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ミーナは腕を組んでシリルの話を聞いていた。

シリルは必死になって頼んだ。俺は忙しいからリリィと話すのは今日しかチャンスは無いんだと言った。

今にも土下座せんばかりの勢いだった。

いつもはスカしたイケメン野郎がこんなに必死こいている事にミーナは驚いた。

てか、どうして一緒に学園に来ているのに話すチャンスが無いのかそこが不思議だった。

チャンスを失くしているのはお前だろうがと思いながらも、その慌て振りがちょっと気の毒になった。


ミーナは「ふうっ」と息を吐くと、「図書館の裏にある木陰にいるわ」と教えてくれた。

シリルはだっと走り出した。

ミーナはその後ろから「私の兄と一緒よ」と言ったが、シリルの耳には届かなかった。


図書館の裏手のベンチをあちらこちらを走り回って、ようやくリリィを見つけた。


誰か、背の高い男性といる。

男は制服を着ていない。

学園の職員か?

シリルは何度か深呼吸をすると息を整えた。


「リリィ」

リリィに声を掛けた。

リリィが驚いた顔をした。男性がこちらを振り向いた。席の間にサンドイッチがある。カップに入ったお茶とボトルも。


何でこんな男と飯を食っているんだ? 

シリルはむっとした。

誰だ? このおっさんは。



「どうしたの? シリル。ランチは? もう済んだの?」

リリィは昨日の冷たさが嘘みたいに穏やかだった。シリルはじっとその顔を見た。

たっぷり一分間は見詰めた。

「シリル。そんなに怖い顔で睨まないで」

リリィが噴き出した。

「えっ?」

シリルはあっけに取られる。


「シリル、こちらはレナード様。私の図書館のお友達なの。レナード様は研究の為にこの学園の図書館に通っていらっしゃるの。ミーナのお兄様よ」

「ミーナ嬢の?」

「そうよ。……レナード様。こちらは生徒会役員のシリル・ロッシュ侯爵令息殿です。私の婚約者ですの」

シリルは不思議な思いで二人を眺める。

レナードは立ち上がって手を差し出した。シリルは慌てて頭を下げた。

そしてその手を握る。

「シリル・ロッシュです。初めまして」


「へえ。君が噂のシリル君ですね。いやいや、素晴らしくイケメンですねえ。これはもてて大変でしょう。リリィさんも気が気じゃないね」

「うふふ。そうなんです。色々と大変なんですよ」

リリィは答える。

「僕は何度かリリィさんとは図書館でお会いしていますが、あなたとリリィさんがご一緒されている所は見た事が無かったかなあ……」

レナードは首を傾げた。

「そうですね。全く一緒にいませんから。シリルは生徒会の仕事で忙しいので」

そう言ってリリィはふうっとため息を吐いた。

「婚約者なのに?」

「はい」

「……」(シリル)


「シリルさん。リリィさんは素晴らしい女性ですよ。放置して置くと誰かに横取りされてしまいますからね。例えば僕とか……。いやいや、冗談ですよ。冗談。そんなに驚いた顔をしないでください。傷付くなア。さて、お話があるのでしょうから、僕は行きます」

「レナード様。サンドイッチご馳走様でした。お茶のポットは……」

「ああ、次に会う時で構いません。カップもあるから、良かったらその子と一緒にお飲みなさい。サンドイッチも宜しかったらどうぞ」



その子!?

学園の4年生で生徒会役員で侯爵家嫡子の俺を『その子』扱い?


