76:結婚式パレードという名の攻防戦
街を巡るパレードは、何事もなく終了した。
肩透かしをくらった僕は、安堵なのか集中しすぎた疲れなのか、自分でも分からない息をつき、馬車を降りた。
そうやって足をつけた場所は、王宮の門の前にある広場の地面だった。
僕はくるりと振り返って、御者の席に座るジゼルに手を伸ばす。
すると彼女は、僕の手を取りひょいと降りてきた。
「何も起きなかったね」
「このまま何も無ければいいね」
僕らは笑い合うと、花を降らせる大仕事のために舞台近くへと向かった。
広場には、この日のために設営された舞台があり、そこでタナエル王子とミルシュ姫が簡単な挨拶をする予定だ。
舞台から少し離れた位置には縄が張られ、そこを最前列として国民たちが詰めかけている。
僕とジゼルは、舞台のすぐ前ーー縄との間にあるスペースの両端にそれぞれ立っていた。
舞台に背を向けるようにして、人々の様子を観察する。
すると向かいに立つジゼルと目が合い、彼女がニコッと笑ってくれた。
王子たちの挨拶が終われば、合図にあわせて、僕たちは左右から花を降らせる手はずだ。
広場には、警護のために王宮の兵が何人も立っている。
パレード中よりは幾分か安心して、僕は舞台に現れた王太子夫妻を見つめた。
そしてタナエル王子の挨拶が始まった。
広場は一斉に静まり返り、国民たちは耳を傾ける。
僕は王子に意識を向けつつ、このまま無事に終わればいいなと願っていた。
やがてタナエル王子の挨拶が終わり、広場が拍手喝采に包まれる。
入れ替わるように、ミルシュ姫が一歩前へ出て挨拶を始めた。
彼女はこの日のために覚えたグランディ国の言葉を、一生懸命使っていた。
事情を知っている僕が、ほほえましく聞いていると、不意にミルシュ姫に向けられた思いを拾ってしまった。
『お姫様に、このお花を受け取って欲しい!』
それは、なんとも可愛らしい思いだった。
熱心に聴き入る聴衆たちに目を向けて、なんとなく思いの主を探す。
すると最前列に、大きな花束を持った7歳ぐらいの女の子が立っていた。
少女はよそ行きの淡いピンクのワンピースに身を包んで、心のなしかそわそわとしている。
……あの子がミルシュ姫に花束を渡したいんだ。
優しいミルシュ姫なら、受け取ってくれるかもしれないな。
なんて思った時だった。
僕が女の子に意識を向けてしまったため、読み取ってしまったのだ。
彼女に向けられた強い強い悪意を。
『早くその火薬を渡せっ!!』
「ーー!!」
ちょうどその時、ミルシュ姫の挨拶が終わった。
拍手の中を、女の子が張られた綱をくぐり抜けて、ミルシュ姫に花束を差し向ける。
ただ純粋なお祝いの気持ちを胸に、少女は顔を綻ばせた。
ミルシュ姫もそれに気付くと、嬉しそうに手を伸ばした。
ーーダメだ!
その花束には火薬が隠されてる!
「〝我の盾となれ!〟」
僕は呪文を叫んで駆け出した。
タナエル王子とミルシュ姫の前に魔法陣が出現し、女の子の行く手を阻む。
向かいからもすぐさま呪文が聞こえた。
「〝防ぎ守れ!〟」
打ち合わ通りにジゼルが魔法をかける。
「〝我の盾となれ!〟」
僕は夢中で、綱の内側にいる国民たちへ防御魔法を張った。
綱のところに黒い魔法陣がそびえ立つ。
これで守られていないのは……
花束の女の子と僕だけ!
