21:白の魔術師ホリー
ジゼルは僕の腕にくっついたまま、顔を断固としてホリーに見せなくなった。
ひどくむくれてしまった彼女の代わりに、僕がホリーに尋ねる。
「……その修行は、絶対参加しなきゃいけないの?」
「うん。……参加しないと白の魔術師の中では、反逆者として認識されちゃうかも」
「…………」
僕は面を食らった。
さすが魔術師の二大勢力である白の魔術師。
組織のようなもので、数が多い彼らの管理もしっかりしているという訳だ。
するとジゼルが僕に向かってブツブツと唸る。
「〝ジゼルさん〟の記憶があるから、基礎なんて知ってるもん」
「けれど、反逆者に思われたら困るよ? ジゼル……ずっとここに来れなくなる訳じゃないし、半年間あのお屋敷に帰ったら?」
僕がジゼルの頭を撫でながら優しく説得すると、彼女はバッと体を起こして怒った顔を向けた。
「ディラン言ったよね! 私を人間にした責任を取るって。私を絶対幸せにするって!! 厄介払いしないでよ!!」
「別に厄介払いってわけじゃ……」
ケンカのような言い合いをする僕たちを、ホリーがニヤニヤと見る。
「ふーん、そんなこと言ったんだ」
ジゼルが怒り心頭のまま、スクっと立ち上がった。
「だから、絶対お屋敷になんか行かない!!」
そう言い残すと、タタタッと生活スペースの方へ逃げてしまった。
すごく俊敏に。
一瞬で。
「……ジゼル……」
今日の彼女はへそを曲げている様子を含めて、すごく猫みたいだった。
ーーーーーー
僕はホリーに席を外す断りを入れてから、ジゼルの様子を見に行った。
さっき2階へ駆け上がる慌ただしい足音が聞こえていたから、僕は階段を上っていく。
すると僕の部屋のベッドに逃げ込んでいるのをすぐに見つけた。
開け放たれた扉から、こんもり山になったブランケットが目に飛び込んできたからだ。
「ジゼル……?」
「…………」
ジゼルは僕の枕を抱きかかえて、丸まっているのだろう。
この前みたいに、出て行くもんかという強い意思表示を感じる。
僕はため息をつきながら部屋をあとにした。
「ごめん、ホリー。今日はもうジゼルが部屋から出て来そうにないよ」
僕はお店のソファに戻った。
「あはは。そっか。でもどうするの?」
ホリーが肘置きに頬杖をついて、楽しそうに僕を見た。
「うーん……白の魔法が使えたら、白の魔術師に認定されるの?」
「それだけじゃないけど、猫のジゼルが白の魔法を使えるのは、ジゼル・フォグリア様の記憶があるからでしょ?」
「うん、そのようだね」
「ジゼル様は、名高い白の魔術師様だから間違いないって感じかな。まぁまだ決定はしてないんだけどね。早く動いて、黒の魔術師とかに取られないようにしたい気持ちもあるのかな?」
「……随分詳しく白の魔術師の事情を教えてくれるね? 僕のこと疑ったりしないの?」
僕はすっかり温くなってしまった紅茶を一口飲んだ。
ジゼルをお屋敷に連れて帰りたいなら「白の魔術師だ」と言い切ってしまえばいいのに。
不思議に思っている僕に対して、ホリーが穏やかに笑った。
「ウィリアム様が亡くなる時に、部屋の前で『ジゼルの気持ちを踏みにじるな!!』って、ディランがハロルド様に啖呵を切ってたでしょ?」
「…………うん」
「それまでは、ハロルド様が正しいって思っていたの。だけどーー」
「…………」
「ディランのセリフを聞いて『そうか。ジゼルにはジゼルの気持ちがあって、ディランだけは味方してあげてたんだな』って思えたんだ。しかもそれはウィリアム様の気持ちを大事にすることにも繋がって……それで、私も誰かの気持ちを大事にしてあげたいなって」
ホリーが師であるウィリアムを偲んでか、切なげに笑いながら続けた。
「ウィリアム様も言ってたよ。猫のジゼルが蒼い月の夜に抜け出すのは知ってたけど、その度に優しい魔力に包まれて帰ってくるって」
「…………そんな風に言ってもらえると嬉しいな。僕の魔法は、迷いながらかけることが多いから。本当は誰も不幸にしたくないんだけど」
僕は照れながら頭をかいた。
途端にホリーがニヤニヤした。
「それで、ジゼルを幸せにする宣言したの?」
「うん、まぁ」
「そんなにジゼルが好きなの?」
ホリーがあけすけに聞いてくる。
彼女がニヤニヤし過ぎているのを疑問にも思わず、僕は素直に答えた。
「好きと言うか……大切な存在……かな? いつも僕を支えてくれてるから」
「じゃあ本当は、ディランも修行に行って欲しくないんだね?」
「…………そうだね」
僕は赤くなって俯きながら返事をした。
するとホリーがたまらずに吹き出す。
「あはは! 良かったねジゼル! ディランも責任重大だぁ。あそこで心配そうに見てる子を幸せにしてあげてね。フフフッ」
「え!?」
ホリーが見つめる先に僕も急いで顔を向けると、生活スペースに続く扉を少しだけ開き、片目だけをのぞかせているジゼルがいた。
僕と目が合った彼女は、目を見開いて驚くと、ヒュンッと姿を消した。
「…………」
今日のジゼルは、とっても猫みたいだった。
ーーーーーー
ひと通り大笑いしたホリーがそろそろ帰ると言ったので、店先まで見送ることにした。
ホリーが店の外に出ると、こちらを振り返る。
僕は扉に手を添えて開け放ち、そこで立ち止まっていた。
ホリーがイタズラっぽくクスクス笑う。
「お茶とクッキーありがとう。ご馳走様でした。また食べに来ようかな」
「いつでも来てよ。ジゼルが喜ぶから」
「本当にジゼルが大好きだねー。ジゼルもいいなー。こんなに大事にしてもらってー」
ホリーが口の横に手を当てながら、店の奥に声を飛ばした。
隠れてまだ近くで聞き耳を立てている、ジゼルに向かって。
そして照れている僕に構わず、グイグイ聞いてきた。
「これからどうするの? ディランの『ジゼルに行って欲しくない』っていう思いを、魔法にでもするの?」
「魔法に出来るのはよっぽど〝強い思い〟じゃないといけないんだ。ジゼルがもし修行に行きたいって言えば、彼女の意見を尊重したいとも僕は思っているから……魔法に出来るほどじゃないんだ」
僕は困ったように眉を下げた。
「え? じゃあ修行は回避できない感じ??」
「……上手くいくか分からないけど当てがあるから、何とかしてみるよ」
僕はその当てを思い浮かべて、思わず苦笑いをする。
「そうなんだ。じゃあ一応『突然のことで本人が動揺しているため保留です』ってハロルド様には伝えておくね」
ホリーがニッと笑った。
そして「頑張ってねー」と手を振りながら去っていった。
僕は彼女の姿が小さくなるまで見送ると、扉をゆっくり閉めた。
背中に視線を感じて振り返ると、生活スペースへと続く扉が半開きになっている。
その奥では……泣きそうな顔をしたジゼルが僕を見つめていた。




