70:限定カフェ
レシアの占いは順調に進み、気付けば僕だけがまだだった。
せっかくなので見てもらおうと、レシアの隣の席を譲ってもらう。
僕がソファに座ると、レシアが手を小さく上げてほほ笑んだ。
その手に自分の手を合わせたとき、彼女がここに来た理由をふと思い出す。
「あ、何か僕に伝えたくて用があったんじゃ……?」
「そうだった。あのね、私、紫の魔術師の代表になったの」
「え、凄いね。……おめでとう??」
レシアにとって嬉しいことか分からないから、僕のセリフに疑問符がつく。
気遣う僕の様子に、レシアが目を細めて笑った。
「フフッ。紫の魔術師は少ないから、消去法でって感じなんだけどね。代表は国から呼び出される時もあるみたいだから、いろいろ教えてね?」
レシアが合わせている手に力を入れて、ほんの少しだけ押してきた。
タッチのような仕草だ。
「僕は代表じゃないよ?」
レシアの勘違いに困った僕は、思わず首をかしげた。
「…………じゃあ、蒼刻の魔術師の代表は誰なの?」
レシアも首をかしげる。
「……いないけど」
「国から呼び出しが来たら、蒼刻の魔術師からは、ディランが呼ばれるんじゃない?」
「僕もそんな気がしてきた」
蒼刻の魔術師らしく、ふんわりと代表もどきが決まった瞬間だった。
僕がショックを受けていると、レシアからクスクスと笑う声が聞こえた。
「やっぱり、よろしくだね。じゃあディランの未来をちょっとだけ見るよ。恋愛のことじゃなくて、全体的な流れを希望してたよね」
レシアはそう言ってうつむいた。
そしてそのまま、読めたことをぽつりぽつりと教えてくれる。
「…………ディランに運命の女神様がくっついてる。あと、陽気なお爺さんも……」
「……なんとなく分かるよ」
蒼い月の湖にいた女性と、メイアス様だ。
運命の女神様は分かるけど、メイアス様もくっついてるんだ。
そっか……
僕の背中が何となく重くなった。
すると、下を向いて集中していたレシアが、申し訳なさそうに顔を上げた。
「何でだろう、上手く見れないの。ごめんね。星読みならもっと鮮明に見えるんだけど…………今度読もうか?」
彼女が口の端を上げて美しく笑った。
艶っぽい笑みに、夜に2人で会おうと誘われているかのように感じて、ドキッとしてしまう。
「大丈夫。ありがとう」
僕は平静を装って笑顔を浮かべた。
「そう? あ、けどこれだけは読めたよ。ディランにとっても会いたがってる人がいるって」
「え? 誰だろう??」
僕が首を捻りながら考えていると、入口の扉が勢いよく開かれた。
その音にビックリして、僕たちは合わせていた手を引っ込める。
「ディラン! 貴様が魔物の国の王を倒したなんて、どうせズルでもして広めた嘘話だろ!?」
店内にいた全員がギョッとして、扉の方へそろって顔を向けた。
そこにはエメラルドの瞳を怒りに染めた、蒼刻の魔術師ダレンが立っていた。
唖然とした僕は、ダレンに顔を向けたままレシアに話しかけた。
「……僕にとっても会いたがっている人って、まさかダレンのこと?」
ダレンを見つめて固まっているレシアも、目線だけ僕に向けて返事をする。
「ディランもてもてだね。ジゼルの占いだと、誰かと取り合われてるらしいし」
「……そうだね」
取り合いの相手がタナエル王子だとは知らない彼女が、優しいフォローをいれる。
けれど更に落ち込んだ僕は、弱々しい笑みを浮かべた。
そんな僕に、ダレンがビシッと指をさす。
「勝負だ! ディラン!!」
店内のみんなが、今度は僕の方を見た。
「えー……」
僕は盛大に顔をしかめた。
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無理やり勝負に駆り出された僕は、ホウキを片手に中庭に立っていた。
僕の右隣には、同じくホウキを手にしたダレンがいる。
不機嫌な彼は、さっきから僕を睨み続けていた。
「なんでスピード対決なんだ……」
「楽しそうだし、いいじゃん」
僕がそう彼に答えると、思いっきりプイッと顔を背けられた。
そんな険悪な空気を吹き飛ばすように、僕の左に立つジゼルが弾んだ声を上げた。
「王宮をぐるりと回って帰ってくるんだよねっ??」
彼女は両手で手繰り寄せたホウキをギュッと握りしめて、目をキラキラさせる。
「うん。ただ王宮の空の上は、敵だと思われて攻撃されることがあるから、気を付けてね」
「はーい」
ジゼルが元気よく返事をした。
ニコニコ顔の彼女の奥には、ルークが立っていた。
彼もホウキを手にしており、何やら考え込んでいる。
「もし攻撃されたら……防御魔法? 上手く出来るかな。防御するより、スピード出して駆け抜けた方がいいのか?」
そのまた奥にいるホリーが返事をした。
「ルークはまだ防御魔法苦手なの? ……もし攻撃を受けたら、回復魔法ぐらいはかけてあげるよ」
ニシシと笑う彼女も、ホウキを手にしていた。
「えーっと、飛びながら相手に魔法をかけてもいいんだっけ?」
ダレンの奥にいるレシアが、体を少し傾けて僕に尋ねてきた。
「うん。でも相手が怪我するのはダメだよ」
「分かったよ。学校の実技の授業みたいで楽しいね」
いたずらっぽく笑うレシアの手にも、ホウキが握られていた。
そして総勢6名の魔術師が、横一列に並び青空を見上げた。
僕たちから少し離れたベンチには、クシュ姫とセドリックが座っている。
2人に目を向けると、気付いたクシュ姫が手を振ってくれた。
「誰が1番か見るねー!」
ーーダレンに勝負を申し込まれた僕は、嫌々ながらも〝ホウキでのスピード対決なら……〟と提案した。
純粋な魔法での勝負をしたら、多分僕が勝ってしまう。
蒼願の魔法で、他の魔法も強化しているから。
だから比較的平和な対決を提案したのに、周りのみんなが何故か乗っかってきた。
「面白そうだから、俺も参加していい?」
「私もー!」
「せっかくだから、王宮をぐるっと回るコースにしようか」
「じゃあ、飛びながら魔法使うのもあり??」
そんな感じで、もはや勝負ではなく遊びみたいに、みんなでワイワイと楽しくルールを決めた。
ダレンはもちろん嫌そうだったけど、みんなの勢いに流されてか、渋々承諾してくれたのだった。
僕たちの準備が整ったのを見計らって、セドリックがベンチから立ち上がり片手を上げた。
「じゃあ、始めるよ」
「「「はーい」」」
女の子たちが元気に返事をした。
それを合図に、みんながホウキにまたがり柄を握った。
「……スタートッ!」
セドリックの掛け声と共に、魔術師たちが一斉に空へと飛び立った。




