33:蒼願の魔法の使い方
突然やってきたタナエル王子は、断りもなく店の奥にズカズカと足を踏み入れ、談話スペースのソファにどさりと座った。
すると王子に続いていつもの護衛も入ってきた。
彼は律儀に開け放たれた扉を閉めると、そのまま扉付近の壁に背を向けて待機する。
成り行きに驚いて固まっていた僕たちは、その時になってようやくお互いの体を慌てて離した。
すぐさま立ち上がると、2人仲良く気をつけの姿勢をとる。
僕は冷や汗をかきながら、足を組んで存分にくつろいでいるタナエル王子に聞いた。
「い、いつから、いらっしゃっていたんですか?」
「ん? 蒼願の魔法でディランの風邪を治したいと言う所からだ。ずっと私に気付かないとはな……」
王子が呆れ返りながら苦笑した。
ほぼ最初から聞かれてた!?
というか、そんな前から店にいたんなら、もっと早くに声をかけて欲しかった!!
僕はタナエル王子の視線から逃げるように、顔を逸らした。
ジゼルとイチャつく様子を見られていただなんて、気まず過ぎる。
隣のジゼルも、赤くなってモジモジしていた。
そんな僕たちに構わず、タナエル王子が続ける。
「今日は『蒼願の魔法』について、いろいろ聞きに来たのだが…………なるほど。願いの詳細は、願った者の思いに起因するのだな」
目を伏せた王子が、軽く握った手をあごの下にあてて思い耽っていた。
けれど次には、その澄んだ空色の瞳で僕を力強く射抜く。
「ではまず、ディランの風邪を治せ」
厳かに命令された僕は、ビクリと身をすくめた。
絶対的王者の貫禄を醸し出すタナエル王子に、恐る恐る聞く。
「……あの、僕たちの話を聞いていたんですよね? わざわざ蒼願の魔法で解決しなくていいことは、魔法を使いたくないのですが……」
「今後風邪を引かなくなるなんて、良いことじゃないか。何か困るのか? 私なら困らない」
タナエル王子が冷たく言い切った。
……確かに……確かにそうなんだけど!
僕は心の中で顔を盛大にしかめた。
もうこれは『王命』だ。
断ることなんか出来ない。
…………
観念した僕は、ひとまず自分に対しての〝人からの強い思い〟を調べた。
ジゼルからの『風邪が治って欲しい』という、優しい思いをすぐに感じ取ることが出来た。
けれど具現化出来るほど強くはない。
これはジゼルの思いが弱いのではなく、至って普通のことだった。
蒼願の魔法に出来る程の強い思いは、もっと長い年月をかけていたり、常に頭を占めるほど考え続けていたりするものだからだ。
「……タナエル王子、魔法に出来るほどの〝強い思い〟ではないので、蒼願の魔法に出来そうにありません」
僕は正直に王子に告げた。
隣に立つジゼルが目に見えてシュンとした。
タナエル王子が目線を横に逸らして、また伏目がちに考え込む。
「〝強さ〟か……ジゼル、具体的にはどう思っているんだ? 『ディランの風邪が治るように』をもっと詳細に話してくれ」
彼は鋭い目つきをジゼルに向けた。
考え事に夢中になっているタナエル王子は、オーラが更に怖い。
睨みつけられたジゼルが、怯えて震えたのを僕は見逃さなかった。
そんなジゼルが懸命に答える。
「……げ、元気になりますように……咳が出ないように喉の痛みが取れますように……です」
「分かった。じゃあ『喉の痛みが消える』ことを願おうか。……ジゼル・フォグリアは白の魔法を駆使して、あらゆる人を癒した。その功績が讃えられて『祈りの聖女』と呼ばれるほどに」
王子が唐突に語り始めた。
僕とジゼルは静かに聞き入る。
