43:王子の命令という名の願い
魔法で出現させた羽ペンを受け取ったタナエル王子が、さっそく宙に文字を書き始めた。
さすが王太子様。
文字まで美しい。
僕は黄金に輝く滑らかな曲線が、綺麗に整列していく様子を、うっとりと目を奪われたまま見つめていた。
王子は一通り書き終えると、僕らに向かって講義を始める。
「蒼の魔法はさっき言ったように、魔法陣を介して祈りを捧げる。けれど他の系統にその方法は上手くいかない。これを上手くするにはーーーー」
小難しい魔術の話が続いた。
……タナエル王子は、これほどまでの内容を、どこで知ったのだろうか?
王子はああ言っていたけれど、魔法学校でも習ったことのない内容だった。
あのジゼルでさえ、驚きが隠せない表情を浮かべている。
彼女は教師まで務めた魔術のプロである、ジゼル・フォグリアの記憶を持っているのに……
「ーーという訳だ。私の考えが正しければ、これでディランも、他の系統の魔法を普通に使える。……おそらく一般的な魔術師よりも、高威力のものがな」
タナエル王子が、美しいほどの悪どい笑みを浮かべて続けた。
「そこでだ、より蒼願の魔法の効力を高めるために、この前みたいにジゼルも祈ってくれ」
「!!」
名指しされたジゼルの背筋が思わず伸びる。
そして彼女は、ゆっくりと僕を見た。
「……ディランは……強い魔術師になりたいの?」
僕の嫌がることはしたくないジゼルが、眉を下げて心配そうに聞く。
僕が答えようとすると、タナエル王子が口を挟んだ。
「ジゼルは悔しくないのか? ディランに1番近しいから、よく分かっているだろう? 本当はすごい魔術師だと。普通の魔法が大したことないからって見下すような奴らを、見返したくないのか?」
「!? すごい魔術師だって、分かってもらいたいです!!」
興奮気味のジゼルが、胸の前で小さな拳をぎゅっと握りしめて言い切った。
「じゃあ決まりだな」
タナエル王子が僕と目を合わせ、あごで魔法陣がある場所を指し示す。
「…………」
僕も続いて魔法陣の方を見た。
絶句したまま固まる僕に、ジゼルがすかさず声をかけた。
「大丈夫だよ。他の魔術師と同じようになるだけ……神様に祈りが、伝わりやすくなるだけだから!」
励ましてくれるジゼルの目が、爛々としていた。
……僕を過剰に信じてくれる、2人の圧がすごい。
観念した僕は、最後に王子に質問した。
「タナエル王子、僕を強い魔術師にして何をするつもりですか?」
「これを聞くと、ディランの性格的に嫌とは言えなくなるぞ」
「え? まだ拒否できる感じなんですか?」
「いや、全く。言葉の綾だ」
「…………」
僕はついジト目で、タナエル王子の次の言葉を待った。
するとさっきまでとは違い、張り詰めた空気を王子が醸し出す。
「つい最近、娶りたい姫を見つけたんだ。その姫を…………」
娶りたい!?
と驚いた僕の心が、すぐに鎮った。
目を伏せて一呼吸おくタナエル王子が、悲しげな表情を浮かべたからだ。
……初めて見る表情だ。
けれど次には、彼の力強い視線に僕は射抜かれていた。
「救い出すためだ」
「…………」
僕は王子の強い意志に、圧倒されて言葉を失った。
そして彼の言った通り、誰かを救いたいと願うその気持ちを前にして、断れるわけがなかった。
ーーーーーー
僕は魔法陣の上に立って深呼吸をした。
ジゼルが魔法陣の外で僕と向かい合って立ち、指を組んで祈るように手を合わせた。
意気揚々と目を閉じる彼女が、心なしかほのかに淡く光って見える。
ソファに座るタナエル王子を見ると、腕も足も組み、うつむいたまま目を閉じていた。
僕は静かに気持ちを固めて、瞼をゆっくり下ろした。
おもむろに口を開き、呪文を紡ぐ。
〝人から向けられた願い〟を叶えることができる、蒼刻の魔術師だけが使える特別な魔法。
僕が1番、この魔法を恐れているのかもしれない。
そう思いながら、僕に向けられた思いに意識を向けた。
すると、探さなくてもすぐに分かるほどの力強い思いがあった。
タナエル王子とジゼルが、それだけ僕を信じてくれていることは、素直に嬉しい。
僕は前にしたみたいに、2人の思いを丁寧に掬い上げていった。
……大きな力を持つのはやっぱり怖いけど、求めている人がいるなら役立てよう。
僕が魔法で、人を幸せにしたい思いは変わらない。
だから、見守っていて下さい。
メアルフェザー様。
ーーーーーー
自分に蒼願の魔法をかけ終わった僕は、ゆっくりと目を開けた。
「…………終わりました」
僕の呼びかけに応じて、2人も静かに顔を上げる。
タナエル王子が、僕を上から下までしげしげと眺めてから言った。
「見た目では、変わったのか分からないな。まぁいいだろう。次の私からの指示があるまでに、普通の魔法を強化しておくように」
「え??」
僕が首をかしげると、王子の視線がまた氷のような眼差しに変わった。
そして呆れ返ったまま、彼が何か言おうと息を吸う。
無理難題が飛び出す!
と直感した僕は、慌てて遮った。
「あ、強化ですねっ! 分かりました!」
「…………では、準備を念入りにしておくように」
何か言いたそうに僕を見たタナエル王子だったけれど、それだけ言うと、護衛を引き連れて足早に出て行ってしまった。




