97:繋がり
「今日はどうしたの?」
僕は訪ねてきた友人のクライヴを、談話スペースのソファに通した。
空のカップと何も乗っていないお皿をローテーブルに並べ、そのまま彼の向かいのソファに座る。
クライヴが来た時はいつもする対応だった。
ルークとホリーも同席していいかと僕が尋ねると、クライヴはあっさりとうなずいてくれた。
それから空いていた1人掛けのソファを少し動かし、ホリーとルークが僕たちの横に並んで座れるようにした。
2人は僕とクライヴに気を遣うように控えめに輪に加わる。
続いて4人で軽く自己紹介を交わすと、ようやく場が和らいだ。
クライヴがおもむろに空の食器に手をかざし、呪文をサラリと唱える。
するとカップに紅茶が注がれ、皿には香りも見た目も異なる小さな焼き菓子が、センス良く彩りを添えていた。
魔法の出来に満足したように目を細めると、クライヴは手をスッと下ろして話を切り出す。
「ちょっとリックに、ある魔法をかけてもらいたくて……」
不意に沈んだ声に驚いて顔を見れば、彼はどこか疲れた表情をしていた。
けれど次には、机の上を手のひらで指して「召し上がれ」といつもの調子で明るく言う。
同席しているルークとホリーが目を丸めた。
「すごっ! 魔法で食べ物が出てきた!?」
「うわぁ! 美味しそう! これとか食べたことないやつ!」
2人揃ってニコニコしながら「いただきまーす」と言うなり、遠慮なく食べ始めた。
クライヴがそれを、柔らかく笑いながら見ている。
美味しい物を、人に振る舞うことが好きなのだ。
彼は変わった人で、扱う魔法も変わっていた。
自分が食べることも大好きなため、それが高じて1度食べた物を再現できる魔法を、なんと編み出したのだ。
けれど魔法系の学校には進んでおらず、魔術師の肩書きも持ってない。
たまにいる、特定の魔法だけ妙に天才的なタイプだった。
前に魔法の仕組みを聞いたことがあるけれど、小難しい説明を長々とされて、僕には理解出来なかった。
美味しそうに木苺のフィナンシェを頬張るルークが、初めて魔法を見た在りし日の僕のように、クライヴに聞いた。
…………聞いてしまった。
「食べ物を出す魔法なんて初めて見た! どうやってするんだ?」
「……これはね」
紅茶を飲んでいたクライヴが、ニッコリ笑ってカップとソーサーを机に置いた。
「まず食材を構成する要素を、頭の中で大きな分類4つに分けるんだーー」
クライヴが長々と説明し始めた。
ルークが引きつった笑みを浮かべた。
目を白黒させている様子から、最初の時点でもうついていけていないのが分かる。
ホリーは小さな丸い焼き菓子をパクパク食べながら、僕をじっと見た。
その目線が全力で訴えてきた。
〝なっが! 説明なっが!! しかも難しくてわけ分かんない!!〟と……
僕は苦笑を返しておいた。
「で、次に調理方法をーー」
まだまだ説明が続く雰囲気に、ルークが慌てて悲鳴をあげた。
「ごめん! もう何となく分かったから……そしてこれ以上は……分からない?」
混乱したままのルークが正直に謝った。
僕も助け舟を出す。
「クライヴが言ってることを全て理解出来たら、僕たちも食べ物が出せるんだろうけどね。難解すぎて、クライヴにしか出来ない魔法だから……」
そこにホリーも続いた。
「このお菓子と紅茶、美味しい〜」
……マイペースな彼女は、1人舌鼓を打っているだけだった。
「うーん……論文でも書いてみようかな」
伝える難しさを感じたクライヴは、腕組みをして考え込んだ。
僕も紅茶を一口味わってから、仕切り直してクライヴに聞いた。
「それで、僕にかけて欲しい魔法って?」
「そうそう、防御魔法をかけて欲しいんだ」
「防御魔法? まぁいいけど……また狙われてるの?」
「ん? あぁ、違うよ。フフッ」
クライヴが思い出し笑いをする。
僕らの出会いは、追われていたクライヴをこのお店で匿ったことから始まった。
みんなが寝静まる夜更けのこと。
クライヴは魔法で食事を振る舞った貴婦人に気に入られ、拉致されそうになっていた。
仕事帰りに道を歩いていると、路地裏に停めてあった馬車の中に、いきなり押し込まれたのだ。
それを間一髪で逃げ出し、たまたま開いていた僕の店に転がり込んできた。
……クライヴは、絶対やばい世界に片足突っ込んでいる人だ。
そんな言動をたまに匂わせるし。
僕は思わず怪訝な目でクライヴを見た。
それに気付いた彼が苦笑して答える。
「最近、一緒に住む人が出来て……ケンカしてさ、毎日魔法をかけられるんだよ」
クライヴが肩をすくめる。
そこにホリーが口を挟んだ。
「……何の?」
「睡眠魔法かな」
クライヴの返事に僕は思わず聞いてしまった。
「……よく寝てるのに、そんなに疲れているの?」
「まぁね。いろいろあるんだよ」
クライヴが目線を横に逸らしてフッと笑う。
「…………」
僕はジト目を向けたまま押し黙った。
それは、すごく嫌がられてるんじゃ……
クライヴが僕に視線を戻すと、何かに気付いて尋ねてきた。
「そういうリックこそ疲れてるね。どうした?」
「…………僕も一緒に住んでいる人がいるんだけど、悪い魔法にかかって寝込んでいるんだ」
僕はうつむきながら答えた。
自然とテーブルの上の紅茶が目に映る。
その色が、今のジゼルの髪色に似ていた。
「悪い魔法?」
いつもより元気のない僕を、クライヴが心配そうに見つめる。
「うん……胸が痛むんだ。息苦しくて、喋るのもままならない」
ジゼルから直接聞いたわけではない。
でも自分がそうだったから、なんとなく察せた。
クライヴがうーんと考え込む。
「心臓かぁ……麻痺の魔法はかけられない場所だね。痛みを感じにくくするんだけど……」
「麻痺の魔法?」
「うん。最近上手く使えるようになったから」
今度はルークが口を挟んだ。
「?? 何に使ってるんだ?」
「…………いろいろあるんだよ」
クライヴがルークに向かって、哀愁を帯びた笑みを浮かべた。
ルークがきょとんとして動かなくなる。
「…………」
僕はまたジト目を向けた。
……絶対ヤバいことに使ってるよね。
深入りしないでおこう。
僕がフイッと目を逸らすと、クライヴが何気なしに言った。
「じゃあ、医者に見せればいいんじゃない?」
僕は目を見開き、ゆっくりと彼を見た。
「……医者?」
「だって、魔法じゃ治せないんだろ? それはもう病気ってことだろ?」
クライヴが心底不思議そうに首をかしげた。
僕たち3人は、衝撃を受けてピタリと動きを止めた。
「ーーっそれだ!」
ルークが思わずクライヴを指差して叫ぶ。
「そうね、回復魔法は怪我を治せるけど、病気は治せないもんね。逆に考えると、医療の力なら効くかも!」
ホリーが嬉しそうにはしゃぐ。
医者……
考えてもみなかった。
僕が呆気に取られていると、クライヴが若干引きながら言った。
「え? 根っからの魔術師の思考こわい。なんでも魔法だけで治そうとしないで」
彼はそう言いながら、焼き菓子をフォークで口に放り込んだ。




