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『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


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36:眠り姫の最後の夢


 気が付くと、僕は麗らかな日差しの中、どこかの野原に立っていた。

 僕の小脇には、咄嗟に抱きついたままのジゼルがいる。

 彼女は目をぱちぱちさせながら、あたりを窺っていた。


 どこからか小鳥のさえずりが聞こえ、綺麗な蝶々が目の前をゆっくり飛んで行った。

 それを目で追った先には、びっくりした表情のロジャーが立ち尽くしており、ゆっくり僕と目を合わせた。


「ここは……レシアの夢の中なのか?」

 ロジャーが僕に尋ねた。

「……おそらく……」

「君たちもついて来たの?」

「……どうやらレシアさんと共鳴して、僕らも引っ張られてしまったようです」


 そう答えている僕自身ですら、にわかには信じられなかった。

 紫の魔術師も、蒼刻の魔術師と同じぐらい人数が少ない。

 だから父さんに注意しろとは言われていたけれど、式典でほんのたまに見かける時以外は、全く気にしてなかった。


「ジゼルも連れて来ちゃったね」

 僕は申し訳なさそうに彼女を見た。

「……一緒に来れて良かった。私だけ残ってたら、心配すぎて嫌だもん」

 ジゼルはニッコリ笑ってくれた。

 彼女の強い優しさが、いつものように僕に前を向かせてくれる。

 感謝の気持ちを込めてジゼルに笑い返してから、僕はまたあたりを眺めた。


 ……これからどうすればいいんだろう?


 どこまでも広がる穏やかな野原には、素朴な花が咲き乱れており、心のなごむ風景だった。

 安寧を求めるレシアの気持ちが、反映しているのだろうか?

 

 すると遠くから、楽しそうな男女の笑い声が聞こえてきた。

 声がした方に目を向けると、遠くにある小川の向こうで、その男女が寄り添って歩いている。


「……レシアだ」

 ロジャーがポツリと呟いてから駆け出した。

 僕とジゼルも走って彼についていった。




 小川に近付くと、幸せそうに笑うレシアが見えた。


 彼女は丈の長い白いワンピースを着ており、豊かなダークアッシュの髪は綺麗に結い上げていた。

 その頭には、野原に咲く素朴な花が可憐に飾り付けられている。

 レシアの隣には、白いシャツとズボンを着た()()()()()()()()がいた。

 仲睦まじそうに腕を組んだ2人は、ゆっくりどこかへ向かって歩いている。

 

 時折り、彼らは幸せそうに見つめ合い、笑みをこぼす。

 幸福に包まれた2人だけの世界ーー


 その様子が…………

 僕には、ささやかな結婚式に見えた。




 本物のロジャーが小川を飛び越えて、2人の世界に割り込んだ。

 彼がレシア達の前に立ちはだかると、新郎新婦はピタリと止まって笑みを消した。

 

 夢の中のロジャーがレシアを自分の背後に隠し、僕らを威嚇するように睨みつけてくる。

 守られているレシアは、青ざめた顔をして顔を伏せていた。

 そんな彼女に向けて、本物のロジャーが喋りかける。


「レシア、迎えに来たんだ。一緒に帰ろう」

 

 ハッとしたレシアが、本物のロジャーを(いぶか)しげに見つめた。


「何で()()()()がここにいるの?」


 ーーーーーー




 一瞬にして、あたりが真っ暗になった。

 何も見えずに狼狽(うろた)えていると、僕の足元に白くて丸い光が浮かんだ。

 けれどリンゴぐらいのその光は、すぐに消えてしまう。

 すると今度はジゼルの近くの地面が光った。

 そうして丸い光が、場所を変えては光って消えて……

 数も徐々に多くなり、光の点滅がいろいろな所で繰り返し繰り返し起きた。


 ランダムに丸く光る床は、まるで光の雨が降っているみたいだ。

 僕たちの姿が、その光に下からぼんやりと照らし出される。


 レシアを見ると、夢の中のロジャーは居なくなっており、1人でポツンと立っていた。

 うつむく彼女の白い洋服が、裾からじわじわと黒く変化した。

 下から上へと服が黒く染まり上がると、レシアの結い上げていた髪が(ほど)けてハラリと落ちる。

 長い髪が彼女を守るように、ふんわりと体を覆った。


「一緒に帰ろうって……私を選んでくれるの?」


 レシアは無表情でロジャーを見つめていた。

 目にはいっぱいの涙を溜めて。


「っそれは……」

 ロジャーが思わず言い淀んだ。

 するとそれが分かっていたのか、レシアが勝ち誇った笑みを浮かべる。

 目を細めたことで涙が溢れ出た。


「本当にロジャーなんだね。後ろにいるのは……魔術師? 2人の力でここに来たのかな? まぁそんなこと、どうでもいいか」

 レシアが横を向いて自傷気味に笑う。


 その時、真っ暗な頭上に、月のように薄っすら光る時計が現れた。

 反対方向に進むその時計は、長針が動く時にギギギと大きな音を鳴らしている。


 …………あれは?


 僕が時計を仰ぎ見ていると、レシアも上を向いて教えてくれた。

「私に残された時間よ。もう、終わりが近いのは分かってるの」


 彼女は泣きながら笑った。

 ロジャーが慌ててレシアを説得する。


「終わらせようとしないで。何も死ぬこと無いじゃないか……ボクは君に死んで欲しくない!」

「優しい言葉をかけないで! あなたは結婚相手の元に戻るんでしょ!? ……あなたとの思い出が残るあの家で、結婚した2人を眺めながら暮らせっていうの!?」

 レシアが髪を振り乱しながら泣き喚き、怒りに震えた。

 

 彼女はロジャーにくるりと背中を向けると走り出すと、すぐに暗闇に飲み込まれて姿を消した。

 

「待て! レシア!?」

 ロジャーも彼女を追いかけて、闇の中へと入っていった。


「僕たちも追いかけよう!」

「うん!」

 僕とジゼルも慌てて2人の後に続いた。




 あとに残った頭上の時計が、ギギギと大きな音を立てた。




  

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