67:限定カフェ
やっと我が家に帰ってきた僕たちは、数日間はゆっくりして疲れを癒していた。
ミルシュ姫救出作戦を今になって振り返ると、目まぐるしい行程だった。
移動の連続はもちろん、少しだけあった基地での待機の時間は、蒼い月が早く上らないかハラハラして気が休まらなかった。
無事にミルシュ姫を助け出してほっとしたのも束の間、砦近くの基地に移ってすぐにイグリスからの襲撃があった。
体力も気力も容赦なく削られ続けた反動か、今になって疲れがドッと押し寄せる。
そのうえ何に使ったのか分からないけれど、体の節々が痛い……
あんなに魔法を使って体を酷使することは無かったから、ジゼルと……特に僕は長いことダウンしていた。
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何とか元気になった僕たちは、まずは店の掃除から始めることにした。
こんなに長く家を留守にしたのは初めてで、僕は窓を開けながら妙にしみじみしていた。
見慣れた家の前の通りを眺めていると〝次に離れるなら、両親みたいに隠居する時かな〟という思いがふと湧き上がる。
「どうしたの? ディラン」
窓の外を眺めてぼんやりしている僕に、箒を手にしたジゼルが声をかけた。
「…………何でもないよ」
僕は彼女の頭をポンポンと撫でた。
今日はポニーテールにしているジゼルが、まだ体調が悪いのかと不安そうに首をかしげる。
白い尻尾のような髪がゆらりと揺れた。
僕は彼女を安心させるために、穏やかにほほ笑んだ。
胸に浮かんだ気持ちを乗せて。
家を離れる時は、今度もジゼルと一緒にーー
気がつけば、彼女と過ごす未来を当たり前のように思い描いていた。
掃除を済ませた僕たちは、久しぶりにクッキーを作った。
今日はムカレの国のお土産で貰った、ドライフルーツを入れてみることに。
僕とジゼルが肩を並べて、穏やかにクッキーを焼いているキッチンから、美味しそうな匂いが広がっていく。
「たくさん作り過ぎちゃったね」
ダイニングテーブルの椅子に座ったジゼルが、両腕で頬杖をつきながらそわそわしていた。
彼女の向かいに座る僕は、くすりと笑って返す。
「でも大丈夫じゃないかな? ジゼルがすぐに食べそう」
「そ、そんなことないよっ」
ジゼルが頬を赤らめると、声を荒げた。
僕は小さく笑い、紅茶のカップを手に取り一口飲んだ。
ジゼルも「もぅ」っと笑い混じりに言うと、カップを持ち上げる。
そうやって僕らはクッキーの焼き上がりを待ちながら、ようやく穏やかな時間を取り戻していた。
すると誰かが店を訪ねて来たらしく、カンカンとドアノッカーを叩く音がした。
ジゼルが「はーい」と答えながらパタパタと駆けていく。
入り口の扉が開いた音の後に、甲高い歓声が聞こえた。
その声に誘われて僕も店の中を覗いてみる、ホリーとジゼルが再会を喜び合っていた。
「しばらくジゼルたちが居なかったから、心配したんだよー」
ホリーがそう言って、ジゼルに案内された談話スペースのソファに座る。
「ムカレの国に行ってたから……」
ジゼルはホリーの方へ振り返りながら、紅茶を用意しに僕のいる生活スペースへと向かってきた。
そんな彼女を僕は手で制した。
「僕が紅茶を用意するから、ホリーと喋っておきなよ」
「……ありがとう。じゃあお願いするね!」
きょとんと僕を見ていたジゼルが、嬉しそうに目を細めた。
ーーーーーー
「はい、どうぞ」
僕は紅茶と焼けたばかりのクッキーをトレイに乗せて持っていくと、ジゼルたちのいるテーブルへと配った。
ホリーがすぐさまクッキーに手を伸ばす。
「わぁ、おいしそー! また2人で作ったの? お店の外までいい匂いがしてたし!」
ジゼルもホリーの後に続き、クッキーをパクりと食べた。
目を閉じて「んー」と味わっている彼女に代わって僕が答える。
「うん、作ったよ。ムカレの国のドライフルーツが入ってるんだ」
「へー、甘くておいしいね。ってあれ、誰か来た?」
ホリーがクッキーを頬張りながら、店の入り口に目を向けた。
僕もそちらを見ると、そこにはルークが立っていた。
「よっ、久しぶり。なぁディラン、お前しばらく家を空けてただろ? それなのに、前を通りかかったら美味しそうな匂いがしたから……」
「あー、わたひといっほ〜」
ホリーが片手で口を覆いながら、もう片方の手を小さく上げた。
瞬時にホリーとジゼルを認識したルークが「あ、ホリーじゃん」と彼女の隣のソファに座った。
彼はあくまでも自然体を装いながら、女の子の輪の中に入り込んだ。
けれど僕には分かる。
たまたま寄った僕の家で、可愛い女の子たちとワイワイ出来ることに、彼は心底喜んでいることを。
僕が呆れた目線をルークに投げかけても、当然のように無視された。
まぁいつもの調子のルークだなと諦めた僕は、とりあえず彼にも紅茶をと、キッチンに戻っていった。
僕がルークにも紅茶を振る舞うと、彼はすでにテーブルにあったクッキーをかじっていた。
「あ、サンキュー!」
「どういたしまして」
僕がため息にも似た苦笑を漏らすと、またドアノッカーを叩く音がした。
今日は来客が多い。
また誰かが、クッキーの匂いにつられて来たのかな?
そんなことを思いながらも、僕は振り向き様に「はーい」と返事をした。




