98:繋がり
クライヴの要望通り、僕が防御魔法をかけてあげると、彼は見違えるほど生き生きして帰っていった。
「これで勝てそう!」
とか何とか言って。
……何の勝負をしてるんだろう。
けど、関わるのはやめておきたい。
「…………」
店先での別れ際、僕は何も言わずにただほほ笑んで、彼が去っていくのを見送った。
そうして誰もいなくなった店内に戻ると、テーブルの上にはリンゴやブドウといった美味しそうなフルーツが乗っていた。
クライヴが、ジゼルへのお見舞いと言って魔法で出してくれたのだ。
彼の心遣いは純粋に嬉しかった。
基本的に、クライヴはいい人だ。
…………基本。
ルークとホリーは、僕がクライヴに防御魔法をかけている間に、町医者を呼びに向かってくれていた。
しばらくすると医者が駆けつけ、早速ジゼルの診察が始まった。
彼女が眠る部屋には、ホリーが付き添っている。
僕は部屋の外で静かに待ち、やがて扉が開いて中へ通された。
眠るジゼルのそばに立つと、診察を終えた医者が首を捻りながら、いくつかの可能性を口にした。
呪いがかかっている詳しい事情は伏せているので、親身な先生の態度に申し訳なくなる。
けれど僕は真剣に説明を聞き続けた。
話が終わると、痛みを和らげる薬と血の巡りを良くする薬を処方してくれた。
「すぐに大きな病院にかかった方がいいですよ」
そう忠告してくれながら。
「ありがとうございます!」
医者が帰ると、僕はすぐにジゼルに薬を飲ませた。
僕が彼女を抱き起こし、ホリーが水差しを傾けて、そっと口元に水を注ぐ。
眉をひそめて苦しそうにするジゼルに、ホリーが優しく話しかけた。
「ジゼル、お薬だよ。飲んで」
すると、コクンと喉を鳴らして何とか飲み込んだ。
「飲んでくれたねぇ」
ホリーがほっとして脱力する。
「…………ん」
涙腺が緩んだ僕は、ぐっと我慢したから返事が疎かになった。
ーーどうか効きますように。
僕はそう祈りながら、優しくジゼルを横たわらせた。
「2人とも遅くまでありがとう」
ルークとホリーが帰るので、僕は店の外まで見送りに出ていた。
「いいよー。美味しいお菓子食べられたし!」
ホリーがニッコリ笑った。
「ジゼルちゃんに薬が効いてるようだし、あとは蒼い月の夜が早く来るといいな」
ルークもニッと笑った。
ジゼルは薬を飲んでしばらくすると、呼吸がゆっくりと落ち着いてきた。
痛がるそぶりも減った気がする。
彼女の様子を思い出した僕は、自然と頬が緩んだ。
「うん。みんなのお陰で何とかなりそうだよ。ありがとう」
明るい兆しが見えた僕らの間に、笑顔がこぼれる。
そうして笑い合うと、ルークとホリーは背を向けて歩き出した。
「しゃーないから送ってやるよ」
「そこは心配だからってスマートに言わないと」
「じゃあ、心配だから送ってやるよ」
「……言われたままじゃなくて、オリジナリティを入れてよ」
「細かいなっ」
「あはは!」
2人は軽口を叩き合いながら、遠ざかっていった。
家に入った僕は、2階に上がってジゼルの様子を見に行った。
今までは部屋に向かうたびに「もし彼女が息をしてなかったら」と不安がよぎった。
でも今日は、ずいぶん心持ちが軽い。
ゆっくり扉を開けると、驚いたことにジゼルが起き上がっていた。
起きたばかりなのか、彼女は薄灰色の瞳でぼんやりと窓の外を眺めている。
その外見は、ジゼルとはまるで違っていた。
小柄で、どこか幼さの残る可愛らしい容姿。
けれど僕にはジゼルだとはっきり分かっていた。
心がそう感じていた。
「ーーーーっ」
感情の波が押し寄せて固まっていると、僕に気付いたジゼルがゆっくりと振り向いた。
「…………ディラン」
小さな小さな声が、ジゼルの口から発せられた。
僕はジゼルに駆け寄って、そのままの勢いで抱きしめた。
「ジゼル……!!」
ジゼルがゆっくりと僕の背中に腕を回す。
僕は彼女を大事に抱きしめたまま喋った。
「大丈夫? 胸の痛みはどう?」
「まだ痛むけど、なぜだか今は随分マシなの」
僕は少しだけ体を離して、ジゼルの顔を覗き込んだ。
「薬が効いてるんだよ」
「……くすり……」
ジゼルがハッとする。
彼女も〝そっか、その方法があったね〟と驚いているようだった。
僕らと一緒の反応がおかしくて笑みがこぼれる。
同時に涙もこぼれ落ちた。
「……ディラン?」
僕の泣き顔に動揺したジゼルが、自分の服の袖を手首の上まで引っ張り被せて、涙を拭いてくれた。
僕を心配そうに見ている彼女の瞳も、いつの間にか潤んでいる。
僕はそんなジゼルを愛おしげに見つめて笑った。
「今のうちに何か飲む?」
「……うん!」
ニコニコ顔の僕に釣られるように、ジゼルが柔らかく笑った。
ーー彼女はこうして一命を取り留めた。
薬が効いている間は、何か飲んだり簡単なものを食べたり出来た。
良かった。
このまま蒼い月の日を迎えられそうで。
薬が効くんだから、僕の蒼願の魔法で治せるはず。
……絶対に治してみせる。
僕は偶然が積み重なった幸運に感謝しながら、決意を固めた。
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今までで1番待ち遠しかった蒼い月の夜。
僕は自室の床に片膝をついてしゃがみ込み、あらかじめ描いておいた魔法陣を確認していた。
1階まで弱ったジゼルを運ぶのではなく、ベッドの近くで魔法をかけてあげようと、わざわざ新しく書いたのだった。
よし。
間違っては無いな。
僕は立ち上がると、ベッドに横たわるジゼルを抱きかかえた。
目を閉じて静かに待っていた彼女が、瞼を押し上げて僕を見る。
それからチラリと窓に目を向けると、蒼い月明かりに向かって嬉しそうな笑みを浮かべた。
「立てる?」
僕はジゼルの足側の手を離して、床にそっと下ろした。
肩を抱きしめている手はそのままにして、彼女を支える。
「うん。大丈夫だよ。ありがとう」
ジゼルは少しよろけながらも、魔法陣の上に立った。
僕はジゼルに向かってニコリと笑うと、支えていた手もゆっくり離して向い合って立った。
窓から斜めに差し込む蒼い月明かりが、ジゼルの足元と魔法陣を照らす。
すると彼女は胸の前で両手を組み合わせて握った。
祈りのポーズをとり、目をゆっくりと閉じる。
僕は、細くなったジゼルの顔を見つめた。
顔色は少し戻ってきたけれど、再会した時に比べてやつれてしまった。
痛みは続いているようで、動き続けると辛そうにする。
薬が切れると胸の痛みがぶり返し、そんな時は決まって目をギュッと閉じて丸まり、必死に耐えていた。
ーー今、治してあげるからね。
僕は静かにジゼルに告げた。
「……じゃあ、魔法をかけるよ」