「だからジゼルにも出来るはずだ。祈りを捧げるのは願うことに似ている。……祈ってみたまえ、蒼刻の魔術師ジゼル。〝メアルフェザー様〟とやらに」
タナエル王子が悪どくニヤリと笑った。
メアルフェザー様。
僕たち蒼刻の魔術師が、魔法を使う際に祈りを捧げる相手だ。
他の魔術師にとって1度は授業で習っても、すぐに忘れ去られる存在。
それをタナエル王子が知っているということは……
蒼の魔法について調べたに違いない。
ジゼルにもメアルフェザー様について、特段話したことは無かった。
けれどタナエル王子のセリフを聞いた彼女は、雷に打たれたかのようにビクリと震えると、動かなくなってしまった。
その様子が心配になった僕は、思わず声をかける。
「ジゼル?」
「…………今、タナエル王子からメアルフェザー様の名前を聞いた時に、朧げに思い浮かんだの……メアルフェザー様の姿が!」
ジゼルは青い瞳を極限まで大きく見開いた。
「思い浮かぶ??」
「蒼願の魔法で、人間になったからかもしれない。メアルフェザー様を感じることが出来るの……タナエル王子が言うように、上手く祈れそうな気がするっ!」
ジゼルは両手を組むと、祈りのポーズをとった。
それを見届けたタナエル王子が、今度は僕に言った。
「私もディランの『喉の痛みが消える』ように願ってやろう。取り敢えずそれで自分にかけてみろ」
王子は言い終わると俯いて目を閉じた。
僕は弱り果てながらも、カウンターを出て魔法陣の上に立った。
天井から降り注ぐ蒼い月明かりを浴びると、無意識に夜空を仰いでいた。
ちょうど窓枠の端っこに、蒼い月が少しだけ顔を出している。
まるで僕の魔法がどうなるのか、様子を見ているみたいだ。
「ゴホゴホッ……」
しつこい咳が治ると、僕はゆっくりと呪文を唱えた。
目を閉じた僕は、ジゼルとタナエル王子からの思いを探る。
シンプルな願いにしたからか、先ほどより格段に強い。
僕は眉間にシワを寄せて、その2つの思いに集中した。
2人からの思いを合わせるなんて初めてだ。
いつもより慎重に思いを掬い取っていく。
ジゼルの純真な祈りの力と、タナエル王子の信頼する者への揺るぎない思い。
そして……自分で言うのもなんだけど、蒼の魔法に秀でた僕の力。
大丈夫。
成功する。
僕は呪文の最後の一節を、穏やかな気持ちで唱えた。
ーーーーーー
魔法陣の強烈な蒼い光が徐々におさまると、僕はゆっくりと目を開いた。
久しぶりに自分に蒼願の魔法をかけた気がする。
以前かけた時より成長したようで、自分への蒼願の魔法の効力なら、手に取るように分かるようになっていた。
『喉の痛みが消える』ことを願った魔法。
さっきまであった喉の痛みは、綺麗に消えている。
……でも……これは……
僕は狼狽しながら、喉元を押さえた。
様子のおかしい僕に対して、タナエル王子が訝しげに目を細めた。
「どうした?」
「……タナエル王子とジゼルの思いの強さが、思ったより強力でした……」
「ふむ。では思いを強める方向性は合っているようだな」
「それに、僕の蒼願の魔法は威力が強いんです。だからこれは『喉の痛みが消える』よりも上のレベル……『これから喉は一切痛まない』ですね」
僕は青ざめた顔でタナエル王子を見つめた。
恐れていたことが起きてしまった、と非難を込めて。
「上出来だ。では次にーー」
僕の思いとは裏腹に、珍しく褒めてくれた王子が悪どく笑う。
そして更に指示を出そうとする彼を、僕は慌てて止めにかかる。
「蒼願の魔法は1日に2回は無理です! しかも、これ以上僕で実験しないで下さいっ!!」
治りたての喉を駆使して、僕は大声で叫んでいた。




