78:城内の攻防戦
「タナエル兄さん、何か用?」
使用人が開いた扉から、リヒリト王子が室内に入ってきた。
彼は輝くような金髪に、深い紫色の瞳をした、儚げな印象の青年だった。
タナエル王子に負けず劣らず美系であり、ニコニコと笑顔を浮かべる様子からは、穏やかで優しい人にしか見えない。
国王の座なんてこれっぽっちも狙ってない、純真無垢な……ふり?
もっと野心家なタイプを想像してた僕は、困惑しながら彼の様子をじっと観察していた。
「わざわざ来てもらってすまない。今回、私たちを狙った犯人を捕まえたのだが、リヒリトも気付かないうちに、何かされていないか心配してな。見覚えはないか?」
タナエル王子が含んだ笑みを浮かべる。
リヒリト王子は笑顔のままスタスタと優雅に歩き、こちらへと向かってきた。
僕とジゼルは、タナエル王子の前をあけるためにそっと脇に寄ると、そこにリヒリト王子が立つ。
彼は少しだけ縛られた人を眺めると、兄に爽やかな笑みを向けた。
「うーん。ないかな? ご心配ありがとう」
そう告げた直後、リヒリト王子の視線が鋭くこちらに切り替わった。
「君が今回大活躍した魔術師? すごいね。どうやって花束が危ないって分かったの? 花束の奥に火薬があったらしいから、見えていた訳でもないし」
人懐っこい笑みを浮かべて、リヒリト王子がぐいぐい尋ねてくる。
けれどその視線からは、底知れぬ冷たいものを感じた。
思わず鳥肌が立った僕が返事に困っていると、タナエル王子が助け船を出す。
「ディランは蒼刻の魔術師だ。花束を持った子供へ向けた思いを、読み取ったんだろう」
僕が真剣な眼差しでタナエル王子を見ると、彼はゆっくり頷いてみせた。
僕の能力について、この場で特に隠す気はないらしい。
まぁ調べればすぐ分かることだし、そのぐらい分かっていそうだけど。
「ふーん……蒼刻の魔術師は、人から向けられた強い思いを叶えることが出来るんだっけ? それで兄さんは更に勢いづいているんだよね? 王族と魔法は縁遠かったのに」
案の定、僕の能力を知っていたリヒリト王子が、タナエル王子に向かって無邪気に笑いかけた。
「昔から蒼刻の魔術師だけは国王に属している。その中で1番優秀なディランを、次期国王である私が預かっているに過ぎない。習わしに則っているぞ」
タナエル王子もニヤッと笑みを返した。
……案外この兄弟、似たものを感じる。
僕はやや圧倒されながら、笑い合う美形の王子2人を眺めていた。
すると、不意に誰かの強い思いが僕に流れ込んできた。
「…………」
けれどその不可解な思いに、僕は眉をひそめて目線を横に滑らせた。
その先で、僕を静かに見ていたジゼルの視線とぶつかる。
「……ディラン?」
彼女だけが僕の異変を察し、不安そうに覗いていた。
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あれから、王子たちの静かな戦いから解放された僕たちは、タナエル王子が手配してくれた馬車に乗って帰路についていた。
「…………」
隣に座るジゼルが、横からぴたりと僕に抱きついていた。
彼女が腕を回しているせいで、背もたれに深く腰掛けられずにいる。
「……ジゼル? ずっとこうしているの?」
僕は動かない彼女の肩に、そっと手を添えた。
「まだ心配だから……ディランが死んじゃったかと思ったから……」
ジゼルが僕の体に顔をグリグリこすりつける。
「あははっ。イグリスの時と反対だね。僕はもう大丈夫だよ」
僕がそう言っても、彼女は否定しているかのように、顔を左右に振ってグリグリした。
今回はジゼルの心配性が炸裂している。
気持ちは痛いほど分かるから、彼女が落ち着くまで好きなようにグリグリしてもらった。
ジゼルから聞いた話によると、火薬が爆発したあと背中に酷い火傷を負った僕は、血だらけで倒れたらしい。
彼女は大泣きしながら、最上級の回復魔法を僕にかけた。
そして現場が落ち着くまで、防御魔法を張ったままずっとそばにいたそうだ。
心配かけたなぁと感謝と申し訳なさでいっぱいになっていると、突然背中に暖かいものを感じた。
「わっ! 何!?」
「背中の傷、残ってないかなぁって」
いつの間にか、ジゼルがシャツの裾から手を中に入れていた。
そしてペタペタ背中を触っている。
困惑して僕が固まっていると、ジゼルはとうとうローブとシャツを捲り上げ始めた。
「やっぱり見てみないと分からないや」
傷跡確認に夢中な彼女は、いたって真剣だ。
「ジゼル待って! 脱がさないで欲しいんだけど!?」
「わぁ!? っごめんね!!」
ハッと正気に戻ったジゼルが、真っ赤になって僕の服を戻した。
それが終わると、澄ました表情で背筋を伸ばして座り直す。
「「…………」」
しばらく気まずい沈黙が流れた。
けれどまだ頬が赤いジゼルは、気を取り直して僕に喋りかける。
「タナエル王子とリヒリト王子が喋ってる時に、難しい表情を浮かべていたけど……何か思いを読み取ったの??」
「うん。……最近、蒼の魔法の能力が高くなったのか、強すぎる思いはちょっと意識するだけで感じ取ってしまうんだ。勝手に読むのは悪いと思ってるんだけどね……」
僕は前をぼんやりと見つめながら、あの瞬間の光景を思い返していた。
ジゼルは口を挟まず、静かに僕の様子を窺っている。
そんな彼女に振り向くと、僕は思わず切なげに笑った。
「リヒリト王子が、タナエル王子に向けている強い思いを読み取ってしまったんだ……それは『兄を追い抜きたい』という、どこまでも純粋な思いだった……」
「…………」
「それで、あんな血なまぐさい王位継承争いをするんだから、上に立つ人の考えはよく分からないね……」
僕はリヒリト王子の思いに、一切黒い感情が無かったことに驚いていた。
その純粋さがどれほど厄介なものかも、あの時ひしひしと肌で感じた。
ジゼルが眉を寄せて、ためらいがちに喋る。
「たとえリヒリト王子に悪意がなくても、ディランはタナエル王子の味方をするでしょ? それだけの絆が出来てるから……」
「うん。……こういう事とは、無縁でいたかったんだけどね」
「フフッ。ディランがみんなを幸せにしようと頑張っちゃうから、王太子様にも重宝されちゃうね?」
ジゼルが目を閉じるほどニッコリ笑い、首をかしげた。
そして口元に笑みを浮かべたまま続ける。
「さすが私の大好きな蒼刻の魔術師だよね」
「…………ありがとう」
僕はジゼルに釣られてほほ笑んだ。
いつの日も、ジゼルは僕の魔法を幸福をもたらすものだと信じてくれる。
彼女は何度でも僕に勇気をくれる。
貰ってばかりの僕は、あふれる想いだけでもどうにか伝えたかった。
けれど結局うまく言葉にできず、ただ一言だけを口にした。
「僕もジゼルが大好きだよ」
それでもジゼルは、花が綻ぶような眩しい笑みを浮かべ、幸せそうに頬を染めた。




