62:ミルシュ姫の願い事
ヒエラの街の中心部にある、大きな広場。
大判の石板が敷き詰められたその床は、住民が持ち寄った色とりどりの絨毯が敷かれ、街の明るいお祭り気分に一役買っていた。
けれど、広場の真ん中だけは誰も絨毯を敷いておらず、唯一の空地になっている。
魔法陣を展開するのに丁度よさそうだったので、ミルシュ姫にはそこに立ってもらうことにした。
「じゃあ、魔法をかけますねー」
ジゼルがミルシュ姫から少し離れた場所に陣取ると、彼女に大きく手を振った。
姫は戸惑いながらも、手を小さく振り返してくれた。
僕はジゼルの隣に立つと、彼女に手を差し出した。
「僕に最上級の回復魔法をかけた時みたいに倒れたら困るから、僕の魔力も使って」
「あははっ。そうだったね〜。ありがとう」
陽気なジゼルが僕の手をギュッと握り返した。
……だいぶ酔ってるけど、大丈夫かな?
僕が心配して見つめる中、ジゼルは目を閉じて集中した。
詠唱を始めた彼女は、握っている僕の手をグイッと手繰り寄せて、両手で包むようにして祈りのポーズを取る。
引き寄せられた僕は、ジゼルにくっつくようにして立った。
……そっか。
白の魔術師は手を組み合わせて祈るから、繋いでる手は自然とこうなるのか……
ちょっと気恥ずかしい。
周りの住民たちも、何が始まるのか不思議そうに僕たちに注目していた。
みんなの期待が高まる中、ふいにジゼルの声が止んだ。
「……うーん……もっと気持ちが昂らないと、魔法が出せそうにないかも……」
ジゼルは、一通りうんうん唸ると、目を開けて近くで見守っていたクシュ姫に言った。
「私が傷を治したいって思えるようにしたいの。例えば、ミルシュ姫がなんで怪我をしたか、エピソードを教えてくれる?」
クシュ姫は「ムムムッ」と考え込むと、広場の住民たちに自国語で何やら大声で呼びかけていた。
それを聞いたミルシュ姫が、ハッとして顔を赤くする。
呼びかけが終わると、住民たちが順番に熱く語り始めた。
クシュ姫がそれを、一つ一つジゼルに通訳していく。
「逃げ遅れたあの男の人を、お姉ちゃん、守った。それで肩、攻撃されたよ。〝ミルシュ姫のおかげで今生きてる。ありがとう〟」
「あの女の人の子供が魔物に捕まった。お姉ちゃん、自分の腕、切って血で誘う。〝ミルシュ姫、本当にありがとう〟」
「足の傷は、あの家族を守った時に。魔物に噛み付かれた。〝ミルシュ姫が生贄にならずに良かった〟」
そこにタナエル王子が帰ってきた。
ミルシュ姫が広場の中央に立っていることに気付くと、クシュ姫のそばに立ち遠巻きに様子を窺った。
そして1人ぼんやりして暇そうな僕を見つけて、王子が聞く。
「何してるんだ?」
「……ミルシュ姫に感謝を伝えています」
傷のくだりをどこまで喋っていいか分からずに、僕は適当に濁した。
「……ふーん?」
タナエル王子は納得していないものの、ミルシュ姫に再び視線を戻した。
王子が見ていることに気付いたミルシュ姫が、たまらずに両手で顔を覆う。
ジゼルは、そんな姫を見てニマニマと笑いながら口を開けた。
「……よし……良い感じ! かけてみるよ!!」
たくさんエピソードを聞いて満足した彼女は、元気よく宣言して目を閉じた。
広場のざわめきが収まり、彼女の長い長い厳かな詠唱が響き渡る。
すると、ジゼルの回りをくるりと囲むように、一陣の風が地面を駆け抜けた。
同時に祈りの詩のような呪文にあわせて、ミルシュ姫の足元に白銀の魔法陣が浮かび上がる。
それはみるまに大きく広がり、やがては広場を覆い尽くすほどへと成長した。
