92:ジゼルの行方
「ディランの意気地なし!!」
僕との話し合いでとうとう怒ったジゼルが、店を飛び出していってしまった。
「…………」
あとに残された僕は、仕方がないとため息をつく。
本心を告げてしまうと、こうなるだろうなとは予想していた。
ジゼルが1人で外に出たことは、もちろん心配だった。
でも……じきに魔法が切れて猫の姿に戻る。
そのままひらりと塀を渡り、夜の闇へとすぐに溶け込んでしまうだろう。
なにより、僕たちにしては珍しく感情がすれ違った直後だったから、追いかける気力がどうしても湧かなかった。
ーーーーーー
……結局、次の日になっても、ジゼルは帰ってこなかった。
だいぶ怒っていた彼女は、ホリーの所にでも上がり込んでいるのかもしれない。
さすがに愛想を尽かされたのかもね、と自嘲していると、そのホリーが僕を訪ねてきた。
「ジゼル? 補助魔法をかけてから来てないけど?」
お店の談話スペースのソファに座り、僕が振る舞った紅茶を飲みながらホリーが答えた。
僕もその向かいに腰を下ろし、紅茶のカップを手に取る。
「そう……なんだ……」
じゃあどこにいったんだろうと、動揺した僕の心臓が跳ねる。
そんな僕の様子を見て、ホリーが訝しんだ眼差しを向ける。
「え? ジゼルがまた行方不明なの?」
「……そうと決まったわけじゃないけど。昨日、話し合いの途中でジゼルを怒らせちゃって……飛び出して行ったまま、帰ってきてないんだ」
僕は視線を泳がせながら答えた。
ますますホリーが眉をひそめる。
「え? 飛び出していったのに追いかけなかったの?? しかも、まだ人にしてないの??」
「…………」
「昨日ジゼルに事情を聞いて、心配になって来てみたらこれだよー」
「…………」
「はぁー。探しにいこっか。その前にさぁー」
ホリーが大きなため息を、嫌味ったらしくはいた。
そしてカップとソーサーをテーブルの上に戻すと、キッと睨むように僕を見る。
「ちゃんと人に戻してあげて、幸せにしてあげなよ。前に言ってたよね。ジゼルを人にしたのは自分だから、絶対に幸せにするって」
「……そうだけど、事情が変わったんだ。僕が目立ち過ぎたせいで敵も増えた。その悪意が、ジゼルにまで向いてしまうから……」
「だからって猫にしておくの?? うーん……ディランの気持ちも分からなくは無いけど……過保護だねー」
ホリーが腕を組んで考え込んでから言った。
「どんな時でも守るしかないんじゃない?」
「…………守れるほど強くないから」
僕は弱々しく答えた。
「え? 守りたいから、いつもあんなに、強くなろうとしてるんじゃないの?」
「え?」
「え??」
話が噛み合わずに、僕とホリーがきょとんとしている時だった。
目の前が突然光ったかと思うと、ゴールドに輝く文字が宙に現れた。
まるで見えないペンで空中に書かれているかのように、黄金の文字がひとつずつ浮かんでくる。
僕はそれを読みながら目で追った。
「……伝達魔法?」
ホリーがそう呟くと、僕の隣に座り直した。
こちら側に座らないと、文字が反転して読みにくいからだ。
「そのようだね……ダレンからだ。何だろう?」
僕とホリーは静かに読み進めた。
けれど途中で彼女が驚いたように声をあげる。
「ジゼルが!?」
「…………」
僕も眉をひそませながら、続きを読んだ。
ジゼルは昨日飛び出したあと、ダレンに捕まっていた。
ダレンの手紙には、白猫のジゼルを預かっているから、今夜、大聖堂の前にある広場まで受け取りに来いと書かれていた。
自分に勝てたら返してやるとも……
…………
僕の瞳に、黄金の文字が映る。
じっと見つめていると、やがて光が弱まり、文字は静かに消えていった。
一緒にそれを見届けたホリーが、僕に振り向き聞いてくる。
「魔法勝負かな?」
「……おそらくね」
「だったら勝てるんじゃない? ディランの魔法の方が強いでしょ?」
「ホウキのスピード対決の時に、それはダレンも分かってる。だから、そう簡単にはいかないと思う……」
「うーん……でも勝つしかないよね? ジゼルがかかってるんだし」
「…………」
「え? そこ無言? やめてよー」
ホリーが背もたれにのけ反るように、天井を仰いだ。
僕は苦笑して答える。
「同じ蒼刻の魔術師だから、極力争いたくないんだけどね」
するとホリーが「あっ」と何かに気付き、僕を見た。
「私、思ったんだけど……」
眉をひそめた彼女は、言葉を選ぶように一拍置いた。
「ジゼルが猫の姿でも結局さらわれてるよね」
「…………」
「もう人でも猫でも一緒じゃ〜ん!」
そう言い放ったホリーに、背中をバシバシ叩かれる。
「いたた……けど、ダレンのところにいてくれて良かった」
「まぁそうだねー」
僕らの間に、ジゼルが見つかってほっとした空気が流れる。
ダレンとは反発し合いながらも、この前の対決でわいわい騒いだ事もあって、ちょっとした友達感覚でいたからだ。
けれど、もうあの頃のダレンじゃなくなっている事を、この時の僕らは知る由もなかった。
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この街に古くからある大聖堂。
その名の通り、見るものを圧倒させるほど大きくて美しく、厳かな聖堂だ。
その聖堂の前は大きな広場になっていた。
月明かりに照らされた広場は、白銀の光を受けて、美しい模様を描くタイルを一つ一つ浮き立たせている。
ここなら魔法を放っても、人に迷惑をかけずに済むんじゃないかな?
…………多分。
だからダレンは、ここを選んだのかも?
そんなことを考えながら、僕は広場の中央に立っていた。
少し後方には、応援に来てくれたらしいホリーと……
「俺もホリーに呼ばれて来てやったぜ!」
ルークがニッと笑って立っていた。
「……2人とも、ちょっと楽しんでるでしょ?」
僕はジトッとふたりを交互に見た。
「だって〜、ジゼルをかけたディランとダレンの戦いなんて、熱いじゃん」
ホリーがニヘラと笑う。
「ディランが負けたら、次は俺が戦ってジゼルちゃんを取り返すからな!」
戦い好きな黒の魔術師らしい発言を、ルークがここぞとばかりに口を挟んできた。
「…………まったく」
僕は苦笑にも似た、ため息をついた。
僕らが適当に談笑していると、2人分の足音が近付いてきた。
音がする方に振り向くと、月明かりの届かない路地裏からダレンが歩いてくるのが見えた。
誰かの手を引きながら。
彼らが広場まで出ると、月明かりに照らされて、ようやくその姿が露わになった。
ダレンの後ろの小柄な女性は、灰色のローブをまといフードを深く被っていた。
ダークブラウンの髪の毛が、肩の前に垂れており、歩くリズムに合わせてフワフワ揺れる。
…………
何故だか胸騒ぎがする。
僕はその女性から、目が離せなくなってしまった。
ダレンが距離を取って僕の向かいに立つと、手を引いて女性を自分の隣に引き寄せた。
彼女は覚束ない足取りで彼に従う。
そして位置につくと、ダレンは彼女から手を離した。
「待たせたな。さぁ、始めようか」
彼が得意げにニヤリと笑った。




