60:みんなの思い
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目を開けると、僕は見知らぬ部屋の寝台に横たわっていた。
「……ここは?」
ゆっくりと上半身を起こした僕は、すぐ脇の壁にある窓へと目を向けた。
淡い茶色のカーテン越しに、たっぷりと明るい太陽の日差しが差し込んでいる。
その光をたどって今度は床に目を向けると、絨毯が敷かれており、そこにはムカレの国特有の模様が描かれていた。
次に自分の体を見下ろすと、戦いの時の服ではなく、ゆったりとしたムカレの国の服を着ていた。
誰かが休めるように気遣って、着替えさせてくれたのだろう。
魔力切れで倒れた僕は、随分長く眠っていたようだ。
僕が状況を飲み込めたころ、扉の奥からジゼルが現れた。
「……ディラン!!」
起きている僕を見つけた彼女が、胸に飛び込んできた。
「うわっ……と」
よろけながら受け止めると、彼女がすぐさま顔を上げて、涙目で睨む。
「2日もまるまる寝てたんだよ! 心配したんだからっ! 私の魔力を残すために、自分のを全部使ったんでしょ!?」
ジゼルは思いの丈をぶつけ終わると、僕の胸元に顔をグリグリ擦り付ける。
「……ごめんね」
怒りながらも愛情を示すジゼルに、思わず苦笑する。
けれどそんな彼女が愛しくて、僕は柔らかく抱きしめ返した。
それから僕らは抱き合ったまま、ほっとした空気の中でゆっくりと言葉を交わした。
まだ機嫌の治っていないジゼルが、顔を埋めたままぽつりぽつりと話す。
僕は彼女の頭に頬を寄せて、優しく相槌を打っていた。
ジゼルは僕が倒れた後のことを、いろいろと教えてくれた。
蒼願の魔法が、無事にムカレの国にかかったこと。
ヒエラの街の周辺にいた魔物が、同時に全て消え去ったこと。
そのため、シナンシャの前線基地にいる部隊が、無事に街まで来れたこと。
物資も到着し、僕は今、ヒエラの街の宿屋で過ごさせてもらっていることーー
「ヒエラの街にいた人も徐々に戻ってきたから、外はお祭り騒ぎだよ」
顔を上げたジゼルが、やっと少しだけ口元を緩めた。
「そうなんだ。一緒に行く?」
前にお祭りを楽しんでいた彼女を思い出し、僕もつられて笑いながら聞いた。
「行くー!」
ジゼルが無邪気な声を上げて、顔を綻ばせた。
眠っていたあいだ何も食べていない僕は、まずは軽食をいただいた。
そのあと簡単にお湯を浴び、いつものシャツとズボンに着替える。
シナンシャの前線基地から僕の荷物も届いていて、部屋には着替えが揃っていた。
支度が終わったころに、席を外していたジゼルが、扉からひょっこりと顔を出す。
「もう準備出来た?」
心なしかそわそわしている彼女も、少し準備をしていたようで、髪を2つに分けて緩く編んでいた。
「出来たよ」
ジゼルは僕をジッと見つめると、部屋の中にスタスタと入ってきた。
どうしたんだろうと目で追っていると、僕の荷物から蒼いローブを取り出す。
「せっかくだから羽織って行こうよ」
ジゼルがニコニコしながら、僕の背中に回ってローブをかけてくれた。
「なんで?」
僕は不思議に思いながらも、ローブの前を止めた。
「ディランはすごいことをしたんだし、タナエル王子にアピールしてもいいと思うんだけど……どうかな?」
ジゼルが首をかしげる。
僕は珍しいことを言うな、と少し驚いた。
同時に彼女の気持ちに嬉しくなり、僕は小さく頷いた。
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ジゼルと手を繋いで外へ出てみると、ヒエラの街の人たちが楽しそうに笑い合い、あちらこちらで祝杯を上げていた。