シリルはむすっとしてレナードの後ろ姿を見送った。

リリィはそんなシリルをくすくすと笑いながら見ていた。

「シリル。座って。お茶は如何? シロップ漬けの檸檬を入れるわね。あなたはうんと甘いお茶が好きよね」

「あ、ああ。うん。有難う」

「サンドイッチが残っているわ。食べる?」

「あ、ああ……」

すっかり毒気を抜かれてしまった。


サンドイッチをむしゃむしゃと食べる。

すごく美味い。何だこれは? この美味さは。

そう思ってリリィを見る。

「すごく美味しいサンドイッチよね。ゆっくり食べて。それから話を聞くわ」

リリィは聖母の顔で言った。

シリルはその顔を見ながらもぐもぐとサンドイッチを食べてごくりと飲み込んだ。

お茶を一口飲む。

「うまい」

「ふふふ」


リリィに色々と言おうと思っていたのに、何かどうでもいい様に思えて来た。

全てが些細な事に思えた。

シリルは空を見上げた。

「綺麗な青空だな」

そう言って微笑んだ。

リリィも空を見上げる。


のびのびとしていい気持ちになった。

こんな気分は久し振りだと感じた。

ゆったりとして落ち着いて来た。


リリィと一緒にいるとこんな風な気分になったんだっけ。

俺はいつの間に忘れてしまったのだろうと思った。

ああ、ずっと忘れていた。

何で忘れちゃったのかなあ。

ずっと笑っていなかった気がする。

何だかすごく忙しくて……。


リリィがいればこんなに簡単に笑えるのに。俺は勿体無い事をしてしまったなあ。

リリィに一年も会わないでいて……。

そんな事を思った。


◇◇◇


今ならリリィも落ち着いて話をしてくれるだろう。

シリルはそう思った。


「リリィ。一体何があったのか説明してくれ」

シリルは言った。

「昨日の君の態度は全く尋常じゃない。俺はびっくりしたよ」



「別に。いつもの事よ。あなたが私を放置してロメリア様をいつも優先するって言うだけの事よ。いつも二人は一緒よね。でも、もういいわ」

リリィは素っ気無く言った。

「そんな事は無い。現に今、こうして君といる」

「あら、そう? 私の目にはいつもご一緒の様に見えるけれど。ランチもご一緒。昼休みも一緒、放課後も一緒。休みの日も一緒」

シリルはどきりとした。


「今日は特別。あなたとこんな風に二人でお昼を食べたのは、……もう4カ月振りかしら?」

「……あ、ああ……そうかも知れない」


暫し無言。



「シリル。私、学園に来なければ良かった」

リリィがぽつりと言った。

シリルは目を見張った。

その言葉がずさりと胸に刺さった。


「あなたは私が学園に来てもちっとも嬉しそうじゃ無い。却って迷惑みたい」

「何でそんな事を。……そんな事がある筈無い」

シリルは慌てて言った。

「じゃあ、嬉しいの?」

「嬉しいに決まっているじゃないか」

リリィは笑った。

「無理しなくていいわよ。全然嬉しそうじゃ無いもの。……あなたは私といる時よりもロメリア様と一緒にいる時の方が楽しそうだわ」

リリィは寂しそうに微笑んだ。

シリルはまじまじとリリィの顔を見る。


ダリアの言葉が蘇る。


―「何でも無いって、寂しそうに笑うの」

……


「……何を言っているんだ。それは君の考え過ぎだよ」

シリルは少し目を伏せながらそう言った。

胸がしきりに痛んだ。



シリルはコホンと咳払いをする。

「リリィ。これは生徒会の仕事で、彼女は大切なゲストで」

「シリル。何でいつもロメリア様はあなたの腕を取っているの? あなたはそれが平気なのね。サポーター役はそんな事までサービスするのね」

「そ、それは……」

「あなたは私が誰かの腕を取っても平気なのね。分かったわ。そう言う事ね。じゃあそさせてもらうわ」

「リリィ……そういう事では無い。あれは仕事の一環で……」

「あら、そう。仕事であればいいのね」

「……」

シリルはさっきまでののびのびした気分が消えて行く感じがした。


また無言になる。


シリルはサンドイッチをもう一つ手に取るともそもそと食べた。

