165:『人から向けられた願いを叶えます』という店の魔術師と、一途な愛を捧げて人間になった猫のジゼル
ーーあれから数年後。
この世界では蒼い月が昇る夜もある。
優しい蒼い光が町を照らす様子は、まるで深海に沈んだみたいに幻想的な光景だ。
僕たちのお店は、そんな時だけ開店する。
それはもちろん、蒼い月の時にだけ使える、特別な魔法があるから……
町の路地裏の奥にひっそりと佇む古い店。
看板にはこう書かれていた。
『人から向けられた願いを叶えます』
キィィ……
今宵も誰かが扉を開く音がする。
薄暗い店内に、蒼い月あかりが差し込んだ。
「「いらっしゃいませ」」
カウンターの中にいた僕とジゼルは、揃ってお客様に笑顔を向けた。
「いらっしゃいませ」
「いらったいまて」
僕とジゼルの間のカウンターの下から、マリルとロランがひょこひょこっと顔を出した。
今年で4歳になる双子の姉弟だ。
同時に生まれたはずなのに、姉のマリルがしっかり者で、弟のロランは幼く、まだ舌っ足らずだった。
子供によって性格が違うなぁと思いながらも、リンネアル様とフォティオスのような激しい喧嘩はしないで欲しいと、つい双子繋がりで考えてしまう。
『すんごい規模と時間をかけた姉弟喧嘩だったんだよねー。いやぁ、よく収めたよね君ぃ〜! その功績が認められて……どう? 神格化しない??』
このまえ僕を訪ねてきた、すごくフランクな神様のことも同時に思い出してしまった。
スカウトに来たらしいけれど……
胡散臭すぎて、取り敢えず断ってしまった。
『容姿が様変わりするのが嫌だって?? まったまた〜〜。…………え? 本当に??』
終始陽気だった彼が、断ることを想定していなかったのか、すごく驚いた表情をしたのを覚えている。
……それに僕には、まだまだやりたい事があるし。
僕は、今の所は仲良しな子供たちと、そんな2人を嗜めているジゼルを、優しい眼差しで眺めた。
ジゼルが、マリルとロランに穏やかに諭す。
「こっちに来ちゃダメって言ってるでしょう? パパの仕事の邪魔になるから……」
「はーい」
「あーい」
双子はジゼルに連れられて、生活スペースに続く扉の奥へと消えていった。
寝かしつけたはずの2人が、こっそり起きてきてしまっていた。
ジゼルは子供たちに、もうしばらくは付きっきりになるだろう。
僕は苦笑しながら、お客さんにまた向き直った。
「申し訳ございませんでした……それで、叶えたい〝人から向けられた願い〟は何でしょうか?」
こうして今日もまた、人を幸せにする僕の仕事が始まった。
ーーーーーー
「さぁ、もう寝ましょうねぇ」
ジゼルが双子を急かしながらリビングを横切り、奥の廊下へとパタパタと歩いて行った。
静かになったリビングには、背の低い棚がひとつ。
その上には黒いベルベットのチョーカーと、セピア色の絵が置かれていた。
よく見るとその絵は〝写真〟で、庶民にはまだ浸透していない珍しいものだった。
それを自分の専属の魔術師が結婚式をあげるからと、タナエル国王が特別に手配してくれたのだった。
所々ブレている人物が写るその写真は、自然な様子を残したくて、あえてそうなっていた。
写真には立派に着飾ったディランとジゼルが、沢山の人に囲まれて、祝福されている様子が写し出されている。
何かを新郎新婦に伝えている、タナエル国王にミルシュ王妃。
その隣にはセドリックとクシュ姫。
キュロが大輪の花束を抱えて、ジゼルに手渡そうとしている。
ルークとホリーもちゃっかり手を繋いでおり、写真の端には、ワインを楽しむレシアとロジャーの姿も。
女の子に囲まれたダレンの頭には、ちょうどフクロウのココが止まってしまい、下を向く彼の表情は写っていない。
ダレンに驚く女の子たちの中には、ジゼルが飼い猫だった頃、ウィリアム邸で親しくしていた白の魔術師と、前線基地でジゼルの髪を結ってくれていた、王宮勤めの女性の姿もあった。
その隣には、ワイン片手に歌おうとしているラフィナに、給仕に指示を出すクライヴが写っている。
みんなの奥にはディランの父と母、そしてダレンの母マリアが式の主役を見守っていた。
ナフメディがデレっとしながら、マリアに声をかけようとしている。
遠くのほうには、フォティオスとエイレーネのような後ろ姿もあった。
そして他にも、ディランの魔法にお世話になった人たちが集まり、あちこちで談笑する様子が写っている。
みんな一様に笑っており、その幸せな瞬間を閉じ込めた写真の中心には、ひときわ嬉しそうに笑い合うディランとジゼルがいた。
その様子は、まるで今にも2人の会話が聞こえてきそうだった。
『みんなからこんなに祝福されて……世界一幸せなお嫁さんだね! ディラン、ありがとう!』
『こちらこそ、いつもそばにいてくれてありがとう。これからも一緒にいようね』
ーーこんな風に、2人は今日も変わらず、お互いに向けられた願いを叶え続けている。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
この物語が、あなたに届いたことを嬉しく思います。




