84:1度あることは2度ある?
深い眠りについていた僕は、ふと肌寒く感じて目を覚ました。
辺りはもう明るくなっており、窓からのぞく太陽が僕を照らす。
その眩しさに開く気力の無くなった目をそのままにして、いつものブランケットを手探りで探した。
すると手が暖かくて柔らかいものに当たり、隣でジゼルが眠っていることに気付いた。
「…………」
目を閉じたままの僕は、彼女を抱き込みながらブランケットを被りなおすと、また眠りについた。
今日もまだ、やけに体が重かった。
そんな中、突然リビングの部屋のドアを開け放った人がいた。
「あー、久しぶりの我が家だわ」
僕の母さんだった。
「ディランたちはまだ部屋で寝てるかな?」
父さんの声もした。
「!! ディランとジゼルちゃんがリビングで寝てる!?」
母さんが僕らを見つけて驚いていた。
その騒がしい声でジゼルが目を覚ます。
彼女は僕の腕の中から抜け出し、目を閉じたまま体を起こした。
「ふわぁぁ。ディランのパパとママ、おはようございますぅ」
ジゼルがふにゃりと笑う。
けれど次の瞬間、ハッと目を開けてしっかり目覚めると、みるみる顔を赤くした。
彼女は僕を起こさないように、そろりとブランケットから抜け出すと、父さんと母さんの前に立った。
「見苦しい所をすみません。あの……ディランがすごく疲れてお店で寝ちゃったんで……私一人じゃ上に運べなくて……」
しどろもどろなジゼルに母さんが相槌を打つ。
「それで、枕やブランケットの寝具をリビングに持ってきたのね」
「……はい」
そこに父さんも加わった。
「ジゼルちゃんが面倒見てくれたんだね。ありがとう。……それでディランはどうしてあんなに疲れてるの?」
ちょうどその時、また意識が浮上した僕は二、三度瞬きをした。
横にあったぬくもりが無くなっていることに気付き、腕をついて体を少しだけ起こしキョロキョロする。
驚いているジゼルと目が合うと、僕はほっとしながら、また横になって目を閉じた。
…………あれ?
ジゼルの他にも誰かいたような?
そこでやっと頭がハッキリしてきた僕は、しっかりと体を起こす。
「……父さんと母さん?」
呆れながらも見守っていた2人が、口々に言う。
「おはよう、ディラン」
「ついさっき帰ってきたのよ」
「…………おかえり」
僕は恥ずかしさのあまりボソボソと返事をした。
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蒼願の魔法を2回も使用して疲労困憊な僕は、両親に断りを入れてから引き続き自室で休ませてもらった。
ジゼルが心配していたように、やっぱり体への負担は大きく、僕はこんこんと眠り続けた。
やっと起きられた時にはもう、夕暮れ近くになっていた。
部屋から出て階段を降りると、いい匂いが鼻をくすぐる。
ご飯もろくに食べられていない僕には、なんとも魅力的な匂いだ。
そんな事を思いながらダイニングを通りかかると、ちょうどエプロン姿のジゼルがキッチンから出てきた。
「もう起きて大丈夫?」
「うん。たくさん眠ったから元気になったよ。ありがとう」
僕がニコッと笑うと、ジゼルも笑みを返してくれた。
お腹を空かせた僕はくんくんと匂いを嗅ぐ。
「おいしそうな匂いがする」
「えへへ。今日の夕食はちょっとしたお祝いなんだよ。だからいつもより豪華な料理を、ディランのママと作ってるの」
ジゼルが両手を握ってふんすと意気込んだ。
どうやら手の込んだ料理を、作ってくれているらしい。
「……何のお祝い?」
僕が首をかしげていると、母さんが通りかかった。
「ジゼルちゃんの〝蒼刻の花嫁〟の証をもらったお祝いよ」
母さんがジゼルと視線を合わせてフフッと笑ってから、キッチンへ去って行った。
「…………」
僕は頬を赤くして、明後日の方向を向いた。
