30:ピクシー
無事にピクシーを捕まえると、辺りが蒼い光で包まれた。
僕は反射的に目を固く閉じる。
「…………」
しばらくして再び目を開いた時には、僕の店に戻ってきていた。
ピクシーの世界に行く前に居たカウンター内に、僕とジゼルが立ち尽くしている。
壁にかけてある時計を見ると、時間が全く経っておらず、何事も無かったような錯覚に陥った。
今回はすごく早く帰ってこれたから、余計にそう思うのかもしれない。
いつもならピクシーを捕まえるのにもっと苦労をするから、戻って来たら毎回疲れ果てていた。
帰って来た時の記憶があやふやで、気が付けばベッドで泥のように眠っている事もざらだった。
隣を見ると、帰ってきたことに実感が湧かないのか、目をパチパチさせながら店を見渡しているジゼルがいた。
僕の視線に気付いた彼女が照れ笑いを浮かべ「ディランの猫耳、無くなってるね」と言った。
「ジゼルもちゃんと人間に戻ってるよ」
「フフッ。お揃いの姿で楽しかったね」
ジゼルは目を細めて笑うと、スカートのポケットからナフキンの包みを取り出した。
カウンターの上に置くと中を開く。
「良かった。クッキー渡せたんだ。ピクシーが食べる前に捕まえちゃったから、どうなったのか心配してたの」
優しい彼女は、クッキーを無事に渡せて喜んでいた。
嬉しそうに笑うジゼルを見て、僕も自然と笑みを浮かべて告げた。
「ありがとう」
「??」
「ジゼルがクッキーを魔法の世界に持っていったから、早くピクシーが捕まえられたよ」
「……なんだか食いしん坊って言われてるみたい……」
「あははっ!」
僕は思わず声を上げて笑った。
照れながら口を尖らせているジゼルが可愛くって、ますます笑ってしまう。
不貞腐れたままのジゼルが、頬を赤く染めてもじもじと喋った。
「……ディランもありがとう。その、守ってくれたり、階段から落ちそうな時に助けてくれたり……」
ジゼルが更に赤くなって俯いていく。
その顔を隠すためか、僕にゆっくり抱きついてきて、スリスリと顔を擦りつけた。
「〝ジゼルはあげない〟って言ってくれたのも嬉しかったよ……っ大好き!」
言い切ったジゼルは、ギューっと抱きついて動かなくなった。
「……僕と一緒にいると、あんな風にピクシーに魔法の世界に連れて行かれるけど、これからもついてきてくれる?」
僕の言葉にピクリと反応したジゼルが、顔をゆっくり上げた。
真意を探るために僕の瞳を覗き込む。
「それって……」
少し驚いているジゼルに顔を近づけて、僕は目を閉じた。
彼女の唇にキスを落とす。
ゆっくり離れてから彼女をギュッと抱き込み、ちょうど僕の首元におさまったジゼルの頭に頬を寄せる。
「ずっとそばに居てくれるんでしょ?」
僕は顔を真っ赤にしながらジゼルに告げた。
……余裕ぶってるけど、すごく照れくさい!
心臓が痛いくらいにドキドキしてるから、ジゼルにくっついてると心音が丸聞こえになるのも気恥ずかしい。
でも、こんなに照れてる顔を見られる方が恥ずかしいからっ……!
僕は照れ隠しも含めて、ジゼルをしばらく抱きしめ続けた。
………………
けれど僕が長いあいだ葛藤していたにも関わらず、彼女からの返事は無かった。
「…………ジゼル?」
呼びかけても何も言わない。
心配になった僕は、動きのない彼女の両肩を持って、グイッと自分から引き離した。
「〜〜〜〜っ!!」
ジゼルは溢れんばかりに目を見開き、耳まで真っ赤になっていた。
そして両手で唇を隠すように押さえている。
……薄々気付いてたんだけど、ジゼルは僕から愛情表現すると、とんでもなく照れる。
自分からはあんなにしてくるのに反則だ。
極度に照れられると、こっちはどうしていいか分からなくなるのに……
僕はジトっとした目をジゼルに向けて、つい愚痴をこぼす。
「ジゼルだって寝ている僕に、鼻と鼻を触れ合わせてくるのに……」
「!! 気付いてたの!?」
ジゼルはビクッと硬直すると、次には僕の腕の中から飛び出し、脱兎のごとく逃げた。
いや、元猫だから脱猫??
僕は生活スペースに逃げ込んでいったジゼルを眺めながら、そんなどうでもいいことを考えていた。
1人になった店内をゆっくりと眺めると、僕はカウンターの椅子に座った。
組んだ腕をカウンターの上に置き、そこに顔を横にして乗せる。
「僕なりに、ジゼルが欲しがっている言葉を贈ったつもりなのになぁ…………」
ため息と共に、誰も聞いていない嘆きが静かに響く。
勇気を出して〝これからも一緒にいよう〟ということを伝えたのに、まさかの照れすぎでの返事無しだった。
どんよりと落ち込む僕は、顔を上げると右手で頬杖をついた。
屋根にある窓から落ちてくる蒼い月明かりが、いつもと変わらずに優しく魔法陣を照らしている。
「……お客様来ないし、久しぶりに1人で飛ぼうかな」
僕は蒼い光に魅せられて、ホウキで空を飛ぶことにした。