気が付けば体が勝手に動いていた。
必死に女の子に手を伸ばし、突き飛ばすように抱きかかえる。
花束だけがその場に残り、ポトリと落ちた。
地面に伏せながら少女を抱え込むと、背後から爆発音が。
爆風にあおられ、強烈な痛みが背中を走ったかと思うとーー
僕の意識がそこで途切れた。
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深い深い……
真っ暗な闇の中。
僕は真っ逆さまにゆっくりと落ちていた。
まるで何かに誘われているかのように、
どこまでも、
どこまでも落ちていく……
ーー見つけた。
遠くで声が聞こえた気がした。
ぼんやりとする意識の中、僕は声の主を探す。
けれど見渡す限りの黒い空間。
何も見えるはずが無かった。
それでも誰かが喋り続ける。
ーーあの女の気配がする……
もういないハズなのに……
人一倍、憎くて……
憎くてたまらない……
「リンネアル」
低い声が耳元ではっきりと聞こえた。
心臓が跳ね上がり、反射的に声の主に目を向ける。
すると暗闇の中にもかかわらず、相手の姿が驚くほど鮮明に見えた。
それは憎悪に顔を歪めた青年だった。
緩く巻いた黒髪が顔にかかり、その隙間から覗く瞳が、僕を鋭く睨みつけている。
「誰!?」
叫びながら飛び起きると、僕は見たことのない豪華な部屋にいた。
ここどこ!?
と驚きながらも、さっき見た夢が妙にリアルで、思わずあの青年をキョロキョロと探す。
けれどいるはずも無く、姿がないと分かるとようやく息を深く吐いた。
フッカフカな、これまた上質なベットから僕は恐る恐る降りた。
自分を見下ろすと、驚くほど滑らかな肌触りの服を着ていることにも気付く。
それから倒れる前の記憶がよみがえり、服の中に手を入れて背中を触ってみた。
けれど背中の肌はなめらかで、どこにも傷はなかった。
…………
ふと窓の外を見ると、王宮の立派な庭園が見えた。
おそらく倒れた僕のために、王宮の一室を当てがってくれているのだろう。
僕は部屋の外に出てみようと扉へ向かった。
するとちょうどその扉が開き、セドリックが顔を覗かせた。
「あ、本当だ。起きてる。大丈夫?」
「うん、何とか…………僕はどうなってたの?」
セドリックは部屋の外にいた衛兵からの知らせを受けて、ここまで来てくれたらしい。
僕らは部屋の中のソファに向かい合って座り、彼から状況を教えてもらった。
「騒ぎのあとに詳しく調べて分かったんだけど、あの花束には火薬が仕込まれていたよ。遠くで見張っていた魔術師が、魔法で導火線に火をつけたようだ。それをディランは察したんだね?」
「大勢の人が巻き込まれるのに、そんな酷いことを……」
僕は同じ魔術師として許せなかった。
遠くから狙って火をつけるという高度な魔法が使えるのに、それを悪用するなんて……
憤る僕を、セドリックが優しく見つめて続ける。
「お陰で怪我人はいなかったよ。ディランを除いてはね」
「……良かった。女の子は無事だったんだね」
「すごいな。自分よりも女の子の心配をするなんて」
「だって僕の怪我が見当たらないってことは……ジゼルが回復魔法をかけてくれたんでしょ?」
僕は苦笑しながら首をかしげた。
「そうだけど……もしかして、爆発のあとに意識があったのか?」
「爆発の音を聞いたまでしか覚えてないけど、前にもこんなことがあったから、そうかなって」
僕は黒の魔術師の総本山『グランアラド聖堂』で、ライアンと戦った時の事を思い出していた。
あのとき倒れた僕を見て、最上級の回復魔法を思わず発動させたジゼルのことを。
それと共に、彼女に心配をかけてしまったことに心を痛める。
そう言えば、ジゼルはどこだろう?
家に帰っているのかな?
僕がぼんやり考えていると、セドリックが静かに話し始めた。
「怪我は治ったけど、ディランは昨日から眠り続けていて…………」
突然歯切れが悪くなったセドリックに、僕は首をかしげながら続きを待った。
「その間に……」
「…………」
「大暴れしたんだ。王子とミルシュ姫、それにジゼルちゃんが」
「え??」
セドリックは、どこか疲れ切ったような顔でため息をついた。
あんな表情をするなんて、よっぽど振り回されたに違いない。
だから思わず聞いてしまった。
「……まだ寝てた方がいい感じ?」
「もう終わったから……大丈夫」
…………
詳しい話は聞いていないのに、僕もすでに気が滅入ってしまった。




