73:ジェマとレイ
タナエル王子の執務室に連行された僕は、立っている王子の前で跪き、終始項垂れて深い礼の姿勢を取っていた。
突然、無許可で王宮上空に集団で現れたこと。
その理由が遊びだったこと。
兵士たちを眠らせたこと……
それらを1つ1つ丁寧に怒られた。
王宮の人達からすると、タナエル王子専属の魔術師である僕が、みんなを引き連れて侵入したと思われたらしい。
あのあとタナエル王子は、あちこちからの苦情を収めて回ったらしく、なんとも申し訳ないことをしてしまった。
「はい……はい。ごもっともです……」
僕が全てを肯定し謝罪を続けていると、頭上から王子のため息が聞こえた。
怒涛の小言が中断され、張り詰めていた空気が一瞬緩む。
僕がそっと顔を上げると、タナエル王子が腰に手をあてて僕を見下ろしていた。
「……まったく。ミルシュが楽しそうだったから、いいものを」
「邪魔してすみませんでした」
「ディランたちのせいで、台無しになったぞ」
「何がですか?」
「…………」
タナエル王子が僕を怪訝な目で見た。
よーく見ると、頬が少しだけ赤い。
……何か格好よく決めようとしたんだ。
だからあんなに怒ってた……?
バツが悪くて笑うしかない僕を、タナエル王子が半ば睨みながらゆっくりと口を開く。
「今回の罰として、ディランにはーーーー」
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今日は蒼い月が浮かぶ夜だった。
優しい月の光が街に降り注ぎ、母なる海に抱かれたような様相をなす蒼い街は、穏やかに密やかに時を刻んでいた。
路地裏にひっそりと佇む僕の店は、柔らかな明かりを灯しながら、誰かの訪れを静かに待っていた。
店の中では、僕とジゼルがカウンター内に仲良く並んで座っている。
いつものように2人で喋っていると、僕の王宮での話を聞いたジゼルが、驚いて目を丸めた。
「それで、タナエル王子とミルシュ姫の結婚式に参加することになったの!?」
「護衛とお花を降らす役だって……ごめんね。ジゼルも巻き込んで」
僕はジゼルの白い髪をふわりと撫でた。
「……それはいいんだけど……じゃあ、お花を降らす魔法の練習しなきゃね」
ジゼルはそう言ってニッコリ笑ってくれた。
変わらない彼女の優しさに、また励まされる。
「ありがとう」
僕もジゼルに笑い返した。
キィィィ……
その時、扉の開く音が静かに響いた。
店内に蒼い月あかりが差し込む。
扉に目を向けると、若い女性と目が合った。
彼女はおどおどした様子で、扉の隙間から顔だけを覗かせている。
「「いらっしゃいませ」」
僕とジゼルがお客様に笑顔を向けた。
歓迎する雰囲気に少し安心したのか、勇気を出して一歩店内に踏み込んだお客様が、遠慮がちに喋る。
「あの〜、私がこの子に向けている願いを、叶えて欲しいんですけど……」
そう言って彼女は、腕の中に抱えていた薄茶色のもふもふを差し出した。
「ワン!」
丸っこいもふもふはどうやらポメラニアンらしく、元気よく鳴いた。
お客様を談話スペースのソファに通し、僕とジゼルは紅茶とお茶菓子を準備した。
それをポメラニアンを抱えた彼女に振る舞うと、向かいのソファに揃って腰を下ろす。
「こんばんは。僕はディラン、こちらの彼女はジゼルです。お客様のお名前は?」
僕はニッコリ笑って話を始めた。
「ジェマと言います……この子はレイ……」
女性はそこまで喋ると言い淀んだ。
落ち着きなくキョロキョロしている。
「……レイに向けている願いを見ていいですか?」
ジェマの緊張を和らげるため、僕は極力優しい声を出した。
彼女は僕を窺うように上目遣いで見ると、コクリと頷く。
僕はニコリと笑い返してから、犬のレイに意識を集中させた。
レイは舌を出してハッハッと息をしながら、僕を見ている。
…………
『愛犬を人間にしたい』……か。
たまにある依頼なんだけど、正直悩むんだよなぁ。
僕はチラリとジゼルを見てしまった。
賢い彼女は、ジェマがどんな願いを抱いているのか勘付いており、苦笑を返す。
ジェマはカップとソーサーを手に取り、一口紅茶を飲んだ。
かと思えば素早くそれらを戻し、勢いよく喋り始めた。
「ディランさんも、猫ちゃんを人間にしたんですよね!?」
「……まぁ、そうですけど……」
「だから、私の気持ちも分かってくれますよね? ね??」
興奮気味のジェマが、嬉しそうに頬を染めて笑った。
どうやら同志に思われているようだ。
「気持ちは分かりますが……レイがどう思っているのかも大事なので、ジェマさんに向けられている願いを見てもいいですか?」
「……はい……」
緊張した面持ちでジェマが頷く。
僕はそんな彼女に意識を集中させた。
犬のレイが向けている思いを探るために……
「ジェマさんと『いつまでも一緒にいたい』とは思っているようですが…………」
「じゃあ両思いですよね?」
「まぁ…………」
僕は途端に歯切れが悪くなった。
それってペットなら、たいてい思ってることだよね。
と毎回感じてしまうからだ。
僕は無邪気に喜ぶ彼女を、しっかりと見据えた。
「ジェマさん。レイは人間になっていつまでも一緒にいたいとは思っていません。そんなレイを人間にしたら、大変なことも多いと思います。覚悟は出来ていますか?」
ジェマはグッと息を詰まらせた。
不安そうに眉を下げ、すがるようにジゼルを見る。
「ジゼルさんは、人間になって嫌な思いをしましたか? ディランさんとお喋りが出来て、手をつなげて……幸せになったんじゃ……?」
ジゼルはちょっとだけ悲しそうな表情を浮かべて、優しくジェマを見た。
「……私は、ディランとは別の飼い主の願いを叶えるために、人間になりました。猫だった私は魔力が高かったんで、蒼い月の日はディランとお喋りすることが出来たんです。だから、私の意思で人間になりました」
「…………」
「レイは人間の姿になっても、中身は犬のままですよ。一から人について教えなければいけません。例えば食事の仕方だと、椅子にきちんと座ってスプーンを持つ所からですね」
「…………」
ジェマはうつむいて考え込んだ。
腕に抱かれているレイは、元気の無い彼女の顔に身を伸ばし、頬をペロっと舐める。
慰めるようなその仕草に、ジェマは思わずレイを見つめた。
「レイ…………レイはどう思う?」
「くぅ〜ん」
僕とジゼルは、ジェマたちを静かに見守った。
しっかり考えて貰わないといけない。
動物を人にするということを。
そこには幸せだけではなく、大きな苦労も待っているから。
…………それを考えると、白猫のジゼルにジゼル・フォグリアの記憶が宿ったことは、凄くありがたかったなぁ。
人間の女の子に変身し始めた頃は、いろいろと大変だったからーー
と、思い出に浸っている僕に気付いたジゼルが、ジト目になって口を尖らせた。
「何か、恥ずかしいこと思い出してるでしょ?」
彼女が小声でコソコソと喋る。
「……ううん」
「嘘だー」
「フフッ。可愛かったなって思い出してたから、嘘じゃないよ」
「!!」
ジゼルが目を見開いて赤くなった。
その時、ジェマが顔を上げて勢いよく宣言した。
「ーーーー私、決めました!」




