75:結婚式パレードという名の攻防戦
ついに、タナエル王子の結婚式当日が訪れた。
早朝から王宮に呼び出されていた僕とジゼルは、眠い目を擦りながらも、馬車に揺られていた。
ふと窓の外を見ると白んでいく空が目に映り、晴れそうでよかったと、自然と口元が綻ぶ。
僕らが到着すると、支度のためにあてがわれた使用人が出迎えてくれた。
言われるがままに立派な廊下をついていくと、城内の浮ついた空気を感じた。
今日は喜ばしいこの国の王太子様の結婚式だ。
みんなどことなく嬉しそうに、城を駆け回っている。
式の準備も大詰めで忙しない中、あっという間に僕は一人別室に通され、着替えさせられ、髪もセットされた。
めちゃくちゃ上質なシャツとズボンを着用し、蒼色にゴールドの刺繍模様が入ったこれまた上等なフロックコートを羽織る。
初めてこんなに畏まった装いをした僕はカチコチになりながらも、タナエル王子の控室へと向かった。
「タナエル王子。蒼刻の魔術師の準備が整いました」
部屋まで案内してくれた使用人が、王子に声をかける。
開けてもらった扉をくぐると、そこには白い正装姿の麗しい王子様がいた。
いつも通り無表情の。
それでも今日はいつに増して、キラキラと眩しい……
僕は思わず目を細めながら喋った。
「本日はお日柄もよく……」
すると眉間にしわを寄せたタナエル王子が、すぐさま制止する。
「そんな口上は良い。忙しいから手短に説明するぞ」
「タナエル王子、失礼します」
ちょうどそのとき別の使用人に連れられて、準備を終えたジゼルがやってきた。
彼女も蒼色にゴールドの刺繍が入った豪華なドレスを着ており、白いフワフワの髪も綺麗に結い上げてもらっていた。
見違えるほど美しい姿になったジゼルは、僕に気付くと、はにかみながら笑いかけた。
ついポーッと見惚れていると、タナエル王子の呆れた目線が突き刺さる。
ギクリとした僕は、すぐさま表情を引き締めて王子の説明を待った。
「……いいか、私専属の蒼刻の魔術師たち。今日は護衛をお願いすると言っていただろ? 実は第二王子リヒリト派のやつらが、この式中に何か仕掛けてきそうなんだ」
「……え?」
予想もしなかった事の重大さに、僕はぽかんと口を開ける。
眉間のしわを更に深めたタナエル王子が、そんな僕を真っ直ぐ見てきた。
「特にディラン。得意の蒼の魔法で、常に私に意識を向けていろ」
その発言に僕ではなく、何故かジゼルが慌てふためいた。
「タナエル王子から、また大胆発言!?」
「ジゼル……ややこしくしないで」
僕は興奮するジゼルを優しく嗜めた。
そんな僕たちにお構いなしに、タナエル王子が指示を続ける。
「私に何か危害を加えようと相手が思うと、それが〝強い思い〟となって私に向かうことだろう。ディランはその瞬間を感知するんだ」
「えぇ!?」
僕は目を丸めた。
蒼刻の魔術師をまた探知機扱いしている。
驚きを通り越して、すごい人だと尊敬してしまった。
「護衛役の見せかけとして、花を降らせる係に任命したんだ。私の近くにいるように。式は王族だけで行う古くからのしきたりで、神聖な礼拝堂の中に限られた者しか入れない。そのため、警護は王宮の兵で十分だと判断した。ディランたちの出番は国民たちへのお披露目……つまりパレードの時だ」
「…………はい。かしこまりました」
あまりの展開にたじろいで、声が引っ込んだ。
タナエル王子は眉間を押さえ、大きく息をはく。
その様子から、隠しきれない疲れが滲んでいるのが見て取れた。
……王太子にもなると、自分の結婚式ですら気を抜けないんだ。
命を狙われる危険を背負って、式に挑まなきゃいけないなんて。
僕は胸が痛んだ。
イグリスとの最終戦後に、爽やかに笑う彼の素顔を見てしまったから余計にだ。
「……タナエル王子」
「なんだ?」
「ご結婚おめでとうございます。不安でしょうが、僕が守りますので結婚式を楽しんで下さい」
「……言うじゃないか。じゃあ任せたぞ」
タナエル王子がフッと笑った。
ちょっとでも彼の気持ちを軽く出来ればと、僕も笑い返す。
その時、ジゼルがためらいながら口を挟んだ。
「あの……何か仕掛けてくるって具体的には何ですか? 魔法ですか? 物理的な攻撃ですか?」
「分からない」
タナエル王子がジゼルをジッと見て続けた。
