46:魔法を習いに
僕はいつの間にか、エルヴィスの息子のライアンと戦うはめになった。
エルヴィスはジゼル・フォグリアの大ファンらしく、彼女の姿をしたジゼルにも、同じ感情を抱いているらしい。
それで、ジゼルの隣にいる資格があるか、僕はテストされるようだ。
ーーなんで??
今までの経緯を振り返ってみても、結局よく分からない。
黒の魔術師の訓練を、見学しに来てただけなのに。
若い人たちが励んでいて、ほほ笑ましいなって……
僕がついさっきまでの、のんびりした気持ちを思い返しながら舞台を見ると、若い人たちはすでに下がっていて、ライアンが立っていた。
僕がげんなりしていると、ルークが血相を変えて話しかけてきた。
「やばいぞ、ディラン。ライアンさんはもう少しで、ナンバー入りするってぐらいの実力者だ! エルヴィス様は、よっぽどディランを叩きのめしたいんだろうな。王族に肩入れする魔術師だから……」
「ナンバー入り?」
「黒の魔術師は、年に1度戦い合って、勝ち残った上位10名にナンバーがつくんだ」
「……へー」
僕は思わず遠くを見た。
え?
どういうこと?
ついていけないんだけど……
ふと熱い視線を感じてジゼルを見ると「怪我とかしたら、速攻で治すからっ!」と言われてしまった。
「うん……ありがとう」
弱々しく笑った僕は、しぶしぶ舞台に上がった。
他の黒の魔術師たちも何事かと思い、パラパラと訓練場に集まり始めた。
待ち構えていたライアンは、優しく笑って僕を迎え入れた。
「怪我をしないように手加減はするから。君は蒼刻の魔術師だから、戦いには不向きだろう?」
うーん。
優しさからなのか、見下されているのか……判断がつかない。
エルヴィス様みたいに、敵意はなさそうだけど。
「はい。お手柔らかにお願いします」
僕はとりあえずペコッと頭を下げた。
ライアンはニッコリ笑うと、早速僕に向けて手を掲げた。
そして高らかに呪文を唱える。
「〝水よ湧き上がれ!〟」
僕も慌てて手を上げた。
「〝防ぎ守れ!〟」
次の瞬間、ライアンの手の先から発生した激流が僕を包み込んだ。
けれど間一髪で、透明な壁が目前に構築されて、攻撃を防ぐ。
僕は思わず身をかがめて、ギュッと目を閉じた。
「あっっ……ぶなかった!」
しばらくしてから目を開けると、床には僕を起点に、左右に鋭く抉られたV字の跡が残っていた。
防御魔法が間に合わなければ、僕ごと削られていただろう。
…………本当に手加減してる?
めちゃくちゃ高威力の水魔法を、ぶつけられたんだけど。
蒼願の魔法で一般魔法を強化していたから、なんとか防げたけど……
床を見つめて唖然としている僕に向けて、ライアンが楽しそうに言った。
「ふーん。蒼刻の魔術師にしては、やるじゃないか」
彼が顔をかたむけて僕に笑顔を向ける。
お気に入りのオモチャを見つけたような、純粋無垢な笑顔を……
彼に敵意はない。
ないけれどあれは……戦闘狂だ!
なんで僕は、そんな人と戦っているのかな!?
相手の異常性にすくみ上がっている僕に、ライアンがゆっくりとにじり寄った。
思わず後退りした僕の背中を、冷や汗が流れていく。
対戦なんて学校の授業以来だ。
しかも相手は、攻撃魔法特化の黒の魔術師。
…………実は対戦の授業は、話にならない出来だったから、真面目に聞いたことがない。
だって蒼刻の魔術師だから!
攻撃魔法を駆使する予定が全くない、蒼刻の魔術師だから!!
僕が心の中で荒ぶっていると、相手が長い呪文を唱え始めた。
ライアンの周りを、フワリと風が駆け抜けたかと思うと、僕の足元に黒い魔法陣が展開される。
速い!
しかもこれはーー
上級魔法!?
