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『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


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35:眠り姫の最後の夢 


 静かに息づく夜の街を、僕とジゼルは並んで歩いていた。

 頭上に浮かぶ蒼い月が、僕らの向かう先を優しく照らしてくれている。


 今日は約束通り、ロジャーからの依頼をこなす日だった。

 事前に教えられていた彼の家に向かう。

 その途中で、僕は隣のジゼルに話を切り出した。


「……今日は最悪の結果になると、2人とも救えないかもしれないから……」

「ロジャーさんが、夢の中から帰ってこなくなった場合だよね? その時は私とディランで、睡眠魔法の解除を試みるんだよね?」


「うん。一般魔法はジゼルの力を頼りにしちゃうだろうから、よろしくね」

「分かったよ」


「……ただ、それが上手くいかなくても、自分を責めちゃダメだよ。ロジャーさんの話では、レシアさんの睡眠魔法が強力過ぎて、他の魔術師が解除しようとしても出来なかったらしいから」

「…………ディランも、自分の蒼願の魔法を責めちゃだめだよ」

 眉を下げたジゼルが、困ったような笑顔を浮かべて続ける。


「2人で背負おうよ。人からの願いを叶える責任を」

「…………ありがとう」


 ちょうどその時、通りの向こうに目的の家が見えてきた。

 家の前では、ロジャーがランプを片手に待ってくれている。

 僕らに気付いた彼が手を上げると、その手を右隣の家に向けた。


「わざわざ来てくれてありがとう。レシアの家はこっちなんだ」

 

 ロジャーが隣の家の前に移動し、門を開けて中に入った。


「レシアは母親と2人暮らしだったんだ。けれど14歳の時に、母親を病気で亡くしてしまって……今は1人で住んでいる。彼女と付き合っていた時に、裏口の鍵のスペアを貰っているから、そこから入ろうか」

 

 彼はそう説明すると、レシアの家の周りを巡って裏口まで案内してくれた。

 僕らが大人しくついていくと、家の裏手からは低い柵越しにロジャーの家の広い庭が見えた。

 奥にある木製の白いベンチが、蒼い月明かりの中をぼんやりと浮かんでいるようにも見えて、やけに目についた。


「……ボクとレシアは、幼い頃から仲が良かったんだ。当時はそこの庭でよく遊んだものさ」

 僕が熱心に見ていたからか、ロジャーも庭に目を向けて切なげに笑った。

 けれどすぐに裏口の扉に視線を戻し、鍵を開けた彼は「レシアの部屋に案内するよ」と言って、中へと足を踏み入れた。




 ロジャーに続いて家の中に入った僕たちは、彼の持つランプの明かりと、窓から差し込む蒼い月の光を頼りに進んだ。

 

 長らく一人暮らしだったと聞いていたけど、家の中の様子に僕は違和感を感じた。


 ……誰かと暮らしてる?

 

 所々目につくものが、2個セットで並んでいる。

 棚に置かれた食器はペアになっているし、ソファの上のクッションやブランケットもペアだ。

 ロジャーと付き合っていた時のものだろうか。


 2人は相当親密だったようだ。

 隣に住んでてすぐ会えるのに、一緒に暮らすほどだから……


 僕はそんなことを思いながら、リビングを通り抜けて階段を登っていった。

 2階の廊下の突き当たりがレシアの部屋のようで、扉の前で立ち止まったロジャーが振り向いて僕らに目配せをする。

 僕とジゼルも彼をしっかりと見つめ返すと、ロジャーはドアノブを下げた。




 僕らが暗い部屋の中に入ると、ロジャーが慣れた様子で大きな窓のカーテンを開けた。

 明るくなった室内に、窓の向かいのベッドにまで月明かりが差し込む。


 そこには、髪の長い綺麗な女性が仰向けで眠っていた。

 穏やかに目を閉じる彼女は、安心して熟睡しているだけにも見えた。

 でも衰弱は進んでいるようで、頬がこけた顔は色艶も悪くなっている。


 ジゼルが眠るレシアの顔のそばに立つと、静かに両手を組み合わせた。


「女神セルフィーダ様……」

 