「こちらが知っているのは、私の式に向けて水面下で怪しい動きをしていることだけだ。結局、何もしてこない可能性もある」
「……だから、大々的に警護も出来ないのですか?」
「そうだ。守りを固めて式を行い何も無かった場合、今度は腰抜けだと中傷される材料になるだろう」
「…………」
ジゼルは任務の難しさを改めて感じ取り、黙り込んだ。
「けれど、ディランが守ると豪語したから安心しているぞ。では、よろしくたのむ」
式の段取りへと向かうために踵を返したタナエル王子が、純白のマントをひるがえして去っていった。
ーーーーーー
王族だけで行われる厳かな結婚式が、予定通り始まった。
僕とジゼルは控室で待機することになっており、応接室のような部屋に通された。
さっそく向かい合うようにソファに座ると、僕らは急いで作戦会議を始めた。
「まず、タナエル王子たちが馬車で街を回る時、僕たちは後ろの馬車に乗ることになる。近くにいれないから、もうこの時は王子の馬車に防御魔法をかけてしまおう」
「……魔法の防御? 物理攻撃の防御?」
ジゼルが神妙な顔をして首をかしげた。
「馬車には両方。問題は窓かな。おそらく国民たちに手を振ったりして顔を出すだろうから……でも常に魔法を張ってたら、宙に浮かぶ魔法陣で王子たちの顔が見えなくなる。それじゃ困るよね……」
「気付いた時に防ぐしかないんじゃない? ディランが先に気付くと思うから、物理攻撃の防御魔法をかけてくれる? それに合わせて私が魔法攻撃の方をカバーするのはどうかな? 多分、物理攻撃が来る確率の方が高いだろうし……」
「そうだね。そうしようか」
僕たちはそのあとも、あらゆる事態を想定して対策を立てた。
話せば話すほど可能性が沢山あって手に負えないけれど、万全を期すしかない。
「蒼刻の魔術師のお二人は、そろそろ準備して下さい」
不意にかけられた声に、僕たちはハッと顔を挙げた。
気が付けば、出番がすぐそこまで迫っている。
僕たちはお互いを見てしっかりと頷き合った。
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「タナエル王子様ー!! おめでとうございます!!!!」
「王太子妃様! なんと美しい!!!!」
「「「わー!!!!!」」」
割れんばかりの大歓声の中、タナエル王子とミルシュ姫を乗せた馬車がゆっくりと進んでいく。
道の左右で垣根を作る人々は、満面の笑顔で王子たちに手を振っていた。
「あぁ、なんてめでたいんだ!」
「ほんとだわ!!」
「後ろの従者も煌びやかだなー」
王子の馬車に続く僕たちにも、人々は勢いのまま手を振ってくれた。
けれどギョッとして手を振るのをやめる。
「…………なんだあれ?」
「……さぁ??」
僕とジゼルは、前を行く馬車がよく見えるように、御者の席に座っていた。
蒼い衣装を身にまとい、ふたりして一心不乱に前を凝視している。
あいだには、気まずそうに縮こまる御者の青年。
異様なその光景に、沿道の人々が戸惑い息を呑んだ。
やがて、そんな空気に耐えかねた御者の青年が、僕にそっと声をかけてきた。
「あの〜……パレードなんでもうちょっと、にこやかにしてみては?」
「……すみません。王太子に意識を集中させてるんで無理です……祝福の意味での思いが向けられて、ただでさえ数が多いんでっ」
御者の青年は、前を向き続ける僕を説得するのは諦めて、ジゼルの方を向いた。
無言の訴えに気付いた彼女も、前を見つめたまま返事をする。
「……私たちは、タナエル王子とミルシュ姫を今まさに護衛しているんです。気にしないで下さい」
「…………」
ジゼルにも拒否されてしまい、御者の青年は更に身を縮こませながら、大人しく手綱を握り直した。
ーー僕とジゼルの真剣な護衛は続いた。
「え?」
「どうしたの? ディラン」
「変な思いを拾ったけど……無視!」
「そうだね!」
ーー僕らの努力の甲斐もあってか、パレードは順調に進んでいく。
「うわっ」
「なになに?」
「深い……すっごいディープな思いだけど、これは……ファン!」
「じゃあ大丈夫だね!」
そうやって必死に思いを探り続けていると、御者の青年が僕とジゼルを交互に見ているのを感じた。
「魔術師さんも大変ですねー…………」
彼の小さな声が、歓声の中に消えていった。