そしてお茶を飲む。

リリィをちらりと見る。

リリィは黙ってどこか遠くを見ている。



「だからってあんな態度は無いだろう? 俺の手を払った」

シリルは言った。

「他の女に触れた手なんかで触って欲しくないもの」

「リリィ!」

「シリル。私、雨に濡れて帰ったあの日、あなたとロメリア様がカフェにいるのを見ていたの。窓際の席で」

「えっ?」



「とても綺麗なカフェで、私もこんな所で連れて来てほしいなあって思った。ロメリア様は楽しそうに笑っていて、あなたの後ろ姿が見えて、私、王都へ来てもうすぐ4か月になるのに、まだ街を歩いていないなって思ったわ。私、すごく悲しかった。辛くて寂しかった。あなたはお茶会をしても早くに帰ってしまうし、ずっとあなたと話をしていないなあって思った」

リリィは落ち着いた口調で言った。

「……」

シリルは口をへの字にしたまま黙ってリリィを見ていた。

何を返したらいいか分からなかった。


「でも、もう泣かないわ。昨夜も泣いたもの。涙も枯れ果てたわ。だからもうへっちゃらよ。もう平気だわ」

「……」



「あなたは私のお茶会をさっさと早退して、ロメリア様のエスコートに出掛けたのですってね。ロンダ公爵令嬢のお茶会に。私、ずっと楽しみにしていたのに、……あの日、すごくがっかりしたのよ。悲しかったわ。それなのに、あなたは……。昨日、ロメリア様に聞いたのよ」

シリルの目が泳ぐ。

リリィの冷たい目で睨まれ、シリルはもごもごと言い訳をする。


「リリィ……その、あの、悪かった。御免、俺は……あの、……頼まれて……仕事だったんだ。あれは生徒会の」

「あなたと私は親が決めた婚約者なのでしょう? あなたの意思が無いのなら、もう婚約なんてやめましょう。不毛なだけだわ」

「どうしてそんな事を!」

シリルは驚いた。

「あなたがロメリア様に言っているのを聞いたのよ。親が決めたって」

「何だって……?」

「あなたはもう私を好きじゃない。あなたは変わってしまったわ。昔の優しかったシリルじゃない」

「そんな事は無い!何を言っているんだ!」

シリルは立ち上がった。


 ー 淑女たるもの、いつでも穏やかにお話をするものですよ。心はどうあっても、冷静に笑みを絶やさず……。

母の言葉が脳裏を過る。

しかし、リリィの中で何かがぷちっと音を立てて切れた。


リリィもばっと立ち上がった。

「どうしてシリルがずっとアイスドールのサポートをしていなくちゃならないの? 他の役員はどうしたの? それともあなたはアイスドールが好きなの? 好きなのね? だったらそう言って。それならすぐに婚約解消をするから。私は学園を辞めて領地へ帰るわ。後は好きにすればいい」


「婚約解消? 何を馬鹿な! 考えた事も無い! 俺がロメリアを好きだって? どこからそんな考えが生まれて来るんだ? 仕事だって言っているだろう! 君との将来を考えて俺は」

「あんなにべたべたくっ付いて好きじゃ無いっておかしいから! 寄り添っていい感じにダンスなんかしちゃって! ああ、有り得ない。変過ぎる。それが将来ならそんな将来要らないわ。丸めてゴミ箱に捨ててやる。そんな男も要らないわ。掃き溜めに捨ててやる!」

「は、掃き溜め……」



「もう分かった。ええ。分かりました! 星祭はアイスドールをエスコートすればいい。アイスドールとファーストダンスを踊ればいいわ。そうすればいい!! 二度と私に声を掛けないで!! シリルなんかロメリア様にくっついてジャニス国へ行っちまえ!!」

「何を言っているんだ。意味が分から……、おい、ちょっと待て、待てって言っている。おい、リリィ。待ってくれ!」



「サンドイッチのゴミを捨ててよ。ポッドは洗って明日持って来て頂戴!」

リリィはそう叫ぶとシリルを置いて走り出した。

シリルは唖然としてそこに残された。

シリルもリリィも気が付かなかったが、周囲にいた生徒達は目を丸くして二人を見ていた。


再びの『あーあ……』。

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