊が生まれてもシリルは家に帰らなかった。すっかりバーベナ伯の領地が気に入ってしまったのである。それにここにはリリィもいる。


両家の妻達は頃合いを見て、二人はとても仲良しだから、これは将来結婚をさせましょうという提案をした。

ロッシュ侯爵もローズ伯爵もそれについて異議など無かった。

幼い頃から家族ぐるみで付き合っている間柄である。お互いを信頼していた。


二人が目出度く婚約を交わしたのはリリィが8歳、シリルが11歳の冬であった。

暫くは平穏で幸せな日々が続いた。


だが、病魔がリリィの母、パドマの体を蝕み始めた。パドマは若かったから病気の進行も早く、彼女は見る見るうちに弱って行った。


パドマはバーベナ伯爵領に戻って療養生活を始める。夫であるアレンは王宮の財務事務次官として働いていたから王都を離れる事は難しかった。

流石に病人のいる城に息子を預ける訳には行かず、シリルは屋敷へ戻された。

シリルの母エレンは住居を王都に移し、シリルと弟のサイラスを連れて別荘と王都を行き来していた。そして長らくの友人であるパドマを見舞った。



リリィの兄であるチャーリーはこの時14歳。既に王都にある学園に入学していた。

チャーリーは母親の教育の甲斐もあり、頗る優秀な成績で学園に入学した。学園以来の秀才などとも言われた。けれど、チャーリーの目標はルシェンダ国への留学。

チャーリーは母の言い付け通り勉学にいそしんだ。


実家に帰って来たパドマは、子供が出来なくて嫁ぎ先から離縁されて戻って来ていた(それは建前で実は夫に愛人がいた。愛人に子供が出来たのだ)妹のダリアに言った。

この時、ダリアは35歳。パドマの1つ下。


「私の代わりに王都の屋敷に行ってアレンとチャーリーの事をお願いしたいの。チャーリーは留学の為の試験を受けるから学園で特別授業を受けなくてはならないのよ。ねえ。ダリア、私が死んだら、あなたはアレンと再婚してくださらない? そして私の子供達を育てて欲しいの」


病気で痩せ細ってしまった姉の最後の願いを受け入れたダリアは王都へ向かったのである。


一方領地で静養するパドマの傍にはいつもリリィがいた。

リリィはパドマが亡くなるまで領地で祖母と祖父とそれから叔父夫婦と一緒に暮らした。



パドマが亡くなったのはリリィが10歳、シリルが13歳の時である。

兄のチャーリーは15歳。

パドマは37歳の若さで亡くなった。

そして叔母であるダリアが新しい義母となった。


兄のチャーリーは学園の3年生の時(16歳)にルシェンダ国の試験に合格して留学を決めた。

シリルは成長と伴に体力も付き、元気な少年に変わって行った。

シリルはそろそろ学園に入学である。入学準備をしなければならない。


母が亡くなってもリリィは領地を離れなかった。

悲しみに暮れる祖父母を置いて行くのは嫌だったし、何よりもこの領地が好きだったからだ。

ここで母と濃密な時間を過ごした。それがリリィの宝物だった。


ある日、祖父が怪我をして、それ以来足が不自由になってしまった。杖を突きながらとぼとぼと歩く。祖父は意気消沈し塞ぎ込む様になった。

リリィは益々領地を離れられなくなった。


シリルは14歳になり学園に入学した。


シリルは学園に入学しても各シーズンの長い休みにはリリィに会いにやって来た。

シリルがやって来る日にはお菓子を焼いて庭でお茶会をした。そして二人で幼い頃に歩いた場所を散策した。

ぽつぽつと話をする。

シリルは王都の学園の話、家族の話、リリィは領地の話、薬草、植物の話、それから読んだ本の話。

どちらかと言うとリリィが話してシリルがそれを聞いている事が多かった。

幾ら話しても話は尽きなかった。

リリィはシリルの差し出す腕に自分の腕を絡め一緒に歩くだけで、それだけで幸せで胸が一杯だった。

シリルは城に数日留まり、そして帰って行った。

リリィはシリルに手紙を書いた。

シリルは必ず返信をくれた。

そうやって時が過ぎた。



それがいつからだろう。

生徒会に入ったから忙しいと言う理由でシリルは領地に来なくなった。たまに来てもすぐに帰ってしまう様になった。



「君は14歳になったら王都の学園に入学するのだろう?」

シリルは言った。

「その時、僕は3年生だ。君と一緒に学園で過ごすのは2年間だ」


「でも、悪いが君に構っている事は出来なくなるかも知れない。学園の生徒会はそのまま将来に直結する。生徒会に入れるのは選ばれた人間だけだ。将来僕はこの国で重要な役職に就きたいと思っている。それには武術も才能も必要なんだ。それを養わなければならない」

珍しくシリルは多弁だった。

「生徒会は王族が運営している。そこで認められれば、明るい未来が待っている。君は僕の婚約者なのだからその所は分かって欲しい。常に君といられる訳では無いと。君は聡明な人だから理解してくれるね?」

そう言ったシリルの目を見てリリィはこくりと頷いた。


手紙の返信が滞る様になった。

そしてリリィは手紙を送るのを止めた。


学園に入学するのを一年間遅らせた。

気落ちした祖父が心配だったからでもある。


王都から父と叔母が、ロッシュ家からはエレンがやって来た。


「リリィをもう一年間、ここへ置いて頂戴。リリィはここでよく学んでいるの。私達も助かっているのよ。リリィはパドマにそっくり。若い頃のパドマが帰って来たみたいで、私達も楽しいのよ。お祖父さんもリリィがいると気分が安らぐの。だからあと少しだけ」

本当は、領地に残る事を望んだのはリリィだったが、祖母がそう言ってくれた。


それで後一年間は領地で暮らす事になった。

学園への入学を遅らせる事に対してシリルは何も言わなかった。



結婚して長らく子供を授からなかったリリィの叔父セダムの妻が妊娠した。伯爵家の跡継ぎが産まれる。その出来事は弱り果てていた祖父を蘇らせるのに十分だった。

祖父は生まれてくる孫の為に、まだまだ頑張らなくてはと思ったらしい。

そして次の春に元気な男の子が生まれた。

城は活気に満ちていた。

リリィは母の領地を離れた。


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