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『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


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63:最終決戦


 翌日、僕たちはムカレの街を後にした。

 馬車に乗って、シナンシャ地区にある前線基地へとひとまず移動する。

 そこからさらにシナンシャ平原を西へと進み、砦近くの基地へと向かった。


 どうやらここで、イグリスを迎え討つ準備をするらしい。

 グランディ国の被害を最小限に抑える為に、魔物の国に近く、人里から1番離れたこの場所が選ばれていた。


 基地に到着した僕は、割り振られたテントに急いで荷物を運び入れた。

 日がすでに沈み、辺りが暗くなってきていたからだ。

 何とか最後の荷物を運び終えると、僕はジゼルを探して基地の中を歩いた。

 彼女は足りなくなったランプのオイルを、物資がある倉庫へ貰いに行ってくれていた。


 ……今から僕たちは、いつ来るか分からないイグリスをここでひたすら待つ。

 この状態が長く続くと、精神的にもきつくなりそうだ。


 ふと遠くの空を見上げると、綺麗な丸い月が上っていた。

 それを僕と同じ様にぼんやりと眺める、黒髪の女性の姿が遠くにあった。

 ーーミルシュ姫だ。


 彼女はムカレの国の……戦闘服とでも言うのだろうか、独特の服装に身を包んでいた。

 おへそがチラリと覗くベアトップに、片側に深いスリットがついた長いスカート。

 どちらも黒地にゴールドの糸で、ムカレの国特有の植物の模様が刺繍されている。

 腰には装飾された革の帯刀ベルトを締めており、もちろんしっかりと剣が収められていた。

 腕や首元にはアクセサリーをつけた、戦うムカレのお姫様がそこには居た。

 

 僕はじっと動かない彼女を見て、何か困っているのかなと思い近付いた。


「どうしたんですか?」

 僕が声をかけても、ミルシュ姫は遠くの一点をずっと見ていた。

 彼女の様子のおかしさに、僕も同じ方向に目を向ける。

 けれどそこには、夜の静かな平原が広がっているだけだった。


『…………来た』

「え?」

 僕は彼女の異国の言葉がわからずに、聞き返す。

 すると、ミルシュ姫がゆっくり顔を動かしてこちらを向き、僕にも分かる単語を喋った。


『イグリス』

「えっ!?」 




 その時、背後の基地から、叫び声が上がった。


「何をするんだ!?」


 聞き覚えのある声に、僕はすぐさま振り返った。

 基地の中には、歯を食いしばりながら女性に剣を向けるセドリックがいた。

 異変に気付いた兵士たちが、その場を取り囲みランプや松明で彼らを照らす。


 セドリックの(かたわ)らにいたタナエル王子も、直ちに剣を構えた。

「こんな所にまで入り込むとは……」

 彼は苦々しげに言い捨てると、女性を睨みつけた。


 僕とミルシュ姫は、急いで兵士の垣根まで駆け寄った。

「セドリック!」

『何があったの!?』


 近くで見ると、セドリックは左腕に3筋の切り裂き傷を負っていた。

 だらんと垂らしたその指先からは、たらたらと血が流れ落ちている。


 対して剣を向けられた女性は、不敵に笑い続けていた。

 王宮の侍女の格好をしている彼女は、一見するとごく普通の女性にしか見えない。

 けれどその表情は、痛みで顔を歪めるセドリックを見下すように、いやらしく笑っていた。


 その大きく弧を描いた唇が、ゆっくりと開かれる。

「あれ? 王子の近くにいる君が、魔術師じゃないの?」

 

 彼女のセリフに、僕はビクッと身を震わせた。

 本当は僕を狙っていたのだ。

 同時にセドリックがやられた怒りが込み上げる。

 僕は夜空に向かって手を掲げ、呪文を叫んだ。


「〝聖なる光(アギオフォス)!〟」




 まばゆい黄金の光が降り注ぐと、辺りは昼間のように明るくなった。

 緊迫した戦場がくっきり浮かび上がる。

 そこからは白昼夢でも見ているかのように、時間が恐ろしくゆっくり流れた。


『せっかく赤目の美人ちゃんがそばにいるのに、また血の匂いがするのぅ……』

 意識の隅でメイアス様が嘆いた。

 

 けれど僕は、不気味に笑うその女性から目を離さずにいた。

 一瞬だけ目を閉じて再び開くと、彼女の姿が様変わりした。

 肌は青く、頭からは山羊のような角が生え、コウモリの翼を生やすその姿は……

 人型の魔物だった。


 彼女以外にもすでに複数の魔物が紛れていたようで、黄金の光を浴び本当の姿を現していた。

 みな人型タイプの強い魔物で、光を浴びたぐらいではダメージを負っていない。


 その魔物たちが、聖の魔法を発動させた僕を一斉に見た。

 コウモリ羽の彼女がニタリと笑みを深める。


「……見つけた」


 それが合図だったかのように、フッと魔法の光が消えた。

 強烈な光がなくなったことで、その場にいる人たちの目がわずかにくらむ。

 時間が動き出したような錯覚とともに、張り詰めた空気に変わった。


「蒼刻の魔術師を守れ! 敵はまず聖の魔法を封じる気だ!」

 近くからタナエル王子の叫び声が上がった。




 それを皮切りに、あちらこちらで魔物との乱闘が始まった。

 兵士の叫び声や悲鳴、魔物の雄叫びが重なり合う。

 すぐさまコウモリ羽の魔物が空に舞い上がり、僕めがけて飛んできた。


『危ないっ!』

 ミルシュ姫が僕の前に立つと、敵を剣で薙ぎ払った。

 僕も応戦しようと、手を掲げて口を大きく開いた時だった。

 

 戦場のどよめきの中を、ジゼルの澄んだ声が響き渡る。

「〝光よ照らせ(セラス)!〟」

「〝傷を癒せ(セラピア)!〟」

「〝防御力を高めろ(プロドアミナ)!〟」

 彼女は自分を中心とした広範囲に魔法を張り巡らせ、そばにいる兵士たちの形勢を立て直した。 

 そして白の魔法らしく援護する。


 白銀の光に包まれて堂々と立つジゼルの姿は、本当に〝癒しの女神〟のようだった。

 勇敢な彼女の周りに、自然と人々が集まっていく。

 そして一致団結して魔物を倒そうと、攻撃に転じていた。


「〝我の盾となれ(アスピダ)!〟」

「皆さん、そちらにも敵がいます!!」

「〝攻撃力を削げ(リガエピセス)!〟」


 ジゼルが絶え間なく呪文を唱えた。

 その慣れた様子から、ジゼル・フォグリアの時もこうして戦っていたことが想像できた。

 あっけに取られていると、ミルシュ姫が僕に向かって叫ぶ。


『ディラン! イグリスがすぐ近くにいるの! ほらあそこ!!』

 姫がさっきのように、遠くの一点を見つめて指差している。

 けれど相変わらずそこには、暗い夜の世界が広がるだけで、彼女の言葉が分からない僕は途方に暮れていた。

 それを見たタナエル王子が、声を張り上げる。

「ディラン! イグリスがすぐそばにいる! 聖の魔法を!!」

 

 僕は慌てて呪文を唱えた。

「〝神聖なお守り(イエロフィラフト)!!〟」

 

 僕を中心とした近くの人たちに、魔物の魔法が効かなくなる防御魔法がかかる。

 そのすぐ後に、ミルシュ姫が指差す方向から、突風が吹き荒れてきた。


 僕の防御魔法が直ちに反応して、ドーム状の透明な壁が黄金色に光った。

 けれどその突風は、僕たちを(かす)めて横に逸れると、ジゼルがいる方へと流れていった。


「ジゼル!?」


 僕が叫んだ時にはもう、ジゼルたちに突風が直撃した後だった。

 そこにいた人々がバタバタと倒れていく。

 見ると、かまいたちが起こったかのように、みな深く切り裂かれていた。

 ジゼルもうつ伏せに倒れ、地面にジワリと赤いものが広がっていく。

 彼女の力が尽きたのか、そこらを照らしていた魔法の光も消えた。


「……ジ、ゼル?」

 僕が彼女の元へ向かおうと一歩踏み出すと、タナエル王子から怒号が飛んできた。

「待てディラン! 私から離れるな!!」 

「でもっ!」

「私たちが負ければ、誰も助からないぞ!」

 タナエル王子が悔しそうに、イグリスがいる方向を睨む。


「〜〜〜〜っ!!」

 彼の言い分はもっともだと思い、僕はなんとか足を踏みとどめた。


 ……みんな、僕の代わりだ。

 セドリックも僕と間違えられた。

 ジゼルも僕より頑張って目立っていたから……

 

 こんなに守られてばかりだなんて……


 今度は……僕が守らなきゃ!!


 僕は涙を堪えた瞳で、イグリスがいるであろう暗闇を睨みつけた。


 

 

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