僕は頭をフル回転させて、対上級魔法の防ぎ方の記憶を引っ張り出すと、ライアンに向かって魔法を放った。
「〝魔力を削げ!〟」
次に急いで自分に魔法をかける。
「〝魔力を高めろ!〟」
「〝防ぎーー〟」
僕の呪文の途中で、ライアンが笑うのが見えた。
彼はニヤリと笑った口を今度は大きく開くと、最後の呪文を唱えた。
「〝荒れ狂う疾風!!〟」
「〝ーー守れ!〟」
自分に2個目の魔法をかけ終える前に、相手の魔法が発動した。
突風が吹き荒れて僕に襲い掛かる。
「うわぁっ!!」
防御が遅れたぶん、その荒ぶる風を少しだけ浴びてしまった。
左側の頬と足が鋭い風で切り裂かれ、ナイフで切ったかのような傷を負う。
熱い痛みと共に、つぅっと血が頬を伝ったのを感じた。
幸い浅い傷だったものの、僕の心が一気に恐怖に染まる。
その時だったーー
「きゃあっ!」
「痛っ!!」
「大丈夫!?」
僕の背後から悲鳴が上がった。
振り向くと、さっきまでここで鍛錬に励んでいた何人かが、倒れ込んで身をよじっている。
痛みに苦しんでいる人はみな、僕よりも深い切り傷を負っていた。
僕が防御したライアンの風魔法が、軌道を逸らして後ろに飛んでいったのだ。
巻き込まれずに済んだ人たちが、すぐさま回復魔法をかけて救護にあたる。
その様子をチラリと見たエルヴィスは、彼らに言い放った。
「飛んできた攻撃魔法ぐらい避けれないとは……まだまだ未熟だな」
怪我を負った黒の魔術師たちは、痛みも忘れてその場に固まってしまった。
……嫌な感じだな。
僕が眉をひそめていると、ライアンからの怒号が飛ぶ。
「よそ見するなんて余裕だな! だったら次は全力でいかせてもらうぞ!!」
するとまた、彼は長い呪文を唱え始めた。
ライアンを中心とした足元に、円を描くように風が外へと駆け抜け、バサバサと黒いローブを揺らす。
対する僕の足元には、さっきより大きな黒い魔法陣が展開された。
「また高威力の魔法!? 周りがどうなるか考えてないのか!?」
思わず心の中で思ったことが口を突く。
僕はキッとライアンを睨むと、覚悟を決めて黒の魔法――攻撃魔法の呪文を初めて口にした。
途端に全身を鋭い魔力が駆け巡り、僕は目を見張った。
思わず胸の前で広げた両手を交互に見つめると、グッと握りしめてから目を閉じる。
そしてその手を静かに下ろすと、神ガレオンティウス様に祈りを捧げた。
これまでは水の中で語りかけている感じだったのに、今はハッキリと相手の存在を感じる!
そうかこれが、タナエル王子が言ってたことなんだ!
感動した僕がさらに強く祈ると、その祈りが神に届いたのか、今度は大きな力が託された。
すごい!
この力は……上級魔法!
『神ガレオンティウス様に祈る時は、自身の体に宿ってもらうようにイメージするんだ。そして体の更なる内から力を放出するように』
僕はさっき聞いた言葉を思い出しながら、より意識を集中させた。
ーーーーーー
それまでベンチに座って観戦していたジゼルは、大きな魔法陣の出現に驚くと、立ち上がって食い入るように舞台を見つめた。
同じく異様な雰囲気を察知したルークが、青ざめながらジゼルに伝える。
「ライアンさんのあの魔法はやばい! ジゼルちゃん逃げよう!」
「待って! ディランが上級魔法を展開し出したから! ……初めて見るの。ディランが魔法で出現させた魔法陣を……!」
ジゼルは見惚れているかのように、じっとディランの足元を見ていた。
それは大きく広がっていき、やがて舞台の端に届くほどになった。
「あっ……!」
何かに気付いたジゼルが、ディランに向けて手を掲げた。
逃げ腰になっているルークが、気を動転させながら聞く。
「何をするんだ!?」
「ディランに防御魔法をかけるの!〝防ぎ守れ!〟」
ジゼルが呪文を唱えたと同時に、ライアンが最後の呪文を唱えた。
「〝聳え立つ猛火!!〟」
最大火力の炎の魔法が、舞台上を一瞬にして火の海に変える。
すぐに広範囲に広がっていき、周りで見守る人たちにも炎が迫るその瞬間に、ディランの声がした。
「〝荘厳な水簾!!〟」
彼が展開していた魔法陣の縁から、水が一気に天へと駆け上った。
舞台が水の壁に覆われて、何も見えなくなってしまう。
けれど同時に、あれだけの威力を持った炎を、見事に封じ込んだ。
「ディラン!!」
ジゼルがめい一杯叫ぶ。
ディランが心配な彼女は、今にも水の壁に突っ込んでいきそうだ。
そんなジゼルの腕をルークが慌てて掴む。
「ジゼルちゃん危ないって! てか、この水はディランが出したのか? すげーな……」
「ディランは、周りのみんなを守ることを優先したの! 自分の防御はかなぐり捨てて。私の防御魔法が間に合ってなければ……炎が直撃しちゃってるかも」
ジゼルが半泣きでルークに訴えかけた。
「へっ!?」
ルークも目を見開くと、すぐさま舞台上を見た。
けれど水の壁が隙間なく並ぶそこは、中がどうなっているのか分からない。
「あいつ……」
もどかしそうにルークが呟いた。




