82:月夜の役者たち
「っなんだと!?」
ジゼルに言い込まれたコンラッドが、凄みながら彼女に詰め寄った。
「わわっ、ちょっと待ってください!」
僕は慌てて2人のあいだに入った。
逆上したコンラッドを宥めながらも、肩越しにジゼルを見る。
「ジゼルありがとう。落ち着いて。僕は大丈夫だから」
「…………ディラン」
まだ何か言いたげなジゼルが、不満そうに口をへの字にさせた。
僕は彼女に感謝の笑みを浮かべると、コンラッドに向き直った。
「……コンラッドさんの言う通り、僕の魔法は呪いにもなります。……もう、かけてしまったものは、どうしようもありません」
言い終わった僕は、力なく項垂れた。
その姿が、少しでも彼を落ち着かせてくれればと思いながら。
「そうだな。君は最後までこの魔法をかけることに反対していた。けれど望んだのはティファニーだ。君は何も悪くない」
コンラッドが冷たく言い切った。
彼は僕に言うふりをして、ティファニーにその言葉を突きつけていた。
ヴィヴィアンがニッコリと艶やかに笑うと、コンラッドにしなだれかかって喋る。
「そうよぉ。コンラッドは悪意に気付かれないように、演技してたから。私たち、これでも一流の役者なのよ。欺くことなんて容易いわ。フフフッーー」
彼女は笑ったまま、コンラッドの方へ視線を向けた。
「行きましょ」
「そうだな」
2人はクスクス笑い合うと、寄り添いながら店を出ていった。
僕は呆然と、静かに閉じた扉の先を見つめていた。
……やられた。
最近、蒼の魔法の能力が上がってきたから、自惚れていた。
コンラッドの思いには『ティファニーを舞台から下ろしたい』という悪意のカケラがあった。
それを彼も分かっていて、一人占めしたい執着心だと最初に伝えて来たんだ。
僕は見事に……信じ込んでしまった。
「…………うぅぅ…………」
店内には、ティファニーのすすり泣く声がいつまでも響いていた。
僕はそんな彼女に改めて目を向けた。
…………
人気女優の彼女に向けられた、小さな沢山の思い。
これもコンラッドの思いを読み取る時に、影響したのかもしれない。
上手く他の思いに紛れ込んで、同調しているように見せかけられた。
だってティファニーには、こんなにも暖かい思いが向けられているからーー
「……ティファニーさん」
僕はうずくまる彼女のそばにしゃがみ込んだ。
泣きじゃくっている彼女の肩に、優しく手をのせる。
するとティファニーは、ゆっくりと顔を上げて僕を見た。
「…………」
「今から僕が言う提案は、上手くいくか分かりません。けれど、試してみる価値はあると思います」
僕は穏やかにほほ笑んでみせた。
「……?」
ティファニーが不思議そうな表情を浮かべる。
「あなたには、ファンの方からの沢山の思いが向けられています。それは、女優ティファニーが『幸せになって欲しい』という純粋な願いです。一つ一つは小さな思いですが、それをかき集めると、大きな願いになります」
「……その願いを、魔法で叶えるの?」
「…………はい」
僕は大きく頷いた。
途端に背後から叫び声が上がる。
「ディラン!? 1日に2回の蒼願の魔法は、相当の負担になるんじゃ……」
僕を心配したジゼルの声だった。
ジゼルも僕の隣にしゃがみ込むと、顔を覗き込んできた。
そんな彼女と視線を合わせて、僕は静かに告げる。
「大丈夫。何とかなるよ。それに今日かけないとファンの気持ちが移ろって、魔法に出来るほどの思いじゃなくなるかもしれない」
「…………それは分かるけど、ディランがっ」
ジゼルが眉をひそめて、泣きそうな顔をした。
僕はそんな彼女の頭を撫でると、ティファニーを見た。
「ティファニーさん、今から僕がかける魔法は『幸せになって欲しい』という具体性のないものです。正直、どうなるか分かりません。ただファンからの温かな気持ちは、きっと今より幸せに導いてくれるはずです」
僕は強く言い切った。
成功する保証なんてどこにもない。
初めての試みだし、ジゼルの言うように2回目の蒼願の魔法だ。
けれど、彼女をこのままにしておくわけにはいかない。
ティファニーはしばらく決めきれずにいた。
視線を落ち着きなく巡らせて、不安な表情を浮かべている。
けれど目を閉じて深呼吸すると、しっかりと僕を見つめて喉を震わせた。
「……お願いします」
「分かりました。じゃあ、立ってくれますか?」
僕はティファニーの腕を優しく支えて、立つのを手伝った。
彼女はよろよろと立ち上がると、両手を重ねて胸に当てた。
そして祈りを捧げるかのように、目を閉じて下を向く。
僕はその様子を見届けてから、彼女の前に姿勢を正して立った。
少し納得のいかない表情のジゼルも、僕の横に並んで片手を差し出す。
「……私の魔力も使って」
「ありがとう」
僕はジゼルの手の上に自分の手を重ね、優しく握りしめた。




