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『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


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40:せめて夢で会っていたくて


 レシアの夢の世界から帰ってきて数日後、僕とジゼルは珍しく昼間の店にいた。

 この日は気が向いたので、店内を念入りに掃除していたからだ。


 窓という窓を開け放ち、ジゼルは掃除用の箒で床を履いていた。

 僕は彼女が作業しやすいように、大きな家具を動かしていく。

 その最中に、壁に掛かる時計がふと目についた。

 普段は気にも留めない時計が、レシアの夢の中での出来事を思い起こさせる。

 

 ……あの2人はどうなったんだろう?


 ちょうどそんなことを思っている時だった。


「ディランくん!」

 店の扉を開け放ったロジャーが、転がるように入り込んできた。


「ロジャーさん!? そんなに慌ててどうしたんですか?」

 驚いて(まばた)きを繰り返す僕に、ロジャーが詰め寄る。

「この魔法を解いて欲しいんだ!」

「えぇ!?」

「今すぐにっ!! ……うわっ!?」

 僕を掴もうとしたロジャーの手が、見えない壁に弾かれた。

 契約魔法が反応したのだ。

 彼の勢いが良すぎて、僕に危害を加えるとみなされたのだろう。




 ひとまずロジャーには落ち着いてもらって、僕は掃除の途中だった談話スペースを整えた。

 ソファに向かい合って座ると、待ちきれなかった彼がすぐに喋り出す。

「君に魔法をかけてもらってから、毎晩夢で会うんだっ」


 紅茶を淹れに行こうとしたジゼルが、ロジャーの様子にギョッとして足を止めた。

 それから僕の隣の椅子にそろりと座った。

 この様子だと、おもてなしどころじゃないと考えたのだろう。

 僕はジゼルを横目で見た後に、青ざめながらロジャーに聞く。


「……誰に会うんですか……もしかして」

「そうなんだ。レシアに会うんだ」

 彼がしっかりと頷いた。


 夢で会う。

 毎日……


 …………っなんてことだ!

 『せめて夢の中で会っていたい』の()()()は……

 全ての夢!?

 

 僕は強張った顔のまま、弱々しい声で説明した。

「……僕の魔法は、契約魔法を交わした時に説明したように、解くことが出来ません……」

 

 途端にロジャーの表情が悲痛なものに変わる。

「そんな!? この呪縛がいつまでも続くのか!?」

「…………誰かに『普通の夢が見れますように』と強く願ってもらうことで、レシアさんの夢を見なくなるかもしれません。結婚相手の方に願ってもらうとか……」

 居た堪れなくなった僕は、解除に似た方法を提示した。

 上手くいくか分からないけれど。


 しかしロジャーは項垂(うなだ)れてしまった。

「アイビーとは別れてしまったんだよ。眠れなくなったボクが、ずっと上の空で彼女の相手もままならないから……愛想を尽かされたんだ」

 彼が両手で顔を覆いながら続ける。

「やっと普通の幸せを手に入れたと思ったのに……」


 僕が思わずジゼルを見ると、彼女も同じタイミングでこちらを見た。

 2人して目を丸めて見つめ合う。


 そんな僕らを気にすることなく、ロジャーの嘆きは続いた。

「どうしたらいいんだ。……眠るのが……怖い」

「…………」

 僕は何もかける言葉が無かった。


 蒼願の魔法がロジャーにとって……


 呪いになってしまった。

 



 **===========**


 それからまた数日後。

 今日はジゼルが買い物に出掛けており、僕は1人で家に居た。


 ロジャーに『呪い』をかけてしまった僕は、あれからずっと落ち込んでいた。

 あの時こうすれば良かった、ああすれば良かったと、今更どうしようもない事を悶々と考え続けてしまう。

 ネガティブな思考のループから抜け出せなくなった僕は、何とか考えないように努めてはいた。


 ちょうどその時、店のドアノッカーをカンカンと叩く音が家に響いた。

「すみませんー」

 若い女性の声も続く。


「はい、何でしょうか?」

 僕が扉を開けて出迎えると、そこにはレシアが立っていた。


「こんにちは」

 レシアは、この前会った時よりも明らかに元気になっており、こけていた頬もふっくらしていた。

 肌の色艶も戻り、にこやかに笑う彼女は、どことなく妖艶な美女だった。


「こんにちは。ひとまずこちらへどうぞ」

 僕はレシアが店内に入るように、身を引いて促した。

「ありがとう。今日はお喋りしに来たから、そんなに畏まらなくていいよ。私も緊張しちゃうから、普通に喋ってくれない?」

 彼女はクスリと笑いながら、中に足を踏み入れた。

 

 今日のレシアは、胸元が広めに空いた、タイトなロングワンピースを着ていた。

 体の美しい曲線を見せつけるそれは、彼女の蠱惑的な雰囲気と相まって、とても似合っている。


「じゃあ、落ち着くソファで話そうか」

 僕はレシアのお言葉に甘えて、普段通りの話し方に切り替えた。

 お客様が1人の時は、たいていカウンターで話すけれど、今日は彼女がゆっくり話したそうなので場所も変えてみた。


 レシアはこくりと頷くと、談話スペースへと案内する僕に、静かについて来るのだった。



 

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