69:限定カフェ
紅茶を配り終えたジゼルが、もといたソファに座った。
3人掛けソファにはすでにセドリックとクシュ姫が座っており、僕のために少し詰めると姫が「どうぞ」と隣を進めてくれた。
僕はお礼と共に笑顔を浮かべ、腰を下ろした。
このソファはローテーブルの側面に置かれ、全体としてはコの字型になっている。
左手には、一人掛けソファに座るジゼルとレシア。
右手には、ホリーとルークの姿がある。
これだけの人数が店に集まるなんて、初めてかも……と眺めていると、クシュ姫がおもむろに封筒を取り出した。
「これをディランたちに渡しに来たよ」
「?? ありがとう」
受け取って封を開けると、僕とジゼルの招待状だった。
横にいるジゼルも身を乗り出して覗き込んでいる。
「タナエル王子とミルシュ姫の結婚式!? 早くない?」
僕は思わず、クシュ姫の奥にいるセドリックを見やった。
彼が苦笑を浮かべて答える。
「まぁ、タナエル王子だから」
「…………」
その一言で妙に納得してしまった僕は、何も言い返せなかった。
そこへクシュ姫が僕の視界にひょいっと入ってきて、嬉しそうにニコニコと喋った。
「イグリスとの最後の戦い、砦から国王様見てた! お姉ちゃん、合格したよ。タナエル王子のお妃様にいいって。さすが、大国の王太子妃の試験。スケールが大きすぎる!」
…………
そんなことになってたんだ。
あれを試験にするだなんて……
僕は「へぇ……」と生半可な返事をしながら、内心けっこう引いていた。
するとホリーが話に入ってきた。
「あぁ、あの魔物の国の王を倒したやつ? ディランとジゼルも参加したんでしょ?」
話し終えた彼女は、クッキーをポリポリとかじった。
グランディ国内でも、イグリスの討伐については話題になっていたらしい。
今度はジゼルが、ホリーの方へぐっと身を乗り出して答えた。
「ディランが大活躍したんだよ!! あのねっ、最初にーー」
それからジゼルによる、多少脚色されたミルシュ姫救出作戦の概要が語られた。
……あれ?
ムカレの国を巡って魔法陣を描く時は、ジゼルはついてきて無かったよね?
その場に居なかったよね?
ってことも彼女が喋る。
僕が隣のクシュ姫を見ると、彼女はあからさまにギクリとし、セドリックの方へと視線を逸らしていた。
…………
まぁ、いいんだけど。
ジゼルの脚色が恥ずかしいだけで……
頬が熱を帯びた僕は、うつむきがちにジゼルの熱弁を聞いていた。
「ーーって感じで倒したんだよ!」
説明し終えたジゼルが、ハァハァ荒い息をつく。
ホリーの奥からルークが身を乗り出すと、僕に言った。
「前から思ってたんだけど、ディランって専門じゃない魔法強すぎじゃないか? 何を目指してるんだ?」
「……タナエル王子専属の、最強の魔術師かな……」
顔を上げた僕は、思いっきり遠い目をして答えた。
ホリーが納得しておおげさに頷く。
「あー、式典の時に王族席に座るもんね。着々と地位と名誉を手に入れてるって感じかぁ」
「……どっちも欲しくないんだけど」
項垂れた僕の頭に、みんなの生暖かい視線が突き刺さるのを感じた。
ーーーーーー
みんなで談笑をしていると、ジゼルとホリーがレシアの恋愛占いを話題にあげ、さっそく見てもらうことになった。
「じゃあ、ジゼルからね。手を合わせてくれる?」
レシアが左の手のひらを見せるように伸ばした。
「うん。お願いします……」
心なしか緊張しているジゼルが、レシアのその手に自分の右手を合わせる。
ニコリと笑ったレシアがうつむいて集中すると、眉をひそめた。
「おおむね順調に進むけど……常に取り合いになるライバルがいるよ……」
「…………うん、いるね」
ジゼルが虚空を見つめて、独り言のように呟いた。
レシアからいくつかアドバイスを貰いながら、ジゼルはその度に熱心に頷いていた。
一通り占いが終わると、今度はルークが前に出る。