こんなに大々的にお祝いされるなんて、気恥ずかしい。
そう言えば〝蒼刻の花嫁〟の証を貰うように手筈を整えたのは、母さんたちだったな。
あの時は蒼い月にわざわざ行ってーー
「あ、そう言えばメアルフェザー様について、父さんにいろいろ聞きたいんだった」
僕は独り言を呟いた。
「??」
よく聞こえなかったジゼルが、僕を不思議そうに見ている。
「……その前に、お湯を浴びてくるね」
「うん、分かったよ。上がったら夕食になるだろうから、楽しみにしててね」
僕は返事の代わりに、嬉しそうにしているジゼルの頭を優しく撫でた。
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「で、蒼願の魔法を2回かけたんだって?」
夕食の時間。
4人で乾杯をして食事を始めたころ、向かいに座る父さんが、ふいに僕に話を振ってきた。
父さんのメガネの奥にある優しい瞳が、さすがに驚いて丸くなっている。
「そうなんだ。実はーー」
僕はこれまでのいきさつを話した。
タナエル王子の結婚パレードで目立ってしまったこと。
蒼願の魔法を知った人に悪用されたこと。
どうしても依頼者を助けたかったこと……
聞き終わった母さんが、父さんの隣で口をあんぐりさせて固まる。
けれど父さんは、いつものように柔らかく笑ってくれた。
「日に2回も蒼願の魔法を使っただなんて、聞いたことないけど……ディランの能力はそこまで高くなったんだね」
多少の心配を含んだ眼差しで、父さんが僕を見る。
僕はパイ包みをナイフで切り分けて、口へ運んだ。
「うん。父さんは、メアルフェザー様の所の湖にいる女性を知ってる? あの人に思いを託されてから、能力が高くなったんだよ」
パイをもぐもぐと口の中で味わうと、こくんと飲み込んでから続けた。
「蒼の魔法陣の外側に、元始の魔法陣が現れるようになったのも、それからだし」
「「…………」」
父さんと母さんが食事の手を止めて、互いに顔を見合わせた。
「母さん、分かるかい?」
「さぁ。私はメアルフェザー様にしか会ってないから……」
両親がボソボソと相談し合う。
そのすきに、僕は隣のジゼルに喋りかけた。
「このパイ包み美味しいね。特にソースが」
「良かった。頑張って作ったの」
「こっちのお肉の煮込み料理も美味しいよ。ありがとう」
「えへへ。どういたしまして」
ジゼルと僕はニコッとほほ笑み合うと、呑気に食事を進めていた。
話し合いが終わった両親が僕たちに向き直ると、父さんが口を開いた。
「分からないなぁ。父さんも蒼刻の花嫁の試験の時に、1度だけ蒼い月に行ったんだけど……」
それに母さんが続く。
「外で待っててくれた父さんと合流した時に、湖は近くにあったと思うけど……誰も居なかったわ」
「そっか。ありがとう」
僕は眉を下げた笑みで、両親に答えた。
「元始の魔法陣って何なんだい?」
父さんが首をかしげた。
「メアルフェザー様の神殿の床に描かれていた魔法陣。文字が所々違うんだ」
僕がパンをちぎりながら何てことないように言うと、母さんが驚きの声を上げた。
「建物の中に入ったの!?」
「うん。僕がジゼルに会いたい気持ちを向けて、ジゼルに蒼願の魔法をかけたんだ。それで無理矢理……」
父さんが呆れて返って僕を見た。
「……随分、蒼願の魔法を使いこなしてるね……」
「それ、メアルフェザー様にも言われた」
「うーん。ディランはもう立派な一人前の魔術師だねぇ。そろそろいいかな? 実は蒼刻の魔術師について代々伝わる書物があるんだ。それを父さんからディランに引き継ごうと思う」
「え? そんなのあるんだ……」
僕は口に入れようとしたパンを持つ手をピタリと止めた。
伝統なんてあって無いような適当な蒼刻の魔術師が、そんな書物を残しているなんて、想像もしていなかった。