 祈りを捧げるようにジゼルが呪文を奏でた。

 上級の回復魔法をレシアにかけて、少しでも延命させるためだった。


 僕はその間に、ベッドの横にしゃがみ込み、左手をつきながら魔法陣を(えが)いていった。

 契約書の時にも使う魔法のペンを、サラサラと滑らせていく。

 ペン先の黄金の光が文字に変わると、書いたそばから光が消えて黒く床に定着した。


 蒼願の魔法だけは、いちいち魔法陣を描く準備がひと手間だった。

 

 ……他の魔法は、対象者に魔法陣が勝手に発動するのにな。

 ほら、ジゼルの魔法陣が、レシアさんを中心とした床に展開されたよ。

 僕の魔法陣の上にも広がって……これはしばらく描けないな。


 僕はジゼルの回復魔法を待ってから、魔法陣の続きに取り掛かった。

 無事に描き終わると、その魔法陣の上にロジャーに立ってもらう。

 彼に向かい合った僕は、最後に確認した。


「……いいですか? 契約の時にも説明しましたが、蒼願の魔法は解くことが出来ません。……それでも、この魔法をかけますか?」

「あぁ。レシアに夢の中で会って、彼女を説得してみせるから……かけてくれ!」

 言い切るロジャーを見て、僕はゆっくり頷いた。


 瞼を閉じて、口を開くとーー

 僕は呪文を紡いだ。


 


 睡眠魔法で優しい夢を見ながら、自決することを選んだレシア。

 ロジャーに対する想いは、どれほどなのだろう。


 彼女の強い願いである『せめて夢の中で会っていたい』

 いじらしくて切ないその願いから、彼女の悲しい気持ちが痛いほど伝わってくる。


 そして……

 とてもとても……


 ーーーー暗くて重くのしかかる。


「っ!!」

 僕は目を見開いた。

 心臓がドクンと波打つ。

 魔法陣が蒼さを増したので、僕は思わず眠っているレシアを凝視した。

 

 彼女は……もしかして……


 僕の足元に、蒼願の魔法とは別の魔法陣が展開された。

 見たことのない群青色の光を放っている。


「ーーーーっ!!」

 僕は予期せぬ事態に激しく動揺しながらも、何とか呪文を唱え切った。

 呼応した2つの魔法陣が、揃って強く輝く。


「ディラン!?」

 光で周りがぼやけていくうちに、ジゼルが僕に抱きついたのを感じた。


 それを最後に音が聞こえなくなり、何も見えなくなった。


 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー


 夢のようなふわふわした意識の中、僕は遠い記憶を思い出していた。

 まだ子供の僕が、父さんに蒼の魔法について教えてもらっている時のことだ。


 父さんがしゃがみ込んで、背の小さな僕と目線を合わせる。

 そしていつものように穏やかな口調で説明した。


「いいかいディラン。僕たち蒼刻の魔術師と紫の魔術師は、魔法が共鳴する時があるんだ」


「……なんで?」


 幼い声を発した僕が、不思議そうに首をかしげる。

 父さんは困ったように笑った。


「よくは分かっていないんだ……大昔は同じ系統の魔術師だったとも言われているよ。だから、蒼の魔法……特に蒼願の魔法をかける時は気をつけるんだよ」


「どうやって?」


「相手が魔法を発動してない時に、魔法を使うように。ただそれだけさ」


「ふーん……分かったよ。同時に使わなきゃいいんだよね?」


「うん。ディランは賢いなぁ〜」


 父さんが僕の頭を撫でながら笑っていた。

 

 今の僕は〝あぁ、やっぱり〟と納得した。




 レシアはーーーー

 

 紫の魔術師だった。






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