31:夜空を駆ける2
蒼い月が輝いている夜。
静かで誰もいない空を、僕はホウキに乗って飛んでいた。
あてもなくまったり飛ぶことが、子供の時から好きだった。
蒼い月の光を全身で浴びていると、とてもリラックスした気持ちになるのは今も変わらない。
僕は目を細めて月光浴を満喫した。
心のざわめきが穏やかになり、体を撫でていく心地よい風を楽しむ余裕も出て来た。
けれど同乗者のいない軽い飛び心地に、寂しい気持ちも湧き上がってくる。
…………
せっかく気分転換に来たのだからと、僕は気を取り直して郊外にある森まで遠出した。
うっそうと茂る木々の上を、ホウキを滑らすように飛んでいく。
「おーい! 少年!」
どこからか僕を呼ぶ声がした。
もう少年という年齢でもないのに、僕のことを昔から〝少年〟と呼ぶ知り合いは1人……いや1羽?しかいなかった。
フクロウのココだ。
キョロキョロとココを探すと、遠くから白と褐色の斑点模様のフクロウが、こちらに向かって飛んでくるのが見えた。
あっという間に僕の真横に到着し、滑空しながら「久しぶり!」と声を上げる。
「久しぶりだね」
僕は旧友に会えた嬉しさから柔らかく笑った。
ココはジゼルと同じく、魔力が非常に高い動物だ。
蒼い月の夜に偶然出会えると、こうしてお喋りをする仲であり、ココとは子供の時からの長い付き合いだった。
その頃から、僕らが揃った時には決まってすることがあった。
「魔法をかけてくれないか? 若き魔術師よ」
ココがさっそく催促した。
僕の補助魔法で、変身することが大好きだからだ。
「いいよ」
快諾した僕は、手のひらをココに向ける。
そして補助魔法の呪文を唱えた。
フクロウのココがたちまち蒼く光り始めた。
それが球状になりココを包み込むと、横長に大きくなった。
次の瞬間にはパッと光が飛び散ったかと思ったら、女性の姿になったココが現れた。
彼女は背中から生えた羽で、変身する前と変わらず優雅に飛び続けている。
「うん。手があるのって便利だな」
顔にかかった褐色の髪をかきあげながら、ココがニッコリと笑った。
手が生えることが最も嬉しいらしく、飛びながら手を閉じたり開いたりして、喜びを表している。
そんな彼女の服装は、白いブラウスに首元には細い赤いリボン、その上には白と茶色のチェック柄の長めのローブを羽織っていた。
膝丈ぐらいのプリーツスカートにロングブーツを履いており、統一感のあるばっちりと決まった格好だった。
動物が補助魔法をかけて変身する姿は、彼らの望む姿に起因する。
こだわりがありそうな服装のことを以前ココに尋ねてみると、彼女はどこかの学生の制服を真似してイメージしているらしい。
森に野外活動で来た学生に『あ、森の賢者だ!』と言われて嬉しかったそうだ。
そうした微笑ましいエピソードを元に、ココの変身姿は形作られているのに……
何故か同時にグラマラスなお姉さんに変身した。
僕より年上になるのは分かるけど、なんでこんなにスタイル良くなるんだろう?
フクロウの状態でも、同族から見たら豊満なフクロウなのかもしれない……
豊満なフクロウって……?
