47:魔法を習いに
ジゼルとルークが固唾を飲んでいると、ライアンの炎の魔法が消えた。
「……終わったのか?」
「…………」
ジゼルはルークの声が耳に入らないほど、舞台に目を奪われていた。
やがて水の壁も消えると、そこにはさっきと変わらず立っている2人の姿があった。
ライアンが、掲げていた手をスッと下ろす。
「違う系統の上級魔法が扱えるなんて……驚いたな」
それを見た僕も、空に向けていた手をゆっくりと下ろした。
「…………これ以上、他の人に危害が及ぶような戦い方は、やめて下さい」
「けど、強い威力じゃないと君を倒せないよね? それに安心しなよ。これ以上は戦えない」
ニコニコしていたライアンが、沈んだ表情に即座に切り替えて続けた。
「君はもう魔力切れだよね? ……残念だな」
「…………」
彼の言葉を合図にしたかのように、僕はどさりと地面に倒れた。
「ディラン!?」
ジゼルが悲鳴にも似た叫び声をあげた。
エルヴィスが舞台に上がり、倒れている僕に近付きながら語りかける。
「勝ちはしていないが、負けもしていない……か。ジゼル様の防護を優先した事は、褒めてやろう」
上級魔法を使って軽いめまいを起こした僕は、エルヴィスの言葉で、ぼんやりしていた感覚が引き戻された。
地面に両手をついて体をなんとか起こすと、頭を振りながら自分の状態を確認する。
ジゼルが咄嗟にかけてくれた防御魔法のお陰で、たいした怪我は負っていなかった。
ただ魔法を使った反動が、疲労感となってずっしりと重くのしかかっていた。
「…………」
僕はまだクラクラする頭を起こし、そばまで来たエルヴィスをじとりと睨んだ。
彼はそれを待っていたかのように、また喋り始める。
「だが、みんなを助けるなどという甘っちょろい考えでは、この先やっていけないぞ」
「……僕は蒼刻の魔術師だから、人の願いを叶えるのが本業です。無駄な犠牲は、誰も望んでません。その願いを叶えたまでです」
僕の返事を聞いて、エルヴィスがニヤリと笑った。
そして続いて何か言おうとした時だった。
僕が手をついている地面に、白銀に光る魔法陣が展開された。
みるみるうちに広がっていき、舞台をはみ出すほど大きくなっていく。
「これは……ジゼル!?」
慌てて彼女に目を向けると、ジゼルは手を組み合わせて目を固く閉じ、祈りを捧げていた。
口からは詩のような長い呪文が紡がれ続ける。
思わず聞き入っていると、突然彼女の声が止んだ。
ジゼルは小さく息を吸ってから青い瞳を見開き、最後の言葉を叫んだ。
「〝魂の祝福!!!!〟」
僕を心配し過ぎたジゼルが、最上級の回復魔法を放った。
まばゆい光があたり一面を覆い尽くす。
その威力は凄まじく、清らかな白銀の光を浴びた者は、もれなく体の不調や怪我が治っていった。
魔法の対象者である僕は全回復した。
風魔法で負った傷も綺麗に治っている。
「……最上級魔法なんて、初めてみた……」
座り込んだままの僕は、暖かい光に包まれている自分の体を見下ろしていた。
そこへ、駆け寄ってきたジゼルが飛び込む。
「うわーん!! ディラン、怪我は無い? 大丈夫??」
「う、うん。ジゼルの回復魔法で治ったよ」
「本当?」
しがみついているジゼルが顔を上げた。
僕を不安げに映すその目は、涙で潤んでいる。
「本当だよ。ありがとう」
「良かったぁ…………」
「わわっ!?」
ジゼルはふにゃっと笑うと、そのままコテンと僕に倒れ込んできた。
僕は慌てて抱き止める。
急いで彼女の顔を覗き込むと、スヤスヤと寝息を立てていた。
どうやら魔力切れで眠ってしまったらしい。
「……すごく頑張ってくれたんだね。おやすみ」
僕はホッとして体の力を抜いた。
……あれ?