お祝いムードが街全体を包み、どこも活気であふれている。
僕とジゼルに気付くと、みんながニコニコしながら寄ってきて、口々に何かを伝えて始めた。
『君が蒼い魔法の魔術師かい? ありがとう』
『本当に魔物が一切入って来なくなったよ』
『あんなに美しく光り輝く魔法は、初めてみたわ!』
ムカレの言葉で感謝を伝えているのであろう人々が、僕らに飲み物やら食べ物やらを次々に手渡してくる。
「わっ、ありがとうございますっ!」
あわあわしながら受け取っていると、僕の腕の中は感謝の品でいっぱいになった。
しばらくして人だかりが落ち着くと、僕と同じように囲まれていたジゼルを見た。
彼女も抱え切れないほどの品を腕に持ち、贈られた花が頭にたくさん飾られている。
「「…………」」
僕らは目を丸めて見つめ合うと、次第に笑みがこぼれた。
「ジゼルの頭が、お花畑みたいになってる」
「そう言うディランも一輪咲いてるよ」
「え? どさくさに紛れて飾られた?」
両手が塞がっている僕は、視線だけで探そうとして、キョロキョロしてしまった。
「フフフッ。じゃあこれを、どこかでいただこっか?」
ジゼルが腕いっぱいの贈り物を、嬉しそうにふんわり持ち上げた。
歩き出した僕たちが、ゆっくり出来そうな場所を探していると、開けた広場に出た。
住民たちが自由に絨毯を敷き、その上で食べたり飲んだりして騒いでいる。
僕とジゼルも自然と空いている絨毯に通され、座るとそこにも人々が押しかけてきた。
みんなニコニコしながら、僕にお礼を伝えてくれる。
僕は『ありがとう』というムカレの言葉を、1番に覚えるほどだった。
自然と笑顔が溢れ、乾杯をしに来る人たちと一緒に祝杯を交わす。
ムカレの国の人たちに喜んでもらえてよかった。
たくさんの人の笑顔が守れて良かったーー
僕は人知れずジーンと感動していた。
気付かれないように、目尻に浮かんだ涙を拭う。
お酒のせいもあってか、ちょっと涙もろいかも……
ふと隣に座るジゼルを見ると、満足そうに、ニコニコと笑顔を振りまいていた。
人の波も落ち着いてきた時に、僕はこっそりと彼女に聞いた。
「ジゼルがローブを勧めたのは、このため?」
ヒエラの街で、僕が蒼刻の魔術師だと知っている人は少ない。
なのに続々とお礼を言われるのは、蒼いローブを羽織っているからかな?と感じていた。
「みんながず〜っと『蒼い魔法のおかげで、魔物が入ってこなくなった!』って騒いでたの。だから、ディランがすごいことしたんだからって、知らしめたかったんだ」
頬を赤らめて喋るジゼルが、眩しいほどの満面の笑みを浮かべた。
彼女は〝知らしめたかった〟と言ったけれど、本当は僕に知らせたかったのだ。
僕の蒼願の魔法が、こんなにも大勢の人を幸福に導いたことを。
僕はジゼルを愛おしげに見つめ、自分の頭に飾られている花を取って、彼女の頭に飾った。
「……っありがとう」
胸に熱いものが込み上げて来た僕は、どうにか言葉を絞り出すと、慌ててジゼルから目を逸らした。
途方もなく嬉しかった。
ジゼルのいじらしいほどの優しさが。
僕以上に、蒼願の魔法が喜ばれることに、全力で嬉しがってくれていることが。
僕が遠くを見つめて、涙が込み上げるのをこらえていると、その目線の先にミルシュ姫とクシュ姫が歩いてくるのが見えた。
彼女たちはムカレの国のドレスに身を包み、美しく着飾っていた。
クスクスと笑い合う2人の間には、美女を侍らせて威風堂々と歩く覇王みたいな人がいた。
とんでもない悪事を働いてそうと、ぼんやりと眺めていると、不意にその人と目が合ってしまう。
「あ、タナエル王子だった」
言葉が勝手に、僕の口をついて出た。




