23:タナエル王子との約束
タナエル王子が確約してくれてから間も無くすると、ジゼルは蒼刻の魔術師に国から認定された。
これでジゼルは、元白猫のジゼルであり、ジゼル・フォグリアに匹敵する魔術師であり、王族専属の魔術師だ。
肩書きが増えてしまったけれど、白の魔術師の修行に参加しなくて良くなった彼女は、ホクホクと喜んでいた。
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僕らにしては珍しく、朝の早い時間帯に外を歩いていた。
と言っても街はすでに動き出しており、活気付いた音があちらこちらで聞こえる。
僕とジゼルは、ある場所に向かって通りを歩いていた。
「私も蒼刻の魔術師として参加するなんて……想像すらしなかったね〜」
悩み事が無くなって上機嫌なジゼルは、今日のために誂えた恐ろしく上質な服に身を包んでいた。
式典用の蒼刻の魔術師の装いだ。
「ディランとお揃いのローブ、嬉しい♪」
ウキウキしているジゼルがタタタッと少し進むと、僕の前でクルリと回る。
白いブラウスに黒いスカート、その上にはお揃いの蒼色のローブ。
回ったはずみでそのフードもふわりと舞い、背中にあるこの国の紋章が目に飛び込んできた。
ピタリと止まった彼女にワンテンポ遅れて、そのフワフワな白い髪が踊りを止める。
ジゼルは少し顔にかかった髪を耳にかけながら、ニコリと僕に笑いかけた。
「……そうだね……」
嬉しそうなジゼルとは対照的に、僕は沈んでいた。
式典会場へと向かう足取りが重い。
僕とジゼルは、年に1度開かれる王家主催の集まりに参加するために、会場へと向かっていた。
ジゼルを蒼刻の魔術師にした代償として、僕はタナエル王子から指示されていた。
〝次の式典で、私専属の魔術師であることを示すために、専用の椅子に座るように〟と……
この式典は『魔術師と王族が協力し合い、国の繁栄のために尽くしましょう』という決起集会のようなものだった。
魔術師たちは系統ごとに独自のコミュニティーを作り、それぞれが地位を築いている。
その力が強力なものになりすぎるのを恐れた王族側が、年に1度は顔を合わせて仲良くやっていきましょうと、結束を確かめ合う趣旨のイベントだった。
そのため魔術師の主要メンバーは必ず参加する。
この国の二大勢力である白の魔術師と黒の魔術師は、お互いの権威を示すために全員参加するほどだった。
まとまりの全くない蒼刻の魔術師は、まばらにポツンと参加していることが多い。
参加しないことも多い。
現に僕の父さんは、風邪を引いたため今日は不参加だった。
「専用の椅子ってどこだろう? 目立つのかな? 目立ちたくないな……」
僕は胃がキリキリ痛んだ。
こういうのは大の苦手だからだ。
何故か僕の服装も、とても上質なものにグレードアップされてた。
ジゼルの服と一緒に家に届いたから、着用するしかなかった。
もちろん差出人はタナエル王子。
新品特有のパリッとした服の質感が、僕の緊張感を煽る。
隣を歩くジゼルが、浮かない表情の僕を心配そうに見つめて言った。
「私も隣に座るから大丈夫だよ」
僕と目が合うと、彼女は柔らかくほほ笑んでくれた。
「……ありがとう」
ぎこちないながらも僕は笑みを返した。
式典会場は、前方に一段高くなった広々としたスペースがあり、そこに国王様を初め王族の方々が座る。
その高台と向き合うようにして半円状の階段になった席があり、そこが魔術師たちの場所だった。
階段の1番前には立派な椅子が用意され、各属性のトップの魔術師たちが座る。
彼らはみな、それぞれの属性を表す紋章が背中に入った特別なローブを羽織っていた。
その後ろに、弟子の魔術師たちが連なって座るのがいつもの光景だった。
トップが座る前列の端っことかが、割り振られるのかな?
