48:蒼刻の花嫁
蒼い月が空に昇る夜。
今日は見事な満月が空に浮かんでいた。
そのせいか、月明かりが異様に蒼く感じる夜でもあった。
店の外で用事をしていた僕は、思わず夜空を仰ぎ見た。
こんな日は、何かが起きそうな胸騒ぎがした。
魔力の高まりをひしひしと感じる。
僕は急いで店の中に戻った。
するとそこには、見覚えのない長身の男性が立っていた。
ローブのフードを深く被っており、顔は影に隠れている。
一応お客様のようで、彼の背中越しに対応しているジゼルが見えた。
あれ?
僕が外にいる間に、誰か店内に入ったっけ?
気付かなかったんだけど……
「いらっしゃいませ」
警戒心が芽生えた僕は、声をかけながら足早に2人に近付いた。
その間に男性は、右の手のひらをジゼルに差し出した。
ジゼルは強張りながらも、その手に自分の手を乗せようとして、一瞬だけ僕を見る。
彼女の困った表情に、さっきの胸騒ぎが蘇った僕は、慌てて駆け出した。
「ダメだ! ジゼル!!」
けれどあと一歩の所で間に合わず、ジゼルは手を置いた。
彼女のその手に、阻止しようとした僕の指が触れる。
次の瞬間、辺りが蒼い光に包まれたかと思うと、店にいた3人は忽然と姿を消した。
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気がつくと、僕は不思議な場所に1人で立っていた。
空はどこまでも続く満点の星空。
足元には草原が広がり、目の前には蒼く澄んだ湖。
その湖畔には、見たこともないほどの大きな木が、空に向かって瑞々しく枝を広げていた。
立派な大木は青い花を咲かせており、時折り吹く穏やかな風に、気持ちよさそうにそよいでいる。
木のそばには大きな白い建物があった。
けれど、その白い建物を除けば、あとはただ大自然が広がっているだけだ。
何故かその建物と大地がほんのり光っており、神秘的とでもいうのか、異質さを静かに放っている。
「……ここは?」
キョロキョロと辺りを見渡しても、ジゼルはおろか、人の気配すら感じられなかった。
また柔らかい風が吹いて、僕の頬を撫でていく。
それと一緒に、甘い花のような匂いがふわりと香った。
……ジゼルとあの男性は、どこにいったんだろう?
あの白い建物の中?
僕は丸いドーム型の大きな建物を、睨むように見つめた。
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その頃ジゼルは、見知らぬ部屋にいた。
突然の出来事にまだ夢見心地の彼女が、ゆっくりと部屋の様子を窺うと、青いステンドグラスの窓が目についた。
その美しさに魅せられて、一歩足を踏み出したものの、思いのほかフカフカな感触に驚いて足を引っ込めてしまう。
ジゼルは絨毯とにらめっこをしたまま、ムギュムギュと踏み心地を確認すると、改めて窓に近付いた。
……不思議。
窓自体が光ってる。
ジゼルはそっとガラスを撫でた。
優しい光を発するステンドグラスは、部屋を蒼く幻想的に照らしている。
その青いガラス越しに外を見ると、やたら広い草原が広がっていた。
ここは……
…………
「これからどうすればいいんだろう……」
難しい顔をしたジゼルが静かに嘆く。
その時、背後でガチャリと扉が開く音がした。
ジゼルはすぐさま振り返った。
「ディラン!」
「ジゼル、大丈夫?」
部屋に入ってきたディランが、安堵の表情を浮かべてジゼルに近づいた。
「うん、大丈夫。ディランは?」
「僕も大丈夫……けど、何でこんな所に?」
ディランがキョロキョロと部屋を見渡す。
彼もこの不思議な空間が気になるようだ。
「……ごめんねディラン。店に来たお客様に『ディランについて話があるからおいで』って言われたの」
ジゼルがおずおずと告白した。
彼女の言葉を聞いて驚いたディランが、次には険しい表情で思案する。
「…………とりあえず、そのお客様を探そうか。この建物にいると思うから」
ディランがそう言ってジゼルの手を握った。
「うん」
ジゼルが頷くと、彼はさっき入って来た扉を開けて部屋を出た。
手を繋いでいるジゼルは、大人しくついていった。
部屋の外は長い廊下が続いていた。
右側には、外とつながるステンドグラスの窓が等間隔に並んでいる。
どれも優しい光を発しており、廊下を蒼く染め上げていた。
2人の足音だけが反響する沈黙の中、前を歩くディランが不意に口を開いた。
「ジゼルは、僕の蒼の魔法をどう思ってるの?」
「え? ……どうって?」
戸惑うジゼルの様子に、彼は足を止めて振り向いた。
「……怖くない? 大きな喜びを与えるけど、大きな不幸を与えることもある。……そんな力を持っている僕が……」
「怖くなんてないよ! だって知ってるから。ディランが誰よりも優しくて、誰よりも悩んでて、誰よりも自分の魔法と向き合っていることを!」
ジゼルは一生懸命想いをぶつけた。
自分だけは、いつまでもディランの味方だと伝えたくて。
すると彼は柔らかく笑った。
「そっか。そう思ってくれてるんだ。嬉しいな」
そう言ってまた、ジゼルに背中を向けて歩き出した。
ジゼルは不思議そうに小首をかしげながらも、彼に手を引かれるままついていった。
廊下の突き当たりにある部屋は、とても広い空間になっていた。
ジゼルの何倍もの高さの天井は、丸いドーム状に弧を描いている。
そこには色とりどりのタイルで織りなされた美しい模様が、無数に広がっていた。
壁には青くて大きなステンドグラスが並び、降り注ぐ蒼い光が優しく部屋を染め上げる。
祈りを捧げる礼拝堂のようなこの場所は、より一層神秘的で厳かな空気に満ちていた。
「わぁ…………!」
ジゼルは思わず感嘆の声をあげた。
ディランの手から離れて、天井を見上げながら部屋の中央へと、思わず足を進める。
壮麗な光景に目を奪われながら、足元へとゆっくり視線を滑らせていくと、見覚えのある模様が視界に映った。
彼女の足元には、蒼願の魔法の魔法陣があった。
「すごく大きな魔法陣だね……」
ジゼルが呟くと、眺めている魔法陣が突然蒼く輝き始めた。
湧き上がるような光が、足元から彼女を照らし出す。
「!?」
ジゼルはすぐさまディランを見た。
いつの間にか魔法陣の外側まで移動した彼が、静かに呪文を唱えている。
「な、何するの!?」
「僕からジゼルに向けての強い願い『いつまでも一緒にいたい』を叶えようと思って。そうしたら、僕たちはいつまでも永遠に…………」
あくまでも優しく語るディランは、ひどく悲しそうに笑って続けた。
「一緒にいれるよ」