と、いつも変な思考に陥って、変身直後のココをついジロジロ見てしまう。
けれどこれ以上は失礼だろうと気恥ずかしく思い、前を向いて話しかけた。
「元気そうだね。今はあの森にいるの?」
「そうなんだよ。餌も豊富で仲間も穏やかな奴が多いからね。ディランはどうなんだ?」
「僕はーーーー」
それから僕たちは、空を並走して飛びながら、お互いの近況などの他愛のない会話を楽しんでいた。
すると突然、空からポツリポツリと雫が落ちてきた。
「雨だ」
空を見上げたココが、手のひらで雨を受け止めた。
細かい雨が、僕たち2人に静かに降り注ぐ。
僕が返事をするより先に、ココが空高く舞い上がり、大きく旋回したと思ったらーー
後ろから僕を目掛けて、突っ込むように飛んできた。
そして僕の両肩をガシッと掴み、すぐ頭上を猛スピードで飛び始めた。
「うわぁぁあぁあ!」
「この方が速いだろ? 家の場所は変わってないな?」
「変わってはないけど、これすっごく怖いんだけど!?」
ココが僕を押すように飛ぶから、僕は強制的にすごいスピードで飛ぶ状態になっていた。
僕たち蒼刻の魔術師は、一般魔法が不得意だからホウキで飛ぶスピードも遅い。
だから余計に慣れない。
しかもスピードを上げた方が、雨にバシバシ当たっている気がするんだけど……
僕は顔に当たる雨を避ける術もなく、瞼を極限まで閉じて薄目で前を見るしかなかった。
「あははっ! こうやって飛ぶのも楽しいなー♪」
頭上から雨と共に弾んだ声が降ってきた。
ココがあまりにも楽しそうなので、僕は何も言えずにただ雨を浴び続けていた。
ーーーーーー
家に着く頃には、雨が次第に止んでいた。
玄関先でホウキから降りた僕を見届けたココが、すぐに帰ろうと背中を向けた。
僕は慌てて彼女の腕を掴んで引き留める。
「そんなにびしょ濡れのままだと、風邪引くよ?」
「そうかなあ?」
ココが顔を真横に倒した。
彼女は野生に生きているからか、濡れたままでいることに抵抗が無いようだ。
「お湯を沸かしてあげるから、お風呂に入っていきなよ」
僕はココの腕を引っ張るようにして、家の中に引き入れた。
玄関を通って奥へ進むと、リビングの明かりがついていた。
僕の帰りを待っていたのか、部屋の中のソファにはジゼルが座っている。
彼女は僕に気が付くと、表情を明るくさせてピョンと立ち上がった。
けれどすぐに神妙な顔付きになり、わなわな震える手で僕の後ろにいるココを指差した。
「……女性を連れて帰ってきたっ!?」
「フクロウのココだよ。昔からの友達で、ジゼルみたいに変身することが出来るんだ」
僕の背後にいたココが、ひょいっと体を傾けてジゼルを見た。
「番が出来たんだ。へー」
「…………一緒に住んでるジゼルだよ」
ココをチラリと見てからジゼルに視線をうつすと、彼女はあんぐりと口をあけて固まっていた。
自分以外の変身する動物を初めて見て、驚いているのかな?
と思いジゼルを見つめていると、ハッとした彼女が僕に聞いてきた。
「雨の中を……何してたの?」
「偶然会って、一緒に空を飛んでたんだ」
「そんな、いろいろ……いろいろと私より大きいお姉さんを後ろに乗せて!?」
ジゼルが何故か慌てふためいていた。
ホウキに2人乗りしたと勘違いしているし、前にジゼルを後ろに乗せた時に、重くて上手に飛べないって言っちゃったから、そのことを言ってるのかな?
「ココは変身しても自分で飛べるんだ。それに僕は誰と2人乗りをしても、上手く飛べないと思うよ」
僕はジゼルを宥めようと優しく伝えてから、ココの腕をまた引っ張って進み出す。
「お風呂に入ろうか」
リビングを出て廊下を歩きながら、僕は後ろのココを振り返る。
「さっきからオフロがよく分からないんだけど?」
ココが首をかしげながらも、大人しく僕についてきていた。
その後ろに、何故かジゼルも急いでついてきているのが見えた。
びしょ濡れの僕らからは、ポタリポタリと水滴が落ちて廊下に模様をつけていく。
「僕が入れてあげるから」
脱衣室の前についた僕が、扉を開けながらココに告げると、悲鳴にも似たジゼルの声が聞こえた。
「ディラン!? 一緒にお風呂に入るってどういうこと!?」
「え? そのままだけど。風邪引かないように、お風呂で暖まろうかなって」
脱衣室の中に入った僕は、後ろにいるココに向き直った。
そしてきょとんとしているココに手を伸ばす。
「〝元に戻せ〟」
僕はココにかけていた補助魔法を解いた。
ココが蒼い光に包まれて見えなくなった。
その光が小さくなっていき、仕舞いには無くなると、ココは元のフクロウの姿に戻っていた。
「さぁおいで」
僕がお風呂場に続く扉を開けると、ココは両足でピョンピョンジャンプして中に入った。
「じゃあ、まずはココを入れてくるね」
僕は脱衣室の扉の外で、呆然と立ち尽くしているジゼルに向かって言った。
何かを心配している彼女に向かってほほ笑むと、ゆっくりと扉を閉める。
パタンという音が、ジゼルのいる廊下に響いた。
「そうだった…………ディランは変身出来る動物を、全く異性として意識しないんだった……」
ガックリと項垂れたジゼルが、いつまでもブツブツとぼやいていた。




