第7話「起源の神殿」
◇廃墟と化した東京・新宿通り
感染者たちのうめき声が街に響く。その数は数百──いや、それ以上だ。
「くそ……これ全部敵かよ」
ガルムが異形の腕を光らせながら咂舌する。
エリザは魔素の副作用で体が崩れかけていたが、それでも魔導銃を構えていた。「ミロ……『起源の神殿』の場所は?」
ミロが杖から投影した地図を必死に解析する。「この世界の魔素濃度を逆算すると……東京湾の海底に反応があります!」
「海底?」
ガルムが眉をひそめる。「どうやって行くんだ?」
その時、上空で爆音が轟いた。
「それは──」
黒煙を引きながら接近するISOの戦闘機。機体は大きく損傷しているが、どうにか三人の真上まで飛来すると、パラシュート付きのコンテナを投下した。
「レオンのか……!」
コンテナが地面に激突し、自動的に開く。中から現れたのは──
「魔導潜水装備……?」
エリザが中に入っていた特殊スーツに目を見張る。スーツの胸には「FOR ERIS ONLY」と書かれていた。
「博士専用……つまり、レオンさんは最初からこれを……」
ミロがコンテナの底に貼られたメモを拾う。
『エリザ──
神殿は時間の概念が違う。過去を変えられるかもしれない
ただし、代償は大きい
──L』
ガルムが不機嫌そうに腕を組む。「相変わらず意味深なこと書きやがって」
エリザは黙ってスーツに触れる。その瞬間、スーツが自動的に展開し、彼女の体を覆い始めた。
「行くわよ」
彼女の声は決意に満ちていた。「ガルム、ミロ、私を神殿まで護衛して」
「ああ」
ガルムが異形の腕を轟かせる。「でもな、エリザ……お前、どうするつもりだ?」
エリザはかすかに笑った。
「『起源』を消す」
◇
東京湾・海上
三人はISOの残存部隊が確保したボートで沖へ向かう。背後では、岸壁から飛び降りた感染者たちが海に飛び込み、追ってくる。
「早くしろ!あいつら泳いで来るぞ!」
ミロが杖で海面を凍らせ、追跡者の足を止める。ガルムは異形の腕でボートのエンジンを過負荷させ、速度を上げた。
「反応はすぐ下だ!」
エリザがスーツのヘルメットを閉じる。
「行ってくる」
彼女は深々と海へ飛び込んだ。
◇
深海・起源の神殿
光の届かない暗闇の中、エリザのスーツだけが青く輝く。降下していくと、やがて海底に巨大な建造物が現れた。
それは──
「……門?」
古代遺跡のような石造りの巨大な門が、海底にぽつんと立っていた。門の中央には、七つの災いの紋章が円形に配置されている。
エリザが門に手を触れる。
瞬間、視界が白く染まる──
◇
記憶か?幻か?
白い空間に立つエリザの前に、人影が現れる。
「ようやく来たね、エリザ・ウェイン」
その人物は、エリザそっくりの女性だった。ただし、年上で、目には深い悲しみを宿している。
「あなたは……?」
「私は『最初のあなた』」
女性が静かに言う。「この世界で最初に神殿にたどり着き、失敗したエリザ・ウェインよ」
エリザの背筋が凍る。
「七つの災いは……元々、人間が生み出したもの」
女性が続ける。「異世界との接触実験で暴走した『魔素』が、人類への罰として形を変えたんだ」
「それで、この門は?」
『時を遡るための装置』
女性の手が門を撫でる。「でも、使うには代償がいる。『存在そのもの』を捧げなければならない」
エリザの目が細くなる。
「つまり……?」
「あなたが門を通れば、七つの災いは最初から存在しなくなる。でも……」
女性の声が震える。「あなたも、誰の記憶からも消える」
◇
現実へ
意識が海底に戻る。エリザの頬を、涙が伝っていた。
(全てを……忘れさせられるのか)
彼女はガルムの顔を思い浮かべた。レオンの、ミロの、仲間たちの顔が脳裏をよぎる。
そして、決意する。
「……いいわ」
エリザは両手で門を押す。
「開け──『起源の門』!」
門が鈍い音を立てて開く。中は光の渦だった。
エリザが一歩、踏み出そうとしたその時──
「待てェェェェ!!」
水中を突き破り、異形の腕を光らせたガルムが降りてきた。
「バカ野郎……!一人で勝手なことするんじゃねえ!」
ミロも続いて到着する。彼の杖が水中で青白く光っている。
「博士……僕たちも同行します!」
エリザは激しく首を振る。
「だめよ!門を通れば、あなたたちの記憶からも私が消えるの!」
「だから?」
ガルムが不敵に笑う。「お前がいない世界なんて、俺には関係ねえや」
ミロも頷く。「僕たちは……博士と共に戦うと決めました」
エリザの目から、新たな涙が溢れる。
「……馬鹿みたい」
三人は手を繋ぎ、光の渦へと飛び込んだ──
◇
そして──
パンッ!
明るい音と共に、エリザの目が開く。
見知らぬ天井。病院のベッドの上だ。
「あれ……?」
扉が開き、看護師が入ってくる。
「あら、目が覚めたんですか?交通事故から3日ぶりですよ」
「交通事故……?」
エリザは混乱する。記憶がおかしい。何か大切なことを忘れているような──
ふと、窓の外を見る。
東京の街が、平和な日常を営んでいた。
「……変な夢でも見てたのかな」
彼女はベッドから起き上がり、コーヒーを一口飲む。
テレビのニュースが流れる。
「本日、ISO異世界ストーリー機構の新施設が完成しました」
エリザの手が止まる。
(ISO……?)
何故か、胸が締め付けられる。
その時、病室の扉が勢いよく開いた。
「おい、エリザ!退院するなら付き合えよ!」
そこには──
銀髪の青年と、少年が立っていた。
「え……?」
見知らぬ二人なのに、何故か涙が止まらない。
青年は不器用に笑う。
「また、一緒に働こうぜ、博士」
(なぜか──)
エリザは自然と笑っていた。
「ええ、そうしましょう……ガルム」
名前を呼んだ瞬間、青年の目が大きく見開かれる。
「お前……覚えてたのか……?」
風が吹き、カーテンが翻る。
三人の影が、陽の光に照らされて──
【あとがき】
約2万字に及んだ「異世界管理局」最終回はいかがでしたか?
わたしはもう肩がガタガタですw