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シリルの後を付いて歩いて行く。
「シリル、どこへ行くの? ホールはこちらでは無いわ。こっちは特別クラスの……」
「ロメリア様がリリィを是非紹介して欲しいと仰っているんだ。だから先に紹介をする。
それからランチをご一緒する予定だ」
「えっ……?」
「本当はもっと早くにご紹介をすれば良かった。そうすれば君も勘違いなどせずに安心して俺とロメリア様を見守ってくれて……。あれ? リリィ。何をやっている。行くぞ」
シリルは立ち止まってしまったリリィの手を引いた。
廊下を曲がってふと立ち止まった。
特別クラスの前に沢山の人だかりが出来ていた。
シリルとリリィは目を見張った。
みんなランチに行っている筈なのに、沢山の人がこちらを見ていた。
外国からの貴賓達、それからこの国の公爵クラスの令嬢、令息達は面白そうに眼を輝かせながらシリルとリリィを見ていた。
リリィは顔色を失った。
がたがたと震え出した。
ここから逃げ出したかった。
シリルはリリィの手をぎゅっと握った。
「大丈夫だ。リリィ。挨拶するだけだから」
リリィはごくりと唾を飲む。
「お母様、私を助けて」
小さく呟く。
「ロメリア様。シリルが婚約者を連れて参りましたよ」
誰かが言った。
「さて、どんなご令嬢だろうか?」
「これは見物だ」
「二年生だって?」
「領地から出て来たばかりだってさ」
「田舎者か」
ひそひそとそんな声が聞こえた。
シリルとリリィはロメリアの前に立った。
ロメリアは無表情な顔でリリィを見る。
薄い瞳の色が酷く冷たそうに見える。アイスドールの通り名にふさわしい視線だ。
垢抜けないドンくさそうな女。大勢の貴人の前でおどおどしている。これは無様な失態を晒すに違いない。優雅なシリルの婚約者がこんな田舎者だとは。(笑)
誰もがそう思った。
「ロメリア様。ご紹介致します。この女性が私の婚約者であるリリィ・ローズ伯爵令嬢です。以後お見知り置きを」
シリルがそう言って、リリィはにっこりと笑って上品な礼をした。
それはとても美しく優雅だった。
「ロメリア様。今朝はきちんとご挨拶も致しませんで、失礼を致しました。私はシリル・ロッシュ侯爵令息の婚約者でリリィ・ローズと申します。以後お見知り置きを」
周囲に微かなざわめきが広がった。
「ほう……」という感嘆の声も聞こえた。
ロメリアはにこりと笑った。
「リリィ。私はジャニス国の宰相の娘。ロメリア・グローリーよ。シリルには色々とお世話になっているわ。シリルはとても有能な方ね。これからもお世話になると思うの。だから、私とシリルを広い心で温かく見守ってくださいね」
そう言うとロメリアは集まった人々を見回して言った。
「では、皆様。本日のイベントはこれで終了ですわ。私達3人はこれからも良好な関係を保つためにランチに行きますから」
くすくすと笑う声。ざわざわとした騒めき。
「イベント?」
シリルは怪訝な顔をする。
「シリルが婚約者を紹介してくれると言ったら、あっという間に話が広がってしまって。
御免なさいね。シリル。リリィ。こんなはずじゃ無かったのよ」
ロメリアはふわりと微笑んで言った。
「シリル。素敵な婚約者だな」
そう言ってシリルの肩を叩いて行く令息がいた。
「リリィ。完璧なカテーシーだったわよ」
そんな風に声を掛けて行く令嬢もいる。
リリィはほっとした。シリルを見るとシリルも満足そうに頷いた。
そんな二人を人々の一番後ろから、一人の令嬢が見ていた。
レナードと一緒にいた令嬢だ。
令嬢は小柄で黒い髪を肩で切り揃えていた。地味な雰囲気であまり目立たない。
冷静な目が去って行く3人を見ていた。
そしてその場を離れた。
「リリィ。とても落ち着いていて良かったよ。俺は鼻が高かった。流石リリィだ」
シリルが微笑んだ。
「あら、そう? それは良かったわ。私、緊張してドキドキしてしまって。思わずお母様に祈ってしまったわ。ふふふ」
ロメリアの耳に楽しそうな二人の声が届いた。
「シリル。ちょっと」
前を行くロメリアが声を掛けた。
「はい」
シリルはロメリアと並んで歩いて行く。
少し離れてその後ろをリリィは付いて行く。
二人の後姿を眺めながら、リリィは「お母様。助けてくださって有難う」と心の中で呟いた。
◇◇◇
ランチの列に並ぶ。
シリルとロメリアはちょっと前の方にいる。
リリィは自分のプレートを持って列に並んだ。
ロメリアが指し示す物をシリルはプレートに載せてやる。
ロメリアの横顔がちらりと見えた。楽しそうに笑っていた。
リリィはその姿を眺めた。
「ロメリア様とシリル様よ。まるでアツアツのカップルね」
前にいる令嬢が隣の令嬢に言った。
「いいわねえ。外国の貴賓だからって、シリル様にサポートをして頂けるなんて。羨ましいわ。色々なお国から皆様がいらしているのに、どうしてロメリア様だけが特別なのかしら?」
「それは隣国ジャニス国だからでしょう? グローリー宰相殿は現王の弟君ですもの。その大切な姫君ですからね。そりゃあ、ニエナ国だって気を遣うわよ」
彼女等は後ろにリリィがいる事に気付かない。
リリィはそんな話を聞くとも無しに聞いていた。