41:せめて夢で会っていたくて
「それで、今日はどうしたの?」
紅茶とお茶菓子をローテーブルに置き、ソファに腰を下ろした僕は、向かいのレシアに話しかけた。
蒼願の魔法について、だとは分かっている。
夢の中でロジャーに毎日会うことを、どうにかしたいだろうけど……
身構える僕とは裏腹に、ニッコリと人懐っこく笑ったレシアが言った。
「お礼を言いにきたの。私の願いを叶えてくれて、改めてありがとうって」
頬を赤くして笑う彼女は、幸せそうだった。
レシアは満ち足りた表情で「いただきます」と小さく言うと、紅茶のカップに手を伸ばす。
少しは責められるかと構えていた僕は、彼女の様子に緊張がほどけた。
「……夢でロジャーさんに会うことが?」
「うん。それに夢の中での出来事もありがとう。蒼願の魔法ってすごいね。学校で習ってはいたけど、こんな摩訶不思議なことが起こせるんだ」
「実は……蒼の魔法と紫の魔法は共鳴するらしくて、本人達にも分からない効果を発揮するそうなんだ。それで僕とジゼルも、予想外にレシアの夢の中に入ってしまって……」
「え? ……あぁ、あれが……」
レシアが夢の中で見た共鳴魔法を思い出したのか、宙に向かって頷いていた。
「……それで蒼願の魔法も、今回特に効力が強いかも……」
僕はロジャーの事を思い、バツの悪い顔をした。
彼には口が裂けても言えない可能性だった。
「そうなんだ。手を合わせてみてくれる?」
レシアが左の手のひらを、僕に見せるように伸ばしてきた。
「?? こう?」
僕は、彼女のその手に自分の右手をピッタリと合わせる。
レシアは少しうつむくと、何かを探るように視線を彷徨わせた。
それから顔をあげて、僕にほほ笑みかける。
「本当だ。私たちの魔力の相性ばっちりだね。ここまで合う人って、なかなかいないよ」
彼女は紫の魔術師。
大まかに言うと、人の内側に作用する魔法が得意だ。
手を合わすことによって、何かが読み取れるのだろう。
初めてそばで体感する紫の魔法に、僕が感心しきって見つめていると、楽しそうに笑うレシアと目が合った。
僕は思わず照れて目を逸らした。
……いつ、手を離したらいいんだろう?
彼女との会話も途切れて余計に気恥ずかしくなった僕は、胸の奥で引っかかっていたことを、つい口にしてしまっていた
「あの……レシアは、毎日夢でロジャーさんに会ってて……辛くはない?」
レシアは、僕と合わせていた手をそっと離した。
自分の肘を抱きかかえるようにして腕を組むと、そのまま僕にずいっと近付く。
……谷間が強調されて、目のやり場に困るんですけど。
反射的に視線を逸らす僕に構わず、レシアが喋り始めた。
「今とっても幸せなんだよ。だって、私が強く願っていた『せめて夢の中でずっと会っていたい』を、叶えてもらったんだもの」
「…………」
僕がチラリとレシアを見ると、彼女は可愛らしくニヤリと笑っていた。
「夢の中だけでも、私だけを見ていて欲しかったんだ。おかげで寂しい夜を過ごさずにすんでいるの」
そしてたっぷり間を置いてから僕に告げた。
「ーー本当にありがとう。蒼刻の魔術師さん」
「どう……いたしまして」
どうやら僕の蒼願の魔法は、レシアを幸せにすることは出来たようだった。
ーーーーーー
レシアは本当にお礼を伝えに来ただけだった。
目的を果たした彼女が帰ることになったので、僕は店先まで見送りに出た。
先に外に出ていたレシアが「そうそう」と言って僕に振り向く。
それからふいに顔を近付けてきたので、ドキッとしていると、レシアが自分の口元に手を添えて耳打ちをしてきた。
「さっき手を合わせた時に、ディランの未来をちょっとだけ読んじゃったんだけど……何か揉め事が起こった時は、素直に謝った方がいいみたいだよ」
「え? 揉め事??」
レシアとの距離の近さと甘い匂いに、ポーッとしながら返す。
彼女はいたずらっぽく笑うと、身をひるがえして軽やかに去っていった。
「さようなら。またね」
大きく手を振り朗らかに笑う彼女の姿が、次第に小さくなっていった。
僕は誰に言うわけでもなく、ボソボソと唸った。
「……閉じ込めたくなるロジャーの気持ちが、ちょっと分かるかも……あれは……危ない」
レシア本人は自覚が無いのだろうけど、勘違いした男性がたくさん言い寄ってきそうだ。
それほど彼女は、無防備で無邪気で……魔性だ。
けれど……
形はどうであれ、僕の魔法で幸せになった姿が見れて良かった……かな?
レシアのあふれる笑顔のお陰で、僕の心のモヤが少しだけ晴れていた。
その時、僕は背後から声をかけられた。
「ディラン……どういうこと!?」
買い物から帰ってきたジゼルだった。
「どういうことって??」
「なんでレシアさんが店から出てきたの!? あんなにくっついて何をしてたの!? なんかデレデレしてるしっ!!」
顔を真っ赤にして怒るジゼルからの、質問攻めを受けた。
僕はレシアの言葉を思い出す。
〝何か揉め事が起こった時は〟ってこれかぁ……
僕はプンプン怒るジゼルに苦笑を返しながらも、謝り倒す心づもりをした。




