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『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


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37:眠り姫の最後の夢 


 何も見えない暗闇の中を、僕は前から聞こえる足音だけを頼りに走っていた。

 けれど次第に目の前が、黒から灰色へと変わっていく。

 あの妖しげな頭上の時計が、僕たちを煌々(こうこう)と照らし始めたからだ。


 どこまでも続く灰色の空間を、僕は睨むように目を凝らす。

 すると遥か前を走るレシアと、そのあとを追いかけるロジャーの姿を捉える事が出来た。


 僕は2人に追いつきたくて、必死に足を動かす。

 そうやって長く走っているのに、不思議と疲れることはなかった。

 ここがレシアの夢の世界だからかもしれない。

 

 チラリと後ろを振り返ると、ジゼルも同じように一定のリズムで駆けていた。

 彼女が不意に下を向いて驚く。

 僕もつられて地面に目を落とし、そのまま視線を前に滑らせると、細くて長い黒蛇みたいな道が現れた。


 それに導かれるように、僕らは走っていく。

 道の脇の空中には、まるで大きな絵画のような四角い枠が、ところどころに浮かび上がった。




 走りながら1番近くの枠に目を向けると、それは絵ではなく、()()()()()()()だったーーーー


 枠の中に浮かぶ記憶の世界で、幼いレシアとロジャーが広い庭を一緒に走り回っている。

 2人でいるだけで楽しいというような、屈託のない笑顔を浮かべ、大きな口を開けて揺れていた。

 どこまでも幸せで、優しい彼らの世界が広がっていた……


 すると2人ともピタリと止まり、動かなくなった。

 満面の笑みを浮かべた2人が、それこそ絵画のように宙に飾られている。


 …………


 音の無い記憶だったけれど、その楽しげな笑い声が今にも聞こえてきそうだった。

 



 僕は複雑な気持ちで、その四角い枠の前を通り過ぎた。

 気を取り直して前を向くと、2つ目の枠が浮かんでいたーーーー


 少年少女になったレシアとロジャーが、彼の家の庭にある白い木製のベンチで、手を繋ぎながら星空を見上げていた。

 何かを話す彼らが、ふとした拍子に顔を見合わせては、イタズラっぽく笑い合う。

 

 クスクスと笑い終えたレシアが、また星空を仰いだ。

 星に負けないほど目をキラキラさせる彼女を、ロジャーが愛おしそうに見つめる。

 そのまま少しだけ言葉を交わすと、ロジャーがレシアに顔を近づけて唇を重ねた。

 レシアが顔を真っ赤にして固まっている。

 彼女を見たロジャーが、さっきみたいにイタズラっぽく笑った……


 そこで思い出が止まった。


 …………


 僕まで甘酸っぱい気持ちになって、照れてしまった。


 ……前を行くロジャーも見てるはずなんだけど、レシアはわざと見せているのだろうか?


 


 そんなことを考えて走り続けていると、次の四角い枠が見えてきたーーーー

 

 大人になった2人が、レシアの部屋のベッドに横並びで座っている。

 お互い相手にもたれかかりながら、大きな窓から夜空を眺めていた。

 レシアがおずおずとロジャーに何かを伝えると、体を起こして彼を見つめる。

 穏やかに笑ったロジャーが喋ると、レシアが頬を染めて花が綻ぶように笑った。

 月明かりに照らされたレシアの目元には、光るものが見えた。


 そしてレシアも、ロジャーに向かって何かを伝える。

 するとワァッと喜んだ彼が、レシアを思わずといったように抱きしめた。

 レシアも幸せそうに目を細めると、ロジャーの背中に手を回した。


 喜びに満ちあふれる恋人たちの笑顔で、思い出は止まった。


 …………


 3つ目の四角い枠を通り過ぎた僕は、幸せすぎる2人を見て心が痛んだ。


 だって、結末を知ってるから……




 けれど次の四角い枠が、すぐに僕を待ち受けていたーーーー


 今の姿に近くなった2人が、白い木製のベンチに座っていた。

 夕暮れ時なのか、辺りは薄っすらと暗くなっている。

 2人は浮かない顔をし、目を合わせることもしなかった。

 ロジャーが何かを喋り続けている。

 レシアはただうつむいて、自分の膝を見つめるだけ。

 やがて彼は目を閉じて一言だけ告げると、椅子から立ち上がり、レシアを見ること無く去っていった。

 途端に泣き崩れるレシア。

 

 彼女の泣き顔を最後に、思い出は止まった。

 

 …………


 僕には彼女の悲痛な泣き声が、聞こえた気がした。

 レシアの発言とこの思い出。

 そして彼女の家に溢れている、ペアの食器や生活品。


 ロジャーと一緒になれると信じていたんだ。

 別れを告げられた時は、どんなに悲しくて苦しかっただろうに。




 僕が胸を詰まらせていると、最後の四角い枠が近付いてきたーーーー


 泣き腫らした瞳のレシアが、自室のベッドに腰掛けて、窓から見える星空を熱心に眺めていた。

 蒼い月も浮かんでおり、彼女の部屋は偶然にも今日みたいに蒼色に染まっている。

 レシアはゆっくり手を組み合わせると、その両手を胸の前に掲げた。

 口を開き、何かの言葉を一生懸命紡ぎ始める。

 祈りを捧げるように彼女が目を閉じると、涙が頬を伝った。


 蒼い月明かりを浴びるその姿は、神秘的で美しかった。


 ……長い長い詠唱が終わると、レシアが後ろに倒れてベッドにその身を預ける。

 彼女はピクリとも動かなくなり、深い深い眠りへ落ちていった……


 終わりを告げるかのように、四角い枠の中が初めて真っ黒に変わった。


 …………


 レシアの人生を追体験し、彼女の気持ちに深く共感してしまった。

 どうしても感情移入し過ぎてしまって、心が苦しい。


 ジゼルが心配になって後ろを振り向くと、彼女は涙を手の甲でぬぐいながら駆けていた。


「……グスグス……うぅぅ……」

 人一倍優しい彼女は、レシアと同じ心の痛みを感じているのだろう。

 



 僕は前を行く2人を見つめた。


 レシアは……ロジャーに改めて自分たちの思い出を見せたかったのかな?

 伝えたかったのかな?

 愛していたことを。


 切ない気持ちで僕が見ていると、ロジャーがレシアに追いつき、彼女の肩を掴んだ。


「レシア!」

「っ!?」


 強引に肩を引き寄せ、レシアを自分の方へと振り向かせる。

 その衝撃で彼女の涙が舞い散り、キラキラ光りながらゆっくりと落ちていった。


 けれど地面につく前に雫が突然光り輝き、ロジャーとレシアを瞬時に包み込んだ。

 強烈な光が瞬く間に広がり、辺りを飲み込んでいく。

 白んでいく光景の中で、僕は息を呑んだ。

 

 また、空間が変わる!?


 そう思った瞬間、光に満たされて何も見えなくなった。

 頭上の時計がギギギと動く音だけが、微かに聞こえた気がした。

 




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