蒼刻の魔術師にはトップの席なんて無かったから……
と僕は予想していた。
けれど式場に到着して案内された場所は、とんでもない所だった。
「ここ!?」
僕は思わず蒼いローブのフードを深く被った。
「!?」
それを見たジゼルも、絶句しながらフードを被る。
この式典中、下っ端の魔術師はフードを被るしきたりがあった。
人が多いので、何色の魔術師が多いのかを示すために始まったと言われている。
だからフードで顔を隠してしまっても、今日だけは失礼じゃない。
そんな決まりがあって良かったと心底ホッとしながら、僕は顔を隠した。
…………
僕たちが案内されたのは、王族席……
高台側の席だった。
「……こんな目立つ場所だなんて……」
僕はガチガチになりながらも、なんとか椅子に座った。
右隣の椅子にジゼルもそろりと腰をかける。
僕の左側である高台の中央寄りには、無駄に豪華な椅子が置いてあった。
見た瞬間なんとなく直感する。
おそらくこの椅子はタナエル王子用だ。
タナエル王子の隣だなんて……
確かに専属って分かりやすい。
分かりやすいけどっ!!
集まり始めた他の魔術師たちが、先にちょこんと王族側に座っている僕らを見て、徐々にざわつき始めた。
ヒソヒソ声と共に、困惑している様子がこちらにも伝わってくる。
「…………誰だ? あいつは」
「蒼刻の魔術師が2人?」
「何であんな所に……」
フード越しに大勢の人の視線をひしひしと感じ、僕は膝の上で握りしめている拳を眺めるしか無かった。
しばらくして魔術師側の席が埋まり、式典の開始をまだかまだかと待ち侘びる空気になると、会場にある1番立派な扉から出てきた男性が声を張り上げた。
「国王様がおいでになりました!」
会場にいる皆が一斉に立ち上がる。
僕とジゼルも立ち上がり、扉から現れた王族たちがこちらに移動してくるのを見守った。
先に王族席にいた僕たちの前を、まず国王様が通り過ぎて行った。
どんな作法が正解か分からないけれど、ひとまず頭を下げてじっとする。
次にタナエル王子が、いつもの毅然とした態度で僕の前を通り過ぎた。
彼は、頭を垂れている僕を横目でチラリと見た。
「私の専属なのだから、もっと堂々としていろ」
叱咤するような声が聞こえたかと思ったら、タナエル王子が僕のフードを跳ね上げた。
「っ!?」
僕が思わず顔を上げた時には、王子は隣の椅子の前で立っていた。
高台の下に並ぶ魔術師たちが、隣の王子よりも僕を見る。
彼らの動揺が漣のように広がっていくーー
「〜〜〜〜っ」
僕はたまらず顔を真っ赤にして俯いた。
恥ずかしいし、何より蒼刻の魔術師はこんな舞台に立つほど大したことがない。
しかも無名の若輩者だからも手伝って、ヒソヒソと場違いだと罵られていた。
どれも本当のことだし、見せ物みたいになっているのがたまらない。
「ディラン……」
隣からジゼルの声が聞こえた。
けれど彼女を見るのもままならないほど、僕はこの状況を必死に耐えていた。
すると「わぁ!」と驚く声が巻き起こった。
同時に僕への視線も和らいだ気がして、少しだけ顔をあげて何事かと辺りを窺う。
さっきまで僕を見ていた人たちの多くが、僕の隣を見ていた。
僕もその視線を辿るようにジゼルを見ると、彼女がフードを脱いで、堂々と前を見据えて立っている。
その、ジゼル・フォグリアの若い頃にそっくりなジゼルを見て、魔術師たちが驚きざわめいているのだった。
ジゼルは僕にだけ注目が集まらないように、自分からフードを脱いで必死に頑張ってくれていた。
よく見ると、横に下ろされている手が握りしめられ、小刻みに震えている。
「ジゼル」
僕は小声で彼女を呼んだ。
ジゼルも前を向いたまま小声で喋る。
「……ウィリアムのお屋敷に行きたくない私のワガママを叶えるために、ディランは今、嫌な思いをしてるんだよね? ごめんね。……ありがとう」
「そんなこと……ないよ……」
僕はゆるゆると首を振った。
責任を感じたジゼルは、僕のためにこんな行動に出てくれたらしい。
その健気な気持ちと彼女の凛とした態度に……
僕も勇気を出そうと決心した。
グッと表情を引き締めた僕は、背筋を伸ばして真っ直ぐ立つと、ジゼルのように堂々と前を見据えた。
周りから聞こえる声が、自然と小さくなった気がする。
そんな僕を見たタナエル王子がフッと笑う。
「ちゃんと出来るじゃないか」
僕は王太子様からのありがたいお言葉に、少しだけ頬を緩めた。




