7:タナエル王子
国王様から、まさかの主指定を受けたあと、詳しく説明があった。
僕の父親が国王様に属しているようなものだから、息子である僕は、同じ世代のタナエル王子に属するのが自然な流れらしい。
理にかなっている……
ような気がする。
けれど、そこはかとなく王子を主とするのは怖いんですけど。
僕の本能が、彼に属すことを拒否している。
それにもともと蒼刻の魔術師は、王族の管理下ってだけで、特定の人と主従関係を結んでいる訳ではない。
でもだからって今回は王命のため、よっぽどのことがないと覆せない……
僕は途方に暮れながらも、国王様の話の聞き役に徹するしかなかった。
そんな謁見が終わると、僕はタナエル王子に連れられて、王宮の外のベンチに腰をおろしていた。
隣にはもちろん王子が座っており、彼は気怠げに腕も足も組んで前を無心で見つめている。
何故かまた、ある意味ドキドキの2人きりの状態だった。
……勘弁してほしい。
少し離れた先には大きな通路があり、王宮に来た人が必ず通る道だと王太子から説明された。
「……タナエル王子、あの、ここで何を?」
僕がおずおずと尋ねると、王子は前を向いたまま命令した。
「見つけたまえ」
「…………」
「私の死を願っている者を、見つけたまえ」
ーー怖い。
完全に王族のドロドロに巻き込まれてしまった……
やっぱり王族に、蒼願の魔法を使っちゃいけない決まりは正しかったんだ……
僕は深い悲しみに沈みながら、行き交う人々を眺めた。
するとそこには、見たことのある、ひときわ美しい女性が……
クリスティーナ王女が、侍女たちを従えて優雅に通り過ぎている。
僕の目線に気付くと、目配せをした彼女が口元を緩めてくれた。
太陽の光の元で見る王女様のほほ笑みは、この前とは違った輝きを放っていた。
僕はついポーッとしながら、しばらく目で追っていた。
「……妹のクリスティーナだが……」
隣のタナエル王子がボソボソと喋り出した。
「!!」
僕は見惚れていたのがバレたと思い、慌てて行き交う人々に目線を戻した。
そんな僕に構わず王子が続ける。
「数日前に良い縁談が決まったのだ。その前に隣国の第二王子から何度も婚姻の申し込みがあって、正直弱っていたんだ。両国の貿易事情まで持ち出してきたりしてな」
タナエル王子は前を向いたまま「あのクソ王子が」と吐き捨てた。
僕はもちろん聞かなかったことにした。
「けれどいつのまにか、隣国が付け込めないような良い縁談の各種書類が揃っていた。しかもその王子以外の隣国の人々には、婚姻の申し込みなど無かったことになっていた。クソ王子の戯言として処理されたようだ」
タナエル王子がニヤッと笑った。
それから僕をチラリと見る。
「妹を幸せにしてくれて、感謝している」
王子が不意に、優しく笑った。
「…………っ」
お礼と柔らかな笑みを向けられた僕は、胸の奥が熱くなった。
嬉しかった。
僕の選択が……蒼願の魔法が、正しいと認めてもらえて。
「ただし、今後は私以外の王族の依頼は引き受けたらダメだ。今回は大目に見てやろう」
タナエル王子が、瞬時に目の奥が笑っていない笑みに切り替えた。
「……か、かしこまりました……あ!」
「ん? どうした?」
「あの、あそこの角を曲がった男性です。タナエル王子に強い願いを向けているのは!」
僕は、黒い服を着た恰幅のいい男性を見つめた。
「ふむ。第二王子リヒリトの派閥の貴族だな。なるほど」
タナエル王子が、あごに軽く握った手を当てて黒い笑みを浮かべる。
「…………」
あぁぁぁ。
やっぱり王族の派閥争いに巻き込まれてしまった!!
僕は頭を抱えたくなるのを必死に我慢した。
そんな人知れずぷるぷるしている僕に向かって、タナエル王子が追い討ちをかける。
「ではその調子で、残りの者も見つけたまえ」
「えぇ!? 5人もですか??」
僕は目を丸めて大声を出す。
すると、珍しくタナエル王子が固まった。
そして思わずといったように、高らかに笑い上げる。
「ははは! 私の死を願う者はそんなに多いのか。いいだろう。必ず見つけ出して目にものを見せてやろう」
「…………」
怖い。
王子というより魔王の風格を感じる……
僕はますます身が縮む思いがした。
タナエル王子は満足そうに、ベンチに深く腰をかけた。
「ディランの蒼の魔法は使えるな。なぜ今まで王族は活用しなかったのだろうか? クリスティーナもよく思いついたな」
「……お褒めいただき、ありがとうございます」
「そもそも式典の時にいたか? 蒼色のローブの魔術師なんて……」
「黒の魔術師とかの横にいますが、埋もれちゃって全然目立ちませんからね」
「ふむ。わざとでは無いのだな?」
タナエル王子の目の奥が光った気がした。
何かを疑われているようだ。
「わざとじゃありません。蒼刻の魔術師は数が圧倒的に少ないですし、そもそも魔法もたいしたことないんです」
「そうか?」
「はい。人を癒すのが得意な白の魔術師や、攻撃魔法が得意な黒の魔術師と違って、なぜ蒼刻の魔術師だけ『刻』がつくのかご存知でしょうか?」
タナエル王子は少しだけ思案すると、素直に答えた。
「いや、分からないな」
「……それは、蒼い月が出る時しか、たいしたこと無いからですよ。一般魔法は最弱です。僕には蒼願の魔法しかないと言っても過言ではありません。それでもタナエル王子の役に立つなら……嬉しいような気もします」
「…………素直な魔術師だな」
正直な胸の内を語る僕に対して、タナエル王子は呆れてため息をついた。
「それで……今日はもう帰っていいですか?」
僕は懇願するようにタナエル王子を困り顔で見た。
本当に無理。
もう帰りたい。
王宮で極度の緊張にさらされている僕は、限界を迎えていた。
「帰ってもいいが、明日からも来るように。速やかに残りの5名を見つけること。いいな?」
「……見つからなかったら?」
「王宮に住み込むか?」
タナエル王子が意地悪く鼻で笑う。
「絶対に見つけます! 絶対にっ!!」
僕は威勢よく言い切った。
いやいやながらも確信せざるを得なかった。
どうやら僕の魔法は……王太子から気に入られてしまったようだった。