25:言葉で伝えて
式典会場で起こったダレンとのゴタゴタも何とか収束し、僕とジゼルは手を繋いで帰っていた。
ジゼルが気になっていたご飯屋さんで、遅めの昼食をついさっき食べてきた。
美味しかったから終始ご満悦なジゼルと、ゆっくりゆっくり道を歩く。
静かな通りには、僕たち2人の姿しかなかった。
ふと僕を見ているジゼルに気付き、彼女に目を向ける。
僕と目が合うと、ジゼルがニコリとほほ笑んで口を開いた。
「今日はビックリしたね。王族に混じって座るだなんて」
ジゼルがクスクス笑っている。
「そうだね」
笑っている彼女を見ていると、不思議とあんなに緊張した出来事が、まるで楽しかった思い出のように感じた。
ふとジゼルが笑うのをやめて、ぼんやりと空を見上げた。
「ハロルドとも話せて良かった。白の魔術師の修行を断ったから、怒ってるかなって心配してたんだ。それに〝ジゼルさん〟になっちゃったことも……」
「…………」
「やっぱり、言葉にしないと伝わらないよね。人の考えてることって目には見えないから……いくら強い思いが読み取れるディランでも……ね?」
ジゼルが不意に立ち止まった。
繋がれた手がグイッと引っ張られるように伸び、僕も立ち止まる。
それを待っていたジゼルが、僕をしっかり見つめて告げた。
「私、ディランが好き。大好きなの。そばにいられて本当に嬉しい。ダレン?っていう人からも、守ってくれてありがとう」
頬を赤く染めたジゼルが、気持ちを一生懸命伝え続ける。
繋いだ手に力を込めながら。
「〝ジゼルさん〟になって良かった。ディランの役に立てるし、白の魔法のおかげで蒼刻の魔術師にもなれた……私、蒼願の魔法をかけてもらって、本当に良かったよ」
言い終わった彼女は満面の笑みを浮かべた。
僕は目を見開いて、顔を真っ赤にした。
嬉しくて何故か泣きそうな気持ちになる。
僕も。
僕もジゼルが大好きだ。
必ず笑い返してくれる、君のその温かさが。
1人でも僕の味方をしてくれる、その強さが。
友達としても大好きだったけど、一緒に暮らすうちに知ってしまった。
ジゼルと過ごす心地よさを。
だから僕もずっとそばに居たいと、願ってしまっている。
そして静かに理解した。
この気持ちが、人を愛する気持ちなんだと。
「僕もジゼルが大好きだよ。僕の方こそありがとう。いつも助けてくれて。信じてくれて」
僕は心からの笑みを浮かべ、ジゼルを優しく抱き寄せた。
彼女にこの思いが伝わりますようにと、想いを込めて大切に大切に抱きしめる。
「でも僕は、ジゼルが〝ジゼルさん〟の記憶が無くても大好きだよ」
「ディラン……ありがとう」
ジゼルが僕の背中にゆっくり手を回して、抱きしめ返した。
**===========**
「と、いうことがありまして、無事に思いが通じ合いました……」
ここはディランのお店の談話スペース。
そこのソファに、ジゼルとホリーが向かい合って座っていた。
ジゼルが真っ赤になりながら報告したことを、ホリーがクッキーを頬張りながら聞いている。
ディランは用事があって出掛けており、ジゼルが留守番をしていると、丁度よくホリーが遊びに来てくれた。
それでついつい、女子2人で話し込んでいたのだった。
「……良かったわね。というか、ジゼルたちって、まだその段階だったの!?」
ホリーの勢いに、彼女が手にしたカップの紅茶が波打つ。
「え? う、うん」
「あんなに『ディランと離れたくないー!』ってくっついたりしてたのに!? ディランはジゼルの気持ちを分かってなかったの!?」
「うーん……初めはディランにとって、私は猫でしかなかったしなぁ。それに好きって言うのは控えていたから」
「なんで?」
「猫の時にウィリアムを好きだっていっぱい言ってたから、すぐにディランを好き好き言うのは不誠実かなって? 人ってそうなんでしょ??」
ジゼルはクッキーを手に取りながら首をかしげた。
「えーそうかなぁ? …………まぁ思いが通じ合って良かったね」
考えるのが面倒になったホリーは、強引にまとめた。
「えへへ。ありがとう」
ジゼルが幸せそうにニヘラッと笑った。
「ジゼルはなんで、そんなにディランが好きなの?」
ホリーはふと疑問に思ったことを聞いてみた。
本当に軽い気持ちで。
…………それが、長い長い話のフリになってしまうことにも気付かずに。
「ディランはねー」
浮かれた表情のジゼルが喋り始めた。
そしてディランがどれほど素晴らしいかを、コンコンと語る。
ホリーも始めはふんふんと聞いていたけれど、10分ほど経つと、椅子の肘掛けに被さるようにグッタリしていた。
ーー要約するとこうだった。
たまたま蒼い月の夜に出歩いた子猫のジゼルが、店先でしゃがみ込んでいるディランを見つけた。
何をしているのかと塀の上から見ていると、ディランが複数の猫を空き箱に保護している。
中には親猫と、元気の無い赤ちゃん猫5匹がいた。
彼は猫たちをいそいそと店の中へと運んでいった。
ジゼルが中の様子を窓から覗いてみると、蒼願の魔法で親猫から子猫への『元気になって欲しい』願いを、叶えてあげるディランの姿が。
無事に元気になった猫たちとディランが外に出て来た時に、初めて彼の顔がハッキリ見えたらしい。
親子猫を見送りながら優しく笑うディランに、ジゼルは恋に堕ちた。
しかも次にディランに会った時に、たまたまジゼルの魔力が成長と共に高まっており、彼とお喋りすることが出来た。
だから、この出会いは運命だと思い込む。
というような話だった。
……すごい盛って説明するわね。
恋って恐ろしい。
ホリーはまだ終わらないのかとチラリと時計を見ては、苦笑いを浮かべていた。
「ただいま」
その時、救世主が帰ってきた。
生活スペースへと続く扉が開き、彼が顔をのぞかせる。
「あ、おかえりなさい!」
ジゼルが嬉しそうにディランを見た。
ホリーは……
一瞬の話の切れ目を見逃さなかった。
「じゃあもう遅いから帰るわねっ! ご馳走様!」
彼女は飛ぶように立ち去っていった。
慌ただしいホリーの様子に、ディランが困惑する。
「……邪魔しちゃった?」
「ううん。ちょうどお話が終わった所だよ」
ディランの元にジゼルが駆け寄って答えた。
そんな彼女の頭を撫でながらディランが聞く。
「何の話をしてたの?」
「ディランをどれほど大好きかって話!」
ジゼルが幸せそうにニコニコと笑った。
「…………」
一方ディランは、頬を赤くしてむず痒そうな表情をした。
こうして〝好き〟と言うことを解禁したジゼルは、更にストレートに自分の気持ちを伝えるようになったのだった。




