27:蒼刻の魔術師アランと緑の魔術師メリナ
その日の夕食は、4人でダイニングテーブルを囲んでの賑やかなものになった。
母さんとジゼルの仲は良好なようで、母さんは僕よりジゼルと喋っていることが多いほどだ。
聞いたところによると、ジゼル・フォグリアが魔法学校の先生だった時期があり、その時の生徒の1人が母さんだったらしい。
それを聞いた父さんが嬉々として聞く。
「学生時代の母さんは、どんな感じだったんだい?」
「あなた、恥ずかしいから聞かないでよ」
母さんが照れながら父さんを肘でつつく。
2人の様子を見たジゼルが、クスッと笑いながら答えていた。
「〝ジゼルさん〟の記憶には、元気で活発な印象が残っていますよ。揉め事があるとよく蔦を茂らせて、生徒を縛り上げてましたね」
母さんが「わぁ、恥ずかしい〜」と顔を隠した。
僕の母親は緑の魔術師だった。
彼らは植物や大地に関係した魔法を得意とし、白や黒の魔術師の次に多い。
ジゼルの話を聞いた父さんが大笑いする。
「昔からお転婆だったんだね」
「からって何よ。今もお転婆みたいじゃない」
母さんが口を尖らせて拗ねた。
こんな感じで僕の両親は極めて仲が良かった。
穏やかで優しい父さんと、明るくて活発な母さん。
ジゼルも楽しそうに、2人をニコニコと見ていた。
食事が終わったあと、僕と父さんはリビングでチェスをしていた。
向かい合ってソファに座り、ローテーブルに置かれた盤の上を2人して真剣に見つめる。
父さんがチェス好きで、僕は子供の時からよく付き合わされていた。
勝負をするのも楽しいけれど、僕にとっては父さんとゆっくり話せる時間でもあった。
僕はチェスボードを見つめたまま、父さんに報告する。
「……僕、タナエル王子の専属になったんだ」
「なんとなく噂で聞いてはいたよ」
父さんも下を向いたまま、駒を手に取り動かした。
「それも荷が重いし、お店も父さんみたいに、いつも上手くいく訳じゃないんだ……」
僕も駒を静かに動かした。
すると父さんが、チェスボードから僕へと視線を移した。
「ディランはまだ若いんだから、そうやって悩むのが普通だよ。それが済むと、父さんみたいに肩から力が抜けて、いい具合に適当になるぞ」
僕もそっと顔を上げると、父さんが穏やかに笑っていた。
メガネの奥の黒い瞳が、どこまでも優しく僕を見ている。
「……早く適当になりたい」
「ディランは誰に似たのか、本家筋には珍しい優等生タイプだからなぁ。チェックメイト」
「え? ……あー」
考えごとをし過ぎていたせいか、チェスは父さんの勝ちで終わっていた。
勝利した父さんが、子供のようにニコニコしながら僕に言う。
「でもディランは誰よりも優しい。だから蒼願の魔法の威力が、人一倍強いんだと思うよ」
「…………」
父さんなりのエールをもらった僕は、苦笑にも似た笑みを返した。
ディランたちがチェスをしている間、ジゼルとディランの母親であるメリナは、夕食の後片付けをしていた。
洗った後に拭き上げた食器を、2人で棚に戻していく。
他愛のないお喋りをしていると不意に会話が途切れたので、ジゼルは聞きたかった話をおずおずと切り出した。
「……私が元は猫だった事とか〝ジゼルさん〟になっている事とか……その、気にならないんですか?」
彼女は心の中でずっと気にしていた。
ディランのお嫁さんになりたいけれど、自分はちゃんとした人間じゃない。
メリナは食器棚をパタンと閉めると、ジゼルを見て言った。
「うーん……まったく気にしてないって言ったら嘘になるけど、私とあの人は〝人から向けられた願い〟を沢山叶えてきたでしょ? だからジゼルちゃんの行いが、どれほど勇気が必要なものか理解しているわ」
「…………」
ジゼルは嬉しくて言葉が詰まった。
「それに、動物を人間にしたことは何回かあるの。牛を人間にしたこともあるわね……だいたい飼い主さんが、相手を人間にしたがっていてね。種族を超えた愛よね〜」
メリナがあっけらかんとそう言うと、数枚重なった食器を手に取り、今度は棚の下の方へと戻していた。
「……何回かあるんですね……」
ジゼルはカトラリーを専用の場所に戻しながら、呟くように返す。
「まぁ一応、動物からも飼い主に対して『一緒にいたい』とかの強い思いがある場合にしか、蒼願の魔法はかけなかったけどね。これからそんなお客さんが、来たりするんじゃないかしら?」
全て食器を片付け終わったメリナが、エプロンを外しながら続けた。
「ジゼルちゃんが猫だったこととか、ディランに何か言われたの?」
「それは無いです。けれど一緒にいることで、周りから言われることはあるんで……」
ジゼルは浮かない顔をして下を向いた。
彼女はダレンに言われたことを思い出していた。
わざと悪意ある言い方をされたのは分かっているけれど、ディランが白猫を人間にしたくて魔法で叶えたと……欲望を形にしたと、自分のせいで勘違いされることは悲しかった。
「……そんなよく2人を分かってない人の言うことなんて、気にしないで。ジゼルちゃんは蒼刻の魔術師が呪いの魔法を使うとも言われて、疎まれているのも知ってるでしょ? それでもディランのそばに居ることを選んでくれた。違う?」
メリナは俯いてしまったジゼルの顔を、のぞきこむようにして尋ねた。
ジゼルはしっかりと顔をあげて、その目線を受け止めた。
「はい……それに、呪いの魔法だなんて思っていません」
「そうよね。私もあの人とディランに対してそう思っているわ。それと一緒じゃない? ディランが悪く言われても、ジゼルちゃんは信じてるでしょ? それと同じでディランもジゼルちゃんを信じてる。それで良いし、それが1番大事だと思うわ」
メリナが優しくほほ笑むと、ジゼルも釣られるようにして笑った。
「じゃあ片付けも終わったことだし、私たちもソファでくつろぎましょうか」
「はーい」
ジゼルは元気よく笑って答えた。




