45:魔法を習いに
「ジゼルちゃん、久しぶりー!」
黒色のローブを羽織ったルークが、遠くで大きく手を振っていた。
僕の隣にいるジゼルが遠慮がちに手を振ると、彼は嬉しそうに小走りで近付いてくる。
僕らの前までくると、ジゼルに向かってデレっと笑った。
「お久しぶりです。ルークさん」
「今日も可愛いね! 早速だけど、こっちこっち!」
ルークはくるりと背中を向けると、いそいそと来た道を引き返した。
ジゼルが僕を困惑気味に見ながらも、ルークの後に続いた。
僕もジゼルの隣に並び、彼についていく。
「ルーク、僕も居るんだけど……見えてる?」
「見えてるぜ。なんだよ……2人して蒼いローブ着て、ペア感アピールしてさ!」
「……式典の時からそうだったでしょ。ここにいるのは黒いローブの人ばっかりだから、ルークとペア感ある人いっぱいいるよ」
「そういう話じゃないっ!」
僕とルークがいつものように喋っていると、ジゼルがくすくすと笑っていた。
今日は黒の魔術師の本拠地である『グランアラド聖堂』と呼ばれる施設に来ていた。
広大な土地の中心に、黒の魔法の神ガレオンティウスを祀る聖堂が建っており、そのまわりに研究所や競技場、訓練場や合宿場などが集まっている場所だった。
一般魔法を磨いておけとタナエル王子に言われた僕は、黒の魔術師の訓練を見学に来たのだ。
ルークに案内された僕らは、訓練場のエリアに入った。
ひらけた野外に四角い舞台があり、その周りに石で出来たベンチが並んでいる。
その1つに、ジゼルを真ん中にして3人で座った。
舞台の上では、学生ぐらいの若い子たちが、上級の魔法を教わっている最中だった。
「いいか、神ガレオンティウス様に祈る時は、自身の体に宿ってもらうようにイメージするんだ。そして体の更なる内から力を放出するように!」
「「はい!」」
小気味の良い返事が訓練場に響くと、それぞれが呪文の詠唱をして魔法陣を展開し始めた。
僕はその様子を感心しながら眺めていた。
「ふーん。黒の魔法は、祈る時そんな感じなんだ」
そう言って隣のジゼルを見る。
僕の視線に気付いた彼女が、目をぱちぱちさせながら続きを待った。
「白の魔法はどんな感じなの?」
「えーっと……女神セルフィーダ様に後ろに立ってもらう感じかな? こう、両肩を持ってもらうような……?」
ジゼルが首をかしげながら答えた。
その奥からルークが僕に尋ねる。
「蒼の魔法は?」
「……力を借りるので、見守っていて下さいって感じかなぁ」
すると納得したようにジゼルが答えた。
「メアルフェザー様は、蒼い月にいるもんね。月から見守ってもらう感じだよね」
「え?」
僕は間の抜けた声をあげた。
「え??」
ジゼルが僕よりもっと驚いて、2人して困惑した表情で見つめ合った。
「蒼い月にいる?」
「違うの? ……前にメアルフェザー様を脳裏で見た時に、そう感じたの。それに、蒼い月が出てる時しか蒼願の魔法が使えないのは、メアルフェザー様がそこにいるからじゃ……」
「あー…………言われてみれば、そうかも」
…………
ジゼルのこの感じだと、メアルフェザー様は蒼い月に実存してるってこと?
てっきり神様みたいに、抽象的な存在かと……
??
僕がジゼルの青い瞳を見つめて考え込んでいると、呆れたルークの声が飛んできた。
「出たよ。ディランの自分に対しては適当な感じ。なんでそんなふわっとした感覚だけで、魔法が使えてるんだよ」
「魔法を使う時に、祈る対象がどこにいるかなんて、気にしたことなかったから……ルークはしてる?」
「まぁ、一応? 神様だから天界だろ?」
「……それこそふわっとしてない?」
「たしかに……」
「…………」
僕は〝一緒ぐらい適当じゃん〟とルークに胡乱な目を向ける。
彼が言うように、僕たち蒼刻の魔術師は適当な性格が多い。
だから自分たちの魔法についても、あまり分かっていない。
全てを知っていそうなのは……タナエル王子ぐらいだ。
……末恐ろしい。
僕が人知れず青ざめていると、背後から声がした。
「君がジゼル・フォグリア様の生まれ変わりの、ジゼル様かい?」
振り向くと、体格の良い壮年の男性が立っていた。
ジゼルが立ち上がり、男性と向き合う。
「……生まれ変わりというか、容姿と記憶をジゼル・フォグリアさんの物をお借りしております。エルヴィス様」
彼女がペコリと頭を下げた。
驚いたルークも慌てて立ち上がり、ジゼルに続いて礼をする。
僕も2人に倣い、それに続いた。
この人は黒い魔術師のトップのお方だ。
そんな偉い人が、ジゼルにわざわざ会いに来ていた。
なんでだろう?
僕が顔を上げてエルヴィスの様子を窺うと、彼はニッコリ笑ってジゼルをずっと見ていた。
「すごい。若いころのジゼル様に会えるなんて……せっかくだから、場所を移して、きちんとおもてなしがしたい。よろしいでしょうか?」
「ありがとうございます。ですが本日は、こちらの蒼刻の魔術師ディランに付き添って来ただけなので、また今度の機会に……」
ジゼルがたじたじになりながらも丁寧に断ると、助けを求めて僕を見た。
その時になってようやくエルヴィスは、僕がいることに気付いたようで、ハッとした目を向けた。
「……お前は、タナエル王子の専属になった魔術師だな。ふん。王族の犬に成り下がった魔術師か」
エルヴィスが苦々しい顔を僕に向ける。
ジゼルが僕を庇うためにそっと告げた。
「あの、私もタナエル王子の専属ですよ」
「ジゼル様は違いますよ! 例え王太子の専属でも、ジゼル様はジゼル様です。唯我独尊!」
エルヴィスがジゼルに向かってニコニコ顔を向け続ける。
すごい。
清々しいほどのダブルスタンダード……
そして滲み出る、ジゼル・フォグリアへの熱狂的な敬慕。
ジゼルが苦笑を返してあげると、安心したエルヴィスがまた僕に冷たい目つきを向けた。
「どれ。ジゼル様のお傍にいるのに相応しいか、テストしてやろう。息子のライアンを倒してみろ」
その言葉を待っていたかのように、エルヴィスの背後から爽やかな青年がスッと出てきた。
「ディランくんだっけ? よろしくね」
無骨なエルヴィスとは似ても似つかない好青年が、ニコリと笑った。
「……え? なんでこんな展開になるの??」
置いてけぼりの僕は、きょとんとしたまま素直な言葉をこぼしていた。




