79:好奇心と恐怖心
ある日の天気の良い昼下がり。
僕とジゼルは連れ立ってマルシェに来ていた。
いつものように、食材を買いに来たのだけど……僕らは行く先々で、周りの人からまじまじと見られていた。
僕たちに気付くとあからさまに避けて行く人や、遠くでヒソヒソ話をしている人もいる。
何故こんなことになったかと言うと、タナエル王子の結婚式パレードで目立ってしまったからだ。
僕とジゼルは、王子の馬車のすぐ後ろをついて市街を巡ったせいで〝誰あれ?〟と、多くの人に顔を覚えられた。
そのあとの火薬入り花束事件では、僕たちが魔法で王太子夫妻や市民を守る様子が、しっかりと人々の目に焼き付いた。
それらが繋がって〝あのとき目立っていた二人は、王太子専属の魔術師なんだ〟と、噂が広がったのだ。
ジゼルが果物屋の前で品定めしながら、ポツリと呟く。
「目立っちゃったから、みんなにジロジロ見られるね……あ、これを2つ、いただけますか?」
ジゼルの声に、奥で背を向けて作業していた店主がゆっくりと振り返った。
「はいよ! ってジゼルちゃん!?」
「こんにちは〜」
「君たちすごい魔術師さんだったんだねぇ。しかも子供を守ったんだって? すごいな〜」
人の良い店主が、ニコニコしながら果物を紙袋に包むと「はい」と差し出した。
「ありがとうございます。でも……なんだか、周りの視線がちょっとだけ怖くって。慣れてないから、よけいに居心地が悪いです」
苦笑を浮かべたジゼルが、それを代金と引き換えに受け取った。
すると店主のおじさんは、朗らかな笑みをふっと消して、ゆっくりと口を開いた。
「……ディランくん、ジゼルちゃん。おじさんは君たちのことをよく知ってるから、悪い噂だって分かってるけど……」
「「……悪い噂?」」
僕とジゼルは思わず顔を見合わせた。
それから前を向くと、おじさんが慎重に頷いてから続けた。
「君たちがあまりにも活躍したから〝人の考えていることが分かる〟っていう話が広まっているんだ。けれど、気にしないことだよ」
優しいおじさんが、気まずそうに目尻を下げる。
「「…………」」
僕とジゼルは言葉を失った。
ただあの視線の理由を知って、妙に納得していた。
ーーーーーー
買い物を一通り済ませた僕たちは、広場の端にあるベンチに座っていた。
広場の中央では、子供たちが元気に駆け回って遊んでいる。
僕らはその光景を見つめながら、気が抜けたように揃ってぼんやりしていた。
ーー悪い噂は、リヒリト王子派が流したものだった。
火薬入り花束によるタナエル王子襲撃計画は、上手くいかなかっただけでなく、利用された子供の命を僕らが救ったものだから、国民の評価をグンと上げる結果になった。
その腹いせに、王太子専属の魔術師に対しての悪い話を流布したのだ。
子供を直接救ったのは僕だから、そこに対して印象を下げたい思惑もあるのかもしれない。
どちらにせよ、僕にとっては踏んだり蹴ったりな話だった。
僕は嫌な気持ちを追い出すように、深く息をはいた。
「……まぁ、蒼刻の魔術師は〝人の強い思い〟を読み取れるから、間違った噂じゃないんだけどね。ジゼルまで巻き込んでるのは、たちが悪いけど」
「ジゼル・フォグリアさんの時も、目立てば目立つほど、どうしてもやっかみはあったからね……けど、こう言う時って逆に擦り寄ってくる人もいるから、気をつけなきゃだね」
彼女が柔らかく苦笑した。
そうやって僕らが、何とか悪い噂の衝撃から回復している時だった。
「あ、蒼刻の魔術師がいる! お前、タナエル様の専属だなんて、すごいやつだったんだな!」
たまたま広場を通りかかった男性から、いきなり声をかけられた。
「…………」
僕はその男性の顔を見ながら、愛想笑いを浮かべた。
……誰?
思い出そうと頑張っているうちに、男性が目の前に立った。
彼の背後には、従者らしき人物が控えている。
その様子や身なりからして、どう見ても貴族だ。
僕とジゼルはすぐに立ち上がり、無難な挨拶を交わした。
「お久しぶりです」
「……あの時は迷惑をかけたな。すまなかった。あれから俺も色々あって、今ではこの緑色の瞳が大いに気に入っているぞ!」
彼は腰に手を当てて、ふんぞり返った。
その発言で僕は思い出した。
当時の恋人のために、蒼願の魔法で瞳の色を緑に変えた人だ。
名前は……確かグレッグ!
恋人と別れてしまったから、緑色の瞳が嫌になって元に戻してくれと騒いでいたのに……
僕は思わず聞いてしまった。
「どういった心境の変化があったんですか?」
「フフフッ。よくぞ聞いてくれた。今、大人気の舞台女優ティファニーを知っているか?」
グレッグが嬉しそうにニヤッと笑った。
「……そう言った話に疎くて……」
「なんだ、知らないのか。ほら、あそこのポスターの女性だ」
グレッグが広場の奥の壁を指差したので、僕もそちらに目を向けた。
そこにはポスターがズラリと貼られており、ひときわ目をひく1枚があった。
街でいちばん大きなメトロス劇場の演目を告げるもので、美しい女性の横顔が描かれている。
清楚で透明感をまとう彼女が、ティファニーなのだろう。
僕がポスターを見ていると、グレッグもそれを満足そうに眺めて言った。
「ティファニーも……緑色の瞳なんだ」
「!?」
僕は思わず目を見開いて彼を凝視した。
〝それだけ?〟という言葉を飲み込みながら。
「ほ、本当ですね」
代わりに当たりさわりのない返事をする。
「だろう? じゃあ、そう言うことだから。また何かあったら相談させてもらうよ。あ、王子にもよろしく!」
グレッグは爽やかに去って行った。
従者が僕らにペコリと頭を下げて、慌てて彼について行く。
「…………」
僕は軽く一礼をして顔を上げた。
けれどあまりの展開に心がついていかず、しばらく動けなかった。
そんな僕の袖を、ジゼルがちょんちょんと引っ張る。
ゆっくり振り向くと、眉を思いっきり下げた彼女と目が合った。
「ティファニーさんの大ファンだから、同じ瞳の色で嬉しいってこと?」
「……そうだと思うよ」
「蒼願の魔法で幸せになってるから、とりあえず良かったのかな?」
「うーん……まぁ、そういうことにしとこうか」
僕らは困り顔で首をかしげ合った。
でも、後味が悪かったお客様のその後が知れて、ちょっと嬉しかった。
じんわりと胸が暖かくなる。
僕の魔法が、呪いとして残っているわけじゃなかったから。
僕は心配そうに見つめるジゼルの青い瞳に向けて、柔らかくほほ笑んだ。
彼女も僕の様子に、安堵の笑みを浮かべる。
有名になったことで、魔術師だけでなく普通の人からも敬遠されるようになった。
冷たい視線にまで晒されて、正直応えていたけれど……僕の魔法が、誰かの幸せとしてちゃんと届いていたのだと思えた瞬間だった。




