表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『人から向けられた願いを叶えます』蒼刻の魔術師ディランと一途な白猫のジゼル  作者: 雪月花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/165

17:幸せの魔法


 蒼くて美しい満月が輝く夜。

 街は蒼い色にどっぷりと沈み、幻想的な風景に様変わりしている。


 僕とジゼルはお店のカウンター内の席に座り、来る予定のお客様を待っていた。


 ジゼルが僕に向かってニッコリと笑う。

「今日の蒼願の魔法は絶対喜ばれるから、楽しみだね!」

「そうだね」

 僕も目を細めて柔らかく笑った。




 これから来るお客様は、前もって日中に相談しに来てくれていた。

 酷い咳が続いている幼い男の子の両親で、ぜひ蒼願の魔法で治して欲しいということだった。

 男の子は息が上がると、呼吸が困難になるほど咳が出るため、走ることもままならないらしい。

 しかも医者にかかっても治せないそうだ。

 

 僕がその6歳になる男の子に意識を集中させると、両親からの『病気を治してあげたい』という強い思いを感じることが出来た。

 それで次の蒼い月が昇る日に、お店に来て下さいとお願いしていたのだ。


 病気を治す依頼はこれまでにもあった。

 人を癒すことが得意な白の魔術師でも、病気を完治させることは出来ない。

 一般的に魔法で治せるのは、外傷を負った場合だった。


 だから病気を治せるのは、願いごとを具現化するという蒼願の魔法ならではだ。

 

 常にこんな願いごとなら、悩まなくてすむのにな。


 僕はいつになく穏やかな気持ちで、ソワソワしているジゼルを眺めた。


 結局僕たちの関係は変わらずじまいだった。

 夜に添い寝をする時は、ジゼルが眠った後に僕自身に睡眠魔法をかけた。

 これで寝不足対策もバッチリだ!

 

 ジゼルが負った深い悲しみも、徐々に時間が癒してくれていた。

 猫だった時のように、元気に笑うことが増えたように思う。

 僕はそれが嬉しくて、今もニコニコと笑うジゼルの頭を優しく撫でた。


「えへへ。なぁに?」

 彼女が幸せそうに頬を染めて、僕を見上げる。

「何でもないよ」

 僕は〝やっぱり笑っている方が可愛いな〟と思いながら笑い返した。


 僕らの間に、ジゼルが猫の時と何ら変わらない空気が流れる。


 キィィ……


「こんばんは」

 店の扉が開き、誰かの声がした。


 僕とジゼルはお客様の方へ降り向き、笑みを浮かべて声を揃える。


「「いらっしゃいませ」」




 ーーーーーー


 店にある魔法陣の上で、6歳のケントがしきりに辺りを見回していた。

 ついさっきまで蒼色の強烈な光に包まれていたので、驚きを隠せないのだろう。


 僕はケントの近くで立ち会っていた両親に告げる。

「これで魔法をかけ終わりました。もう治っているはずですよ」


 そのセリフを皮切りに、両親はケントに抱きついた。

「もう咳で苦しまなくて済むぞ!」

「あぁ、ケント! 本当に良かったわ……」

 彼らは目尻に涙を浮かべ、幸せそうに笑う。


「え? もう咳が出ないの? 外で走ったり遊んだり出来る??」

 ケントの問いかけに、両親はうんうん頷いた。

 それでケントはやっと理解が追いついたのか、わんわん泣き出してしまった。


 天井から降り注ぐ蒼い月の光が、どこまでも優しく家族3人を包み込む。

 僕がその光景を優しく見守っていると、ジゼルが隣に立った。

 僕の袖をちょんちょんと引っ張って、内緒話のように口元に手を当てて耳元で囁く。


「ディランの魔法が、今日もみんなを幸せにしたね」

 ジゼルは自分のことのように、ニコニコと笑って喜んでいた。

 その様子が少女姿だった猫のジゼルと重なる。

 僕も思わず顔を綻ばせた。




 ーーーーーー


 ケントの両親が何度もお礼を伝えながら、店の外に出た。

「ディランさん、本当にありがとうございました」

「いえいえこちらこそ、ありがとうございました」


 彼らを見送るために一緒に外に出た僕は、じんわりと温かい気持ちになっていた。

 蒼願の魔法で幸せになった人から感謝される瞬間は、とても嬉しい。

 それこそ泣きそうになるほどに。


 僕の後から外に出たジゼルは、ペコリと礼をすると、ケントに対して小さく手を振った。


「バイバーイ!」

 はしゃいでも、もう咳が出ないケントが、満面の笑みを浮かべて手を振りかえす。

 そうして今日のお客様は、3人で仲良く手を繋ぎ、幸せいっぱいで帰っていった。


 彼らをある程度見送った僕らは、ジゼルから順に店に戻った。

 僕が後ろ手で扉を閉めていると、いつの間にかジゼルがホウキを手にしていた。


「また空を飛びたいな。連れてって?」

 ジゼルが穏やかな青い瞳を細めて、はにかみながら首をかしげた。




 蒼い月明かりが全てを包む夜。

 僕はホウキの後ろにジゼルを乗せてーー

 

 必死に飛んでいた。


「なんで前じゃないのー!?」

 背中からジゼルの不満そうな声が飛んでくる。


「ジゼルの背が高くなったから、僕が後ろだと前がよく見えないんだよ。あと動かないでね! ただでさえ重くて飛びにくいから……」

 僕がそう言った途端に、後ろのジゼルが横にグイッと体を(かたむ)けた。


「え? 私そんなに重い!?」

「あ、ちょっと! 動かない……うわぁ!!」

「キャアッ!!」


 力を無くしたホウキが、いきなりガクンと下がった。

 ジゼルが僕の背中にしがみつく。

 僕が懸命に意識を集中させると、ホウキがゆらゆらと浮かび上がり、何とか元通りになった。


「ジゼルが重いんじゃなくて、僕の魔法が下手なんだ。蒼の魔法以外は大したことないから……」

 僕はじっと前だけを見つめて、ホウキの()を握る力を強めた。


「……ごめんなさい」

 ジゼルがか細い声を発した。

 よっぽど怖かったのか、彼女は僕の背中にギュウっとくっついたままだった。


「こんないつ落ちるか分からない飛び方怖いよね? もう降りようか?」

「ううん。ディランが大変じゃなかったら、もう少しこのままがいいな」


 ジゼルから強張っていた力がゆっくりと抜けていき、僕の背中に頬をスリスリと擦りつけた。


「じゃあ、あと少しだけ」

 本当はもう限界に近かったけど、彼女の甘えるような仕草に、僕はカッコつけてそう答えた。

 

 それになんだか僕も、まだジゼルと空を飛んでいたい気分だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