50:蒼刻の花嫁
スラリとした男性と対峙すると、僕はすかさず手をかざして息を吸った。
慌てたジゼルが、僕の腕を引っ張って止める。
「待って待って! メアルフェザー様は敵じゃないよ!」
「え? メアルフェザー様!?」
ビックリした僕は、ジゼルと男性の顔を交互に見た。
この人が……メアルフェザー様!?
ジゼルを連れ去った張本人だし、さっきも少し困惑した彼女の手を握っていたから、僕はてっきり怪しい人だと……
すみませんっ!!
僕は背筋をピンと伸ばして直立した。
こちらの心情を知ってか知らずか、メアルフェザー様がニヤニヤと笑いながら、僕をジロジロと見る。
「ふーん。ここに入ってくるとは、そうとう高い魔力の持ち主だな。しかも〝ジゼルに会いたい〟思いを送り、その思いを魔法にする形で無理矢理来たか」
「……そうです。この世界は、蒼の魔力が満ち溢れている。普段より思いが弱くても、僕なら具現化出来るから……」
「ずいぶん、こなれた蒼刻の魔術師だな」
「人使いの荒い高貴なお方に、鍛えられましたので」
僕はタナエル王子を思い浮かべて、つい苦笑を浮かべた。
けれど気を引き締め直し、メアルフェザー様に問いかける。
「それで……ジゼルのこの〝加護〟は何ですか?」
僕は喋りながらも、背後にいるジゼルをチラリと見た。
一瞬目が合った彼女は、顔を赤らめると気まずそうに目を逸らす。
「??」
ジゼルの様子がおかしくて、ついメアルフェザー様に怪訝な眼差しを向けた。
すると、彼は呆れたように盛大なため息をついた。
「俺を敬う気持ちが薄い魔術師だな。ジゼルには〝蒼刻の花嫁〟の証を付与したんだ」
「花嫁? 証??」
僕は何のことか分からず、目を瞬かせた。
「…………ここまで察しの悪い人間に会うのも初めてだ。ジゼルがああ言ったのも頷ける」
メアルフェザー様が、何故か気の毒そうにジゼルを見ていた。
気を取り直したメアルフェザー様は、僕に視線を戻すと、丁寧に〝蒼刻の花嫁〟制度について説明してくれた。
僕にとっては初めて聞く内容で「へぇ、そうなんだ」と感心していた。
けれど聞き終える頃になって、重大なことに気が付く。
「それって……」
僕は狼狽えて顔を赤くした。
ジゼルに付与された〝蒼刻の花嫁〟の証。
その証は、僕たち蒼刻の魔術師だけが感じ取ることが出来る。
けどそれは……ジゼルは僕のお嫁さんですって、常に公言しているようなものでは!?
たしかに母さんから、父さんとの結び付きの強さみたいな感覚は感じてたけど……
生まれた時から絶えず感じていたから、改めて不思議だなんて、思ったことなかったし!
でも……
蒼刻の魔術師自体が少ないから、そんなに困ることでもない……のかな?
僕が1人で顔を赤くしたり、悶々と考え込んだりしている間に、メアルフェザー様はジゼルに近付いて内緒話をしていた。
「俺がジゼルにかけようとした蒼願の魔法は、あそこの失礼な魔術師から実際に向けられた願いだ」
「え? 『いつまでも一緒にいたい』……が?」
「思ってるけど言葉に出来てないんだろうな。いつかここぞと言う時に、言ってくれるんじゃないか? 俺に似てるなら」
メアルフェザー様が憂いを帯びた瞳で笑った。
ジゼルは柔らかく笑い返した。
「メアルフェザー様は恋愛相談にも乗ってくれる、気さくな神様ですね」
メアルフェザー様が慌てて顔を振る。
「俺は神様では無いぞ」
「ずっと蒼刻の魔術師を見守って下さっているのなら、私たちにとっては神様ですよ」
ジゼルがクスクス笑った。
一瞬驚いた表情をしたメアルフェザー様が、みるみると顔を綻ばせた。
「ありがとう」
ジゼルがその美しい笑顔に思わず見惚れていると、また優しくて甘い風が吹いた。
ーーーーーー
メアルフェザー様がそろそろ元の世界に返してくれると言うので、僕とジゼルは部屋の中央にある大きな魔法陣の上に立った。
僕らにここで魔法をかけて、転移させてくれるそうだ。
不意に足元の魔法陣が気になった僕は、書かれている文字を読んだ。
僕が知っている魔法陣とは違う文言が、ところどころに並んでいる。
元始の魔法陣……
何かちょっと仕組みが違うのかもしれない。
その時ちょうど眺めていた魔法陣が、薄っすら蒼く光り始めた。
顔を上げると、メアルフェザー様が穏やかに笑っている。
何故かその姿に……大きくて広い礼拝堂に1人佇む姿に……僕は言いようの無い寂しさを感じた。
隣でいるジゼルも同じ気持ちになったのか、僕の袖をちょんちょんと引っ張って聞く。
「メアルフェザー様は、ここにずっと1人なのかな?」
心を痛めたジゼルは泣きそうなのか、声が震えていた。
「1人じゃないよ。湖には女性がいて、ずっとメアルフェザー様を見守っているそうだよ。その人から思いを託されていたから、ジゼルのところに来るのが遅れちゃったんだ。ごめんね」
「「え?」」
ジゼルと……それからメアルフェザー様も驚きの声をあげた。
魔法陣の蒼い光が強くなっていく中、メアルフェザー様が急いで僕に聞く。
「ディランは話せるのか? その女性と!?」
「……話せるというか、頭の中にその人の言葉が聞こえてくる感じで……」
切羽詰まった様子のメアルフェザー様を、不思議に思いながら返事をする。
「その人は何を言っていた? 何を託されたんだ!?」
辺りが蒼い光に包まれて、いよいよメアルフェザー様の姿も見えなくなってきた。
僕は目を閉じながらも大声で叫ぶ。
「みんなを幸せにしてあげて……メアルフェザー様を幸せにしてあげてって、言ってました!!」
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強烈な蒼い光が無くなると、僕らは店に帰ってきていた。
僕の叫びが、メアルフェザー様に届いたか分からない。
そのことに釈然としない気持ちでいたけれど、ひとまず無事に帰ってこれたとホッとする。
ジゼルは戻ってきたことを確認するかのように、しきりに辺りを見渡していた。
やがて僕と視線が交わると、じっと見つめ合う。
「……湖にいた人は誰なの?」
「分からないけど……懐かしい感じがしたかな。思いを託された時には、なんだかフワッと体が暖かくなったし」
「うーん……守護神様?」
「かもしれない。不思議な世界だったから、そんな人が居たとしても、おかしくないよね」
僕は天井にある窓から夜空を見上げた。
ちょうど蒼い月の端がこちらを覗いている。
……メアルフェザー様を幸せにするって、どうすればいいんだろう?
悩みながらも、僕はメアルフェザー様の居る場所をずっと眺めていた。
僕たちがさっきまでいた……
蒼い月を。
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