彼は相変わらずデレッとしたまま、レシアと手を合わせていた。
それを見たクシュ姫がぽつりと言った。
「私もしてもらいたいなぁ……」
ジゼルが途端に目をキランと輝かせて、クシュ姫を見た。
「じゃあ席を変わろうか?」
「うんっ!」
2人は笑い合いながら立ち上がり、クシュ姫がジゼルの席に座った。
ジゼルは空いた3人掛けソファをちらりと見てから、僕に声をかける。
「ディラン詰めてくれる?」
「あ、うん」
僕が真ん中に移動すると、彼女はそのまま僕がいた場所にちょこんと腰を下ろし、楽しそうにテーブルのカップを並び直した。
どうやらジゼルは、クシュ姫が占ってもらう時に隣で聞いていたいようだ。
ソファにもたれてくつろぎ始めたジゼルに、僕は気になってたことを聞いてみた。
「取り合いになるライバルって誰?」
ジゼルがぽかんとした顔でこっちを見る。
「もちろん、タナエル王子だよ」
その言葉に、思わずセドリックが吹き出した。
「あははっ。その通りだね」
ジゼルは前屈みになって、僕の奥にいるセドリックを覗き込んだ。
「セドリックさん、分かります? ディランはすっごく好かれてますよね〜、有能な部下として。いつ〝王宮に住め〟って言われるか、ヒヤヒヤしてるんですけど」
「うんうん。いつの間にかディランが王宮に毎日いても、誰も不思議に思わないだろうね」
2人が僕を挟んでニヤニヤ笑う。
「そんなに? 確かに王宮に住めって、冗談で言われたことあるけど……」
僕が青ざめながら呟くと、隣のジゼルが「え!? もう打診があったの!?」と目を丸めていた。
セドリックはクスクスと笑うと、穏やかに語り始めた。
「妹君のクリスティーナ王女と隣国の王子との婚姻の話の時、タナエル王子はどうすることも出来なかったんだ。それを一晩でディランが解決したからさ。あの時の王子の驚き様を見せたかったよ」
「え? どんな感じだったの?」
「まずは関連する書類が全て書き換わっていたから、訳が分からない王子は、クリスティーナ王女に直接聞きに行ったんだ。すると王女が初めは隠そうとして……ある意味、修羅場だったなぁ」
セドリックが当時を思い出してか、一瞬だけ随分くたびれた顔をした。
彼のその様子に、とても大変だったに違いないと気の毒になってしまう。
「渋るクリスティーナ王女からようやく聞き出したら、聞いたこともない魔法が原因だと分かったんだ。タナエル王子は大笑いしてたよ」
「……この魔法を利用しようと思って?」
「うーん、違うと思う。どっちかと言うと、すごく喜んでいたよ。自分よりすごい同世代がいるって」
「そんな、王子よりすごい人なんていませんよ」
謙遜と……真実を込めて返事をした。
たしかにタナエル王子は、僕の力をいつも無条件で信頼してくれている。
今思えば、そのきっかけがクリスティーナ王女の件だったんだ。
当時の王子から感謝は伝えられたけれど、そんなに喜んでくれていたと知らなくて、僕は嬉しくなった。
そこにジゼルも入ってきた。
「本当にタナエル王子は凄いです。めちゃくちゃ魔法について調べてますよね。あんなに魔法に精通した王族は、そう居ないですよ」
彼女がジゼル・フォグリアの見地からも、王子を高く評価する。
タナエル王子は蒼の魔法について、僕より詳しい。
普通の魔法も、知識だけなら他の崇高な魔術師を凌ぐほどだ。
すると、朗らかだったセドリックが突然くもった。
「でも…………ディランの魔法を知ってから、余計に何でもありな戦略を立てるようになったんだよね……よく言えば、柔軟な考え方?」
「……僕の影響?」
「…………うん」
「…………なんか、すみません」
ズーンと沈んだ僕とセドリックを、ジゼルがキョロキョロと交互に見る。
「タナエル王子に好かれている部下同士、なんか2人は似てますねー」
僕らとは裏腹に、一人呑気なジゼルの声が響いた。




