34:眠り姫の最後の夢
太陽の日差しが暖かく降り注ぐ午後。
僕とジゼルは、家の中庭のベンチでまったりしていた。
ジゼルの大好きな日向ぼっこだ。
彼女は僕の腕に抱きついたまま、幸せそうな笑みを浮かべて目を閉じていた。
僕の肩に頭を預けて長いこと動かないジゼルは、夢の世界にでも入っているのだろう。
本を読んでいた僕も、眠気に襲われてアクビをしてしまう。
なんとも平和な時間を過ごしていると、店先の方から誰かの声がした。
「すみませーん」
続いてカンカンと響くドアノッカーの音も。
珍しく昼間にお客様が来たのかな?
僕は肩で眠るジゼルを優しく揺り動かす。
「ジゼル起きて。お客様が来たから見てくるね」
「……ふわぁぁぁ。……うん、分かったよぉ」
どうにか目覚めたジゼルが両手を突き上げながら体を起こし、大きく伸びをした。
けれど目をしっかり閉じたまま頷いていた。
僕は慌てて店を開けると、訪ねてきた男性のお客様を中に通した。
彼を談話スペースのソファに案内する。
そのころにはジゼルもすっかり目を覚まし、手際良く紅茶とお茶菓子を用意してくれた。
向かい合って座るお客様と僕の前にそれらを並べると、芳醇な香りがふわりと漂う。
ジゼルは自分の分も置き終わると、トレイを片付けて僕の隣に座った。
今日来たお客様は、ロジャーというこの街に住む男性だった。
彼は僕より4歳年上で、あどけなさの残る端正な顔立ちをしていた。
その彼がゆっくりと語り始める。
「ボクには隣に住むレシアという幼馴染がいるんだ。彼女からボクに対して、何か願いが向けられてないか知りたいんだ」
「分かりました。レシアさんに会ったことがないので、まずはどんな女性か教えてくれませんか?」
「??」
ロジャーが不思議そうに、まばたきをした。
「ロジャーさんに向けられた願いは見れますが、それが誰からかは判断が難しいんです。僕が会ったことのある人なら分かりやすいのですが……」
「なるほど。理由は分かったよ。じゃあ、レシアの今の状況を聞いてくれないか?」
ロジャーが悲しげな目をして笑った。
彼の話では、レシアは魔術師の一人で、自らに強力な睡眠魔法をかけたという。
深い深い眠りについた彼女は、今も自室で眠り続けている。
でもそれは食事も摂らずに動きもしない状態だ。
そのままだとゆるやかに衰弱して、いつかは死んでしまうだろう……
レシアは自殺を計っているのだ。
「ーーーーと、いう訳なんだ」
説明し終えたロジャーが、紅茶の入ったカップとソーサーを手に取り口をつけた。
一口飲んで、喉を潤わしてから続ける。
「ボクはもうすぐアイビーという女性と結婚するんだ。レシアはそのことを知ってから、眠りについてしまった。……実はレシアとは、昔付き合っていたことがあってね。だからボクに原因があるのかもしれない…………」
ロジャーはバツが悪そうに視線を逸らした。
「そうなんですね」
僕は優しく相槌を打って続きを促した。
言い淀んでいた彼が小さく息を吸う。
「レシアは大事な幼馴染なんだ。彼女の自殺をどうにか止めたい。何か彼女からの願いが、ボクに向けられていないかい?」
必死に僕を見つめるロジャーからは、幼馴染を助けたいという純粋な気持ちがひしひしと伝わってきた。
彼の話だけを聞く限りでは、今回の件は男女のいさかい絡みらしい。
レシアは別れた後もロジャーを想っており、彼の結婚にショックを受けて、この世を去ろうとしているのだ。
「ロジャーさんに向けられた願い……レシアさんからの〝強い思い〟を見てみますね」
僕は彼を安心させようと柔らかく笑い、目を伏せてロジャーに意識を集中させた。
するとすぐに〝強い思い〟を感じ取った。
悲しく切なくて、仄暗い思いを。
それはーー
『せめて夢の中で会っていたい』
レシアは、自分の想いが成就しないのなら、ロジャーと2人でいる夢を見たまま最期を迎えたいのだ。
僕は胸が締め付けられながらも、ロジャーに告げた。
「レシアさんからと思われる強い願い、それは『せめて夢の中で会っていたい』です」
「…………」
ロジャーが悲痛な表情を浮かべてゆっくりと俯くと、消え入りそうな声で喋った。
「…………それを魔法で叶えた場合、どうなるんだい?」
「レシアさんは睡眠魔法で眠っているので、おそらく彼女の夢の中に入ることになります」
「そこでレシアと話が出来る?」
「多分出来るかと。でもレシアさんの思いが強すぎると、その世界から帰ってこれないかもしれません」
「…………」
「それでも、いいですか?」
僕は神妙な面持ちでロジャーに聞いた。
下を向く彼がどこかをジッと見つめ、しばらく考え込んでいた。
けれどサッと顔を上げると、僕に向かって深く頷く。
「ボクはレシアを助けたい。必ず彼女を説得して戻ってくるよ」
そう宣言するロジャーの瞳には、強い意志が宿っていた。
…………
今回の依頼は難しい内容だった。
蒼願の魔法をかけることによって、ロジャーが不幸になる可能性がある。
けれど何もしなければ、レシアの死をただ待つだけだ……
僕はふと隣に座るジゼルを見た。
眉を下げた困惑顔の彼女が、同じような表情をした僕を見つめ返す。
大切な人を助けたいと思うロジャーさんの気持ち。
それを大事にすることも、考えなきゃいけないよね。
僕はジゼルに蒼願の魔法をかけた時のことを思い出していた。
あまりにも僕がジッと見つめるものだから、ジゼルの顔が気がかりな表情に変わる。
僕は彼女にほほ笑むと、ロジャーのほうへ向き直った。
「次の蒼い月の夜に、レシアさんの『せめて夢の中で会っていたい』を叶えましょう」