色とりどりの絨毯の上には美しい白銀の模様が描かれ、住民たちは騒ぎながらも魅入っていた。
みんなを優しく照らし出すそれは、どんどん強さを増していくと、全てを覆い尽くすように輝きを放つ。
ジゼルの両手に包まれた僕の手から、暖かいものが彼女に流れていくのを感じた。
僕の魔力がジゼルに渡っていく。
ーー大丈夫。
きっと成功する。
僕の思いを受け取ったかのように、ジゼルが穏やかにほほ笑むと、最後の呪文を紡いだ。
「〝魂の祝福〟」
彼女の優しい声を聞いた魔法陣が、ひときわ輝きを放ち、辺りを白色で染め上げたーー
光が収まってから目を開けた僕は、思わずミルシュ姫に注目した。
彼女は恐る恐る目を開けると、袖をめくって中を覗き込んだ。
ハッとしたミルシュ姫は、急いで妹に駆け寄り何かを相談すると、今度はそばにいるタナエル王子に目を向ける。
『ちょっとだけ、あっち向いてて』
姫が照れながら、タナエル王子の背後を指差した。
「……? 分かった」
王子は首をかしげながらも、言われた通りにミルシュ姫に背を向ける。
『じゃあミルシュお姉様、見ていい?』
『うん、お願いね』
2人でキャッキャとはしゃぎながら、クシュ姫が姉の背中に回った。
ドレスの首ぐりをそっと引っ張って、中を覗きこむ。
『わぁ! 背中も綺麗に治ってるよ!!』
『あんなにあった傷が? すごい!』
クシュ姫が歓声を上げると、ミルシュ姫がすぐさま振り返り、手と手を取って喜び合った。
その騒がしさにタナエル王子も自然と振り返り、姫たちを穏やかな目で見守っている。
姉妹はジゼル目がけて走り寄ると、彼女の腕をそれぞれ掴み、引き寄せてギュウッと抱きしめた。
ジゼルがあっという間に、僕から奪い取られてしまった。
見事な略奪に唖然としたけれど、彼女たちの嬉しそうな様子に、思わずフフッと笑ってしまう。
「ジゼル、本当にありがとう!」
『傷がこんなに綺麗に治るなんて……感謝してもしきれないわ』
美しい姉妹にムギュムギュ挟まれたジゼルが、朗らかに笑う。
「上手くいったんだー。えへへー」
彼女らの熱い抱擁が終わると、クシュ姫が住民たちに向けて、お礼を大声で伝えた。
すると「ワァッ!!」とみんなも湧き上がり、拍手が巻き起こった。
お祝いムードが更に加速する。
ミルシュ姫はタナエル王子の元へ嬉しそうに向かい、事情を説明した。
それを聞いた王子が、彼女の耳元で何かを告げる。
王子の言葉に、ミルシュ姫は頬を染めながらも花が綻ぶように笑った。
僕とジゼルは、幸せそうな2人に優しい眼差しを向けていた。
「タナエル王子、嬉しそうだね〜」
「そうだね。こっちまでよけいに嬉しくなるね」
僕らは顔を見合わせて笑い合うと、ふたたび2人に視線を戻した。
魔物の国の王から、ミルシュ姫を立派に守り抜いたタナエル王子。
どこかの物語のような話だ。
けれどまだ〝2人は幸せになりました〟という結末じゃない……
「……イグリスとの決戦かぁ」
思わずこぼす僕を、すぐさまジゼルが励ましてくれた。
「大丈夫だよ! すごく強い人たちが運良く集まってる! ジゼル・フォグリアの時もこんな最強パーティー組んだこと無かったよ! イヒヒッ」
満面の笑みで言い切った彼女が、僕の不安を笑い飛ばす。
手にはいつの間にか渡された、お酒入りのグラスを持っていた。
……どうしよう。
励まし方が、酔っ払いの冗談と区別がつかない……
「ありがとうジゼル。もうこの飲み物は飲まないで」
僕は彼女からグラスを取り上げると同時に、これ以上はお酒を控えてもらおうと心に決めた。




