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5:クリスティーナ王女


「こちらの内容でよろしければ、お支払いとサインをお願いします」

 僕はもうクセになった営業スマイルを浮かべながら、魔法で出現させた羽ペンを王女に差し出した。


「…………サインいたします」

 覚悟を決めた王女が、ペンをしっかりと受け取った。


「いいですか、クリスとだけ書いて下さいね!」

 僕は最後にまた念を押した。




 そうして無事に契約が終わると、僕はソファから立ち上がり、店の一角へと歩いて行った。


「では、こちらの魔法陣の上に立って下さい」

 僕はそう言いながら、紋様が(えが)かれている床を、広げた手を向けて指し示す。

 ちょうど真上にあたる天井の一部が窓になっており、蒼い月光が魔法陣だけに降り注いでいた。


 王女とブレッドが手を繋いで寄り添いながら立ち、魔法陣の方へと歩みを進めた。

 手前まで来ると、躊躇(ちゅうちょ)して立ち止まった王女がブレッドを見つめる。


「ブレッド……愛しています」

 クリスティーナ王女が、最後の愛の言葉を贈った。

 そしてブレットから手を離すと、魔法陣の上にそっと立つ。


「クリス……が僕のことを何とも思わなくなっても、僕はずっと君のことを愛しているから」

 ブレッドも最愛の王女に気持ちを伝え、彼女の目を見つめたまま静かに離れていった。


「…………じゃあ、魔法をかけますね」

 僕は2人のお別れを待ってから、目を閉じて呪文を唱えた。


 


 蒼い月の日に、僕は〝人からの願いを叶える〟魔術師。

 不思議で幻想的な瞬間。


 それが正しいことかどうかは分からない。

 長く続く僕たち一族の生業(なりわい)


 幸せを呼びこむ時もあれば、不幸を呼びこむ時もある。


 ただ、どんな〝願い〟でも、叶える瞬間は美しいと……

 いつまでも、そう思える自分でいたい。



 僕は呪文を優しく(つむ)いだ。

 魔法陣の紋様が、水が流れたように蒼く染まると、強烈な光がそこから噴き出す。

 目を閉じる僕の(まぶた)の裏にも、その蒼い光が届くほどに。

 

 そうして部屋の中は、美しい蒼色で埋め尽くされていった……




 ーーーーーー


 魔法をかけ終わった僕が目を開けると、さっきまでと何ら変わらない王女様が佇んでいた。

 目を大きく開いたその様子は、心なしかきょとんとして見える。

 

 部屋の端にいたブレッドが、思わずといったように僕に声をかけた。

「終わったのか?」

「はい。無事に魔法をかけ終わりました」

 僕は笑顔で頷いた。


 ブレッドがそろそろと王女に近付き、様子を窺う。

「大丈夫ですか? クリス……」

「ブレッド……私、あなたを好きなままだわ。これは…………ディラン様?」

 困惑気味の王女が、僕を見て首をかしげた。


 僕はニコニコしながら、大袈裟に驚くフリをした。

「あー、しまったー! 叶える願いを間違えました」


「「え?」」

 クリスティーナ王女とブレッドが、声を揃えて驚く。


「クリスさんはモテモテだからか、いろんな人からの強い思いをその身に受けてました。その中の1つ『クリスさんと添い遂げたい』というブレッドさんの願いを叶えてしまったようですね」


「それって……」

 息を呑んだ王女が、両手で口を覆った。

 

 僕は驚く彼女に、大きく頷いてみせた。

「ここだけの話、僕の〝人から向けられた願い〟を叶える魔法って威力が強いんです。おそらく、隣町の人との結婚話も白紙に戻ってますし、ブレッドさんとの婚約の書類が受理されていると思いますよ。そしてある程度の関係者は、洗脳されているハズです!」

 

 得意げに言い切った僕は、腰に手を当てて胸を張った。

 実は以前、貴族の令嬢に同じような魔法をかけたことがある。

 だから今回、本当にそうなったか分からないけど、経験則で堂々と答えた。

 このお姫様を、安心させてあげたかったからだ。

 そして本当に〝人から向けられた願い〟を叶える魔法……『蒼願(そうがん)の魔法』の威力は、僕が誰よりも強かった。

 

 まぁ、比較できる蒼刻(そうこく)の魔術師なんて、数名しかいないんだけど。


 クリスティーナ王女はみるみる顔を綻ばせた。

 薄っすら瞳に涙を溜めて、すぐにブレッドを見る。

 彼も、王女を感極まった表情で見つめ返していた。


「ブレッド!」

「ーーックリス!」

 王女が護衛騎士の胸に飛び込み、彼がそれを受け止めた。

 ひしと抱き合うと、2人の顔に喜びの笑顔があふれる。




 無事に魔法をかけ終えた僕は、幸せそうな2人から静かに離れた。

 

 しばらく2人をそっとしてあげよう。


 そう優しく見守っていると、ちょんちょんと誰かに袖を引っ張られる。

 振り向くと、いつの間にか隣にジゼルが立っていた。


「すごいね。ディランの魔法で2人を幸せにしたんだね」

 ジゼルが自分のことのようにニコニコ笑い、喜んでくれた。

 僕は彼女の頭に手をおいて、ワシャワシャ撫でる。


「うん。自分がこれでいいと思ったことをしたから、悔いはないよ。何かお(とが)めがあるかもだけど……」


 僕は苦笑しながらも、クリスティーナ王女とブレッドを穏やかな気持ちで眺めていた。




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