163:託された思いを叶えて、ずっと一緒に。
空に広がる満天の星。
見渡す限り続く、青白く光る広大な草原。
ここは、どんな時も夜の世界だった。
地面からほのかな光が立ち上るなか、澄んだ蒼い湖の近くに1人の男性が立っていた。
駆け抜ける甘い香りの風が草を揺らし、湖を撫でていく。
広がっていく水紋を眺めていた男性が、不意に振り向いた。
「……ディラン?」
「お久しぶりです。メアルフェザー様」
ーーーーーー
蒼い月にやってきた僕は、湖のほとりで佇むメアルフェザー様にニッコリとほほ笑んだ。
「あなたの願いを叶えにきました」
「……俺の願いを叶える? どういうことだ?」
メアルフェザー様が首をかしげる。
彼が不思議に思うのも無理はない。
蒼刻の魔術師の力の源であるメアルフェザー様に、その力を借りている魔術師が、たいそれたことを言い出したからだ。
メアルフェザー様が出来ないことは、僕らも出来ない。
……と、僕も思っていた。
「僕1人じゃ無理なんで、みんなにも手伝ってもらいます」
そう言って僕が見上げた上空には、光輝く丸い円が浮かんでいた。
ちょうどその時、中からジゼルが現れた。
「わぁ!」
思いがけず高い所に出てしまったジゼルが、驚きながらもサッとしゃがんで着地した。
さすが元白猫。
動きが相変わらず俊敏だ。
けれどそのあとから現れた人たちはーー
「えぇ!? 何だこれ!?」
「キャッ!」
「ぐぅ」
「いてっ!」
地面にドサドサと落ちていく。
ルーク、ホリー、キャロ、ダレンと続き、次に落ちてきたレシアは、ダレンの背中にぽすんと座るように落ちた。
「…………本当に蒼い月に来たんだー。わぁっ!」
「にゃー」
のんびりと辺りを見回していたレシアの胸に、最後に黒猫が飛び込んできた。
レシアが思わず抱き止める。
その光景を呆然と眺めるメアルフェザー様が、ついこぼした。
「こんなに大勢の人が、ここに来るなんて……」
僕は穏やかに笑いながら説明した。
「『ここに来たい』という僕らの思いを、叶えてもらいました」
「確かにさっき許可は出したが、あの2人に出来るなんて思わなかった」
「フフッ。ジゼルの無彩の魔法をかけて、能力を一時的に引き上げたんで、今頃へばってるとは思います」
星空に視線を向けながら、僕は2人の顔を思い浮かべた。
「僕はこれから魔力を沢山使いますから、ここに来るにはナフメディさんたちに頼るしかなくて……」
今回、僕らに蒼願の魔法をかけてくれたのは、父さんとナフメディさんだった。
メアルフェザー様に関することだったから、僕は蒼刻の魔術師をかき集めていたのだ。
僕とメアルフェザー様が喋っているあいだに、みんなも少しずつ立ち上がった。
落ちた拍子にできた擦り傷を確かめたり、乱れた服を整えたりしている。
その中からピョンと飛び出してきた黒猫が、僕に抗議した。
「それで、帰るとき要員で駆り出されたにゃー。いくら1度行ってマークした場所に転移出来るからって……こんな大人数、骨が折れるにゃー」
耳を後ろへ反らした黒猫のコレーに、ジゼルが答える。
「でも、またたびをあげるからって約束したでしょ?」
「にゃー! あの悪魔の枝に、見事に釣られてしまったにゃー!!」
コレーがニャーニャーと騒ぎ出してしまった。
それを見たジゼルが、クスクスと見守るように笑った。
ジゼルは今回も、コレーの目の前に、またたびの枝をぶら下げて誘導したのだ。
枝と言えばーー
僕は、湖のそばにそびえ立つ大木を見上げた。
「メアルフェザー様……貴方は神様ではないのに、僕らに力を与えることが出来ますよね。そしてさっき口走った〝許可を出す〟という単語…………」
僕はゆっくりと大木に近づいた。
幹にそっと触れてから続ける。
「薄々感じていましたが……貴方はこの大きな木ではないのですか? 僕ら蒼刻の魔術師の、御神木のような存在ですよね?」
初めて話す内容に、他の魔術師たちも驚いて息を呑む。
ダレンが何かに気付いて声をかけてきた。
「だから俺たち蒼刻の魔術師だけ、魔法の発動条件が違うのか……」
「うん。魔法陣を通して御神木に祈りを捧げ、許可が降りると魔法が発動する仕組みのようだね」
僕は彼に頷いた。
そして静かに歩き始め、再びメアルフェザー様の元に戻る。
メアルフェザー様は穏やかに……少し寂しそうに笑いながら僕に言った。
「そうだ。よく分かったな。俺の本体はこの大木だ。リンネ……リンネアルが最後の神力を使って生み出したんだ」
「……メアルフェザー様は、その力を自分で発動することは出来ない。だから自由に使えるのはごくまれで、あくまで蒼刻の魔術師に分け与えるだけーー」
僕はメアルフェザー様が、1度だけ店に現れた時のことを思い出していた。
あの時、確かに彼は蒼い月から離れていた。
メアルフェザー様は……蒼刻の花嫁の証を授ける時だけ、自由に動けるんじゃないかな?
おそらく昔の蒼刻の魔術師が、彼に思いを向けて、魔法で叶えたのだろう。
『自分の愛する人に特別な加護を下さい』と。
時によって疎まれてしまう蒼刻の魔術師。
その伴侶になってくれる相手を守りたい一心で、きっと蒼願の魔法をかけたのだと思う。
彼に蒼願の魔法をかけられるということはーー
僕はメアルフェザー様に向けて、堂々と告げた。
「けれど貴方の強い思いなら、蒼願の魔法にすることが出来ます」
「!?」
思いがけない提案に、メアルフェザー様が目を見張る。
「僕はリンネアル様から〝メアルフェザー様を幸せにして〟と託されました。そんな彼女が貴方に抱く思いは『縛り付けてしまったメアルフェザー様の解放』です」
「…………リンネ」
彼は切なげに目を伏せた。
「リンネアル様は、貴方がひとりでこの地に生き続けなければならないことに、ずっと心を痛めているそうです。〝ごめんなさい〟と……」
そう伝えた瞬間、一陣の風が吹いた。
甘い香りを乗せて運ぶその風は、リンネアル様の意思だ。
彼女の魂は生まれ変わることなく、湖に留まっている。
正確には……
湖の底の大木の根本に、だ。
「リンネは御神木である俺に、精神が宿るなんて思っていなかったんだ……」
メアルフェザー様が弱々しく呟く。
僕はこくりと頷いた。
「けれど、メアルフェザー様は解放を望んでいませんよね? それでは幸せになれませんよね?」
「??」
念を押す僕を、不思議そうに彼が見つめる。
僕はニッと笑い、自信ありげに宣言した。
「だから……メアルフェザー様の思い『リンネアル様と共に生を歩む』を叶えにきました!」




