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6:タナエル王子


 クリスティーナ王女に蒼願(そうがん)の魔法をかけて数日たった朝。

 僕が恐れていたことが起こった。


 カン! カン! カン!

 

 店先にあるドアノッカーを力強く打ち鳴らす音がする。

 眠っていた僕は、その音に驚き飛び起きてしまった。


 ……こんな朝に来るお客に、ろくな人はいない。

 だいたいが今すぐ魔法をかけて欲しいと無理を言う人か、前にかけた魔法に言いがかりをつけに来た人だ。


「はいはい……」

 気乗りしない僕は、のろのろと歩きながら扉に向かった。

 しかも起きたばかりだからパジャマだし、寝癖もついている。

 

 絶対迷惑な人だから、こんな格好でもいいだろう。

 適当に追い払って2度寝しよう。


 僕はアクビをしながらそう思った。

 そして扉の鍵を回してドアノブに手をかける。


「何でしょ……え!?」

 すると扉の向こうには、護衛を(はべ)らせた驚きの人物が立っていた。


「約束を(たが)えただけではなく、この私を待たせるとは、とんだ不敬な魔術師だな」


「!!!! お、王太子様!!」


 僕の目の前には、この国の王太子であるタナエル王子が立っていた。



 

 **===========**


 あれから速攻で支度に取りかかった僕は、式典用の魔術師の正装に着替え始めた。

 と言っても、いつも着ている服より少し上質な黒いズボンと白シャツ、それに蒼色のローブだった。

 その蒼刻(そうこく)の魔術師を表すローブを久しぶりに手を取り、一瞬だけ動きを止めてしまう。

 目の高さに掲げたそれの背中部分には、でかでかとこの国の紋章が入っていた。


「…………」

 思いため息をつきながら、しぶしぶローブに腕を通す。

 見た目通り、何かを背負わされているような重い気分になるこのローブを、僕は苦手に思っていた。


 王族に管理されている証でもある背中の紋章。

 蒼刻の魔術師だけはその魔法の特異性から、王族の配下に属されていた。


 まぁでも、ここグランディ国のどこで何をしているのかを登録されているぐらいで、僕の父さんが王族と何かをしたことはない。

 

 だから恐らく今回は……

 クリスティーナ王女の件で、タナエル王子が出向いてきたのだ。

〝約束を(たが)えた〟と言われたし……




 支度を終えた僕が顔を伏せながら店の外に出ると、路地裏には王国の騎士がひしめき合っていた。

 すぐ端には、国の紋章が入ったこれまた豪華な馬車が停めてある。

 それに半ば連行されるかのように詰め込まれると、あとからタナエル王子も乗り込んできた。

 

 何故かある意味ドキドキの……王子と2人きりだった。

 恐ろしく美形のタナエル王子は、無表情でいると威圧感がすごい。


「……あのー、タナエル王子。僕はどうなるんでしょうか?」

 馬車が進み出した頃、斜め向かいに座る王太子に僕は恐る恐る声をかけた。

 

 腕を組んで伏し目がちに外を眺めていた王子が、そのままの視線を僕にゆっくり投げかける。

「さぁ? まずは父上である国王に謁見するそうだ。そこで不敬罪とかに問われるのでは?」

 王子は心底どうでも良さげに言い放った。


「えっ!?」

「そんな些細なことはどうでもいいから、私に向けられている〝人からの強い思い〟とやらを見てくれないか?」

 彼は不敬罪問題を鼻で笑いながら、まさかの依頼をしてきた。


「…………」

 僕は絶句しながらも、これ以上何か罪に問われたくなくて、タナエル王子に仕方なく意識を集中させた。

「あー……たくさん思いが向いてますね。良いものは、将来国を率いていって欲しいという期待ですね」


「悪いものは?」

「…………」

「悪いものは?」

 王子が無表情で同じ質問を繰り返す。

 

 怖い。

 答えるまで永遠に同じことを聞かれそうだ。

 

 僕は背中に汗が流れるのを感じた。


「……悪いものは……タナエル王子の死を……望んで、います……」

 言いながらも緊張で胸がバクバクした。

 

 ヤバい。

 こんなこと正直に言っていいのだろうか?

 けれど上手くかわせるほどの技量もない。


「それは誰からの願いだ?」

 王子が目を細めて薄っすらほほ笑みながら、聞いたことのないほど低い声を発した。


 さすが威厳のある高貴なお方だ。

 オーラに当てられただけで、倒れてしまいそうになる。


「誰かまでは分かりません。特定するためには、その人物に会わないと……」

「じゃあちょうどいいな。王宮で会ったら教えるように」

「…………」

 また人知れず絶句していると、ちょうど馬車が王宮についたようでゆっくりと止まった。




 それから僕たちは、タナエル王子が言っていたとおり、謁見の間に通された。

 僕は頭が真っ白になりながらも、国王様の前に何とか立った。

 ぎこちなく片膝を立ててしゃがみ、頭を下げる。

 

 ポーズはこんな感じでよかったっけ?

 式典で適当にしかしてなかったから、正解が分からない!!

 

 フワフワの絨毯を凝視しながらパニックに陥っていると、国王様が重々しく語り始めた。


蒼刻(そうこく)の魔術師ディラン・オーリックよ。最近、()()()()()()に魔法をかけて、想い人との婚姻を成就させたと聞くが……間違いないか?」


「…………っ」

 僕は言葉を詰まらせた。


 どう答えたらいい??

 事実だから『はい』だけど、町娘のクリスじゃないから『いいえ』?

 …………

 分かっていることは、どっちに答えるかで命運が決まる!


「…………は、はい」

 僕は礼をとったまま、床にむかって弱々しく返事をした。


「ふむ。余には関係ないことなのだが、褒美をとらせようぞ」


「ーーえ?」

 僕は思わず顔を上げて国王様を見た。


 そこには、穏やかに笑っている壮年の男性がいた。

 国王ではなく、ひとりの優しい父親の顔だ。

 その喜びをたたえた視線を受けとめた時、僕は初めて、自分の行いが褒められていることが分かった。


 同時にホッとして肩から力が抜ける。


 そんな僕の不意をついて、国王様が衝撃的な宣言をした。


「そして蒼刻(そうこく)の魔術師ディラン・オーリックが属する(あるじ)は、余の息子であり次期国王であるタナエル・グランディに正式に決定する」


「!?」

 僕はすぐさま、国王様の隣に立つタナエル王子を見つめた。

 彼は僕と目を合わせると、ニヤリと楽しそうに笑って言った。


「よろしく頼むぞ」





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