77:城内の攻防戦
僕が目覚めたことは、どうやらタナエル王子にも伝わっていたようで、セドリックとの話が済んだ頃には呼び出しが届いていた。
ひとまず身支度を整え、部屋に用意されていた魔術師の正装に着替える。
蒼いローブを羽織って扉を開けると、待機していた使用人が、王子のもとへ案内を申し出てくれた。
…………
セドリックの話を聞いたあとだし、嫌な予感がするんだけど……
不安に駆られながらも、使用人の背中を見つめながら歩く。
その途中の廊下で、僕を待っていたのかジゼルが立っていた。
「ディラン! 起きたんだね? 大丈夫? 怪我はちゃんと治ってる??」
彼女がタタタッと駆け寄ってきて、僕の隣に並ぶと一緒に歩き始めた。
ジゼルも魔術師の正装を着ていたけれど、何故か土埃で薄っすら汚れている。
髪も1つに緩く編んでいるのに、ほんの少しだけ崩れていた。
「……ありがとう。ジゼルが回復魔法をかけてくれたんだよね? おかげでどこも痛くないし、綺麗に治ってるよ」
「良かった。まさか花束に火薬を仕掛けてくるなんてね……」
ジゼルが悔しそうに眉をひそめて目を逸らした。
けれど次の瞬間には、ぱぁっと弾ける笑顔を浮かべる。
「でも安心してね! 首謀者たちはみんな捕まえたから!!」
「え?」
ジゼルの言葉に混乱している間に、僕たちはいつのまにか、目的の部屋の前に着いていた。
「ちょっと待って、どういうこと!?」
訳が分からず焦る僕をよそに、使用人がさっさと大きな扉を開ける。
ゆっくりと開いていく扉の奥には……
大勢の人がいた。
「し、失礼しまーす」
上擦った声を発した僕は、こわごわと部屋の中へと足を踏み入れた。
あとから上機嫌なジゼルが続く。
広々とした部屋の正面、並んだ椅子のひとつに、禍々しいオーラを放つ魔王……ではなく、タナエル王子がいた。
足を組み、ひじ掛けに頬杖をついた彼は、目の前の人たちを舐めるようにじっとりと眺めている。
その瞳には強い怒りを滲ませていた。
王子は僕に気が付くと、そのままの視線をジロリと寄越した。
……怖い。
「ディランか。ちょうど良い所に。こちらへ来い」
「……はい」
タナエル王子の横には、同じく椅子に座っているミルシュ姫がいた。
何かをタナエル王子に伝えていたようで、王子側のひじ掛けに両手をつくように身を傾けていた。
彼女もすごく怒っており、冷ややかな目線を目の前の人たちに向けている。
その目の前の人たちは……みんな縄で縛られて、絨毯の上に転がされていた。
ジゼルが言っていた首謀者の人たちだ。
……1日で十数名も?
一人貴族っぽい人もいるし……
僕は彼らを横目に、タナエル王子のもとへ歩みを進めた。
もちろんジゼルも後ろからついてくる。
僕らが王子と姫の前に立つと、待っていたタナエル王子が口を開いた。
「この度のディランの活躍、誠に感謝している。国民たちを巻き込んだ動乱が計画されていたが、見事に阻止してくれた」
タナエル王子がジッと僕を見ながら続けた。
「1番の功績は子供を助けたことだ。その幼い命を守れたことはもちろん、もし助けられなければ、私を非難する絶好の口実になっていたことだろう」
タナエル王子が、捕まっている貴族をチラリと睨んだ。
後ろ手に縛られたまま座る彼から「ヒッ」と声があがる。
「……私とミルシュを、国民たちを、その身を呈して守ってくれて、ありがとう」
タナエル王子が、たまに見せる王子様らしい穏やかな笑みを浮かべた。
ミルシュ姫も僕にニコリと笑いかける。
「ディラン、本当にありがとう」
「…………咄嗟に守れて良かったです」
僕はどこか気恥ずかしくて、控えめに口元をほころばせた。
「そこはもうちょっと威張ればいいものを……」
タナエル王子が呆れて苦笑しながら続ける。
「ディランが助けた子供はすぐに意識が戻ったんだ。彼女は孤児で、言葉巧みに騙されていた。けれど顔をしっかりと覚える賢い子だったから、犯人たちを素早く捕まえることに繋がった」
王子の視線が床の捕らえられた人々へ向かった。
それに続くように、隣にいたジゼルが声を弾ませる。
「私とタナエル王子とミルシュ姫で、大きな組織を壊滅させてきたよ! 今ここにいない下っ端は牢屋に入れてるから!」
彼女が眩しいぐらいのいい笑顔を浮かべた。
セドリックが言ってた、暴れたってこのこと!?
僕が唖然としていると、タナエル王子が静かに続けた。
「それで、その組織と縁のある貴族も炙り出すことが出来た……なぁ、サンドラ侯爵。本当に指示をしたのは侯爵なのか? 他にもっと上の者からの指示は、なかったのか?」
王子がニヤリと笑い、ぞっとするほど悪どい笑みをサンドラ侯爵に向けた。
「っ何度も言うように、私めの指示で行いました!」
侯爵が真っ青な顔で言い切ると、表情を隠すように頭を下げた。
……タナエル王子は、弟のリヒリト王子の存在を仄めかしてるようだ。
サンドラ侯爵の態度から、関与しているのはバレバレだけど。
侯爵のつむじを眺めていた僕は、タナエル王子に目を向けて聞いた。
「今回の件で、魔物は関与していませんでしたか?」
「……していなかったが……」
王子が不思議そうに返事をする。
僕はさっき夢で見た黒髪の彼のことが気になっていた。
魔物の雰囲気をほんの少しだけ感じた青年……
考え込んでいる僕を見て、タナエル王子がニヤッと笑う。
「なるほど、こいつらを魔物だということにして、人間相手では許されないような刑罰を与えたいのだな?」
「!? いえいえ、そういうワケじゃありませんっ!!」
「遠慮しなくて良い。子供をコマにして、私たち王族の命を狙った非道な連中だ。相応の報いは必要だからな。他の奴らへの見せしめにもなる」
タナエル王子が「クククッ」と笑い、犯人たちをねっとりと見つめた。
……怖い。
その時、誰かがこの部屋を訪ねてきた。
扉の外側から声がかけられる。
「タナエル王子、お招きになっていたリヒリト王子が到着されました」
「通せ」
王子が応えると、大きな扉がゆっくりと開き始めた。
「…………」
僕は初めて対面するリヒリト王子に、自然と体に力が入るのを感じた。