何だか視線を感じるーー
僕は妙な空気に気がつき周りを見渡すと、エルヴィスを始め、みんなから熱心に見つめられていた。
多くの人がぽかんと口を開き、驚いてジゼルを見ている。
実は最上級魔法を扱える魔術師は、一握りしかいない。
それを放ったジゼルに驚嘆しているのだ。
僕も蒼刻の魔術師でありながら、系統外の上級魔法を披露したんだけど……
それを上回るの最上級魔法で、ジゼルが全部持っていってしまった。
**===========**
ジゼルが眠りに落ちた後、ひときわ騒いだのがエルヴィスだった。
「ジゼル様!? なんてことだ! 医療班を呼べ!!」
本当にジゼル様の大ファンなのだろう。
取り乱したエルヴィスが珍しすぎるのか、ライアンや周りの黒の魔術師は、面を食らって動けずにいた。
「何をしている!? 早くせんかっ!!」
エルヴィスが顔を赤くして怒り始めた時だった。
うるさかったのか、腕の中のジゼルが眉根を寄せてモゾモゾと動く。
「ジゼル起きた? 大丈夫?」
「…………ぅん。眠いけど……」
彼女がフラフラしながら体を起こした。
僕の肩をつかむジゼルを、背中に手を添えて支えてあげる。
するとまだ夢現なジゼルが、家での日向ぼっこでも思い出しているのか、僕にくっついて丸まりながら呟いた。
「早く帰りたいな……」
それを聞いたエルヴィスが大慌てで叫ぶ。
「馬車を! 馬車を手配しますので、それに乗って下さいっ!!」
ーーーーーー
ということで、僕とジゼルはエルヴィスが手配してくれた馬車に乗って『グランアラド聖堂』から家への帰路についていた。
ルークも帰る方向は同じだから誘ったのだけれど、エルヴィスが手配した馬車に乗るなんて、畏れ多いと断られた。
だから今日のお礼を告げて、彼とは別れてきた所だった。
僕は馬車に揺られながら、大変な1日だったなと振り返っていた。
すると、僕に寄りかかっているジゼルが顔を上げた。
「ディランの魔法凄かったね。前に蒼願の魔法で、神様に祈りを通じやすくしたからかな?」
「そうだろうね。僕もビックリしたんだ。神ガレオンティウス様をすごく近くに感じたし」
「……けど、みんなを守ろうとして、自分のことを大事にしないのは、やめて欲しいな……」
ジゼルがシュンと顔を伏せて、萎れてしまう。
「心配かけてごめん。魔法での戦いに慣れてなくて、無我夢中だったから……でも、ジゼルが助けてくれたから、どうにかなったよ。ありがとう」
感謝を込めて笑いかけると、チラリと僕を見たジゼルがおずおずと抱きついてきた。
「水の上級魔法を使った後に、ディランが倒れちゃったから……炎を浴びて大怪我したのかと思ったの……無事で良かったぁ」
ジゼルが僕の胸元に頬をすり寄せた。
そんな彼女を、僕も優しく抱きしめ返す。
「ありがとう。ジゼルの最上級の回復魔法も凄かったね」
「ディランを助けたくて私も必死だったから……本当に怪我はもう無い?」
心配症なジゼルが、僕が我慢して隠し事をしていないかと、瞳を覗き込む。
そんなジゼルに愛しさが溢れた。
僕を信じて、迷わずに想い続けてくれる。
そのけなげな姿が何よりもありがたくて。
こんなにも想ってもらえて、心が喜びで満ちていく。
返事をする代わりに、僕はジゼルの唇にそっとキスをした。
それからおでこ同士をくっ付けて、笑みをこぼす。
「大丈夫だよ。ありがとう」
僕は言葉では伝えきれないこの気持ちを込めて、ぎゅうっとジゼルを抱きしめた。
しばらく温もりを味わってから、案の定かたまっている彼女をそっと見下ろす。
「…………ぅぅ」
ジゼルは真っ赤になりながらも、ジッと何かに耐えていた。
その様子が可愛くて、思わず肩を揺らして笑ってしまった。
「あははっ! 逃げれないもんね。馬車の中だから」
「もう逃げないよっ。逃げてる間に、違う女の子を家に連れ込むんだもん……」
頬を赤く染めたままのジゼルが、僕を見てむくれた。
この前連れて帰った、フクロウのココのことを言っているんだろう。
ココは女の子と言うより、ただのフクロウなんだけど……
「酷い言われようだね」
僕はヤキモチを焼くジゼルが可愛くって、くすくす笑った。
「だって……」
ジゼルが眉を下げて口を尖らせた。
そんな彼女を、僕は無性に困らせたくなってしまった。
「じゃあ逃げないなら、何度かしても大丈夫?」
僕はまたジゼルにキスをした。
軽めのキスを何度か繰り返していると、突然ジゼルの両手で僕の口が押さえられた。
のぼせたように首まで赤くしたジゼルが、潤んだ目をちょっとだけひそませて僕を見ている。
「……何度かしても、大丈夫じゃない……です」
たじたじなジゼルが目をギュッとつむると、消え入りそうな声で告げた